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小説「潜れ!!モグリール治療院~第2話 こんな人と仲良くしてはいけません!~」

冒険者というものはパーティーを組むものらしい。
理由はいくつかあるけど、まず一番大きな理由は生存のため。
未開の土地は危険がいっぱいなので、うっかり見たこともない茸とか食べて食中毒になったり、うっかり獣の巣に踏み込んで死にかけたり、うっかり足を滑らせて足を挫いたり、うっかり他の冒険者が仕掛けた罠に嵌ったり、そういう時にひとりだと死を待つしかないから。
出来れば4人以上が望ましくて、2人だと怪我人を背負った後でなんにも対処できないから、3人だと獣の追跡や段差にも対処できるけど、前後のどちらかが隙だらけになるから。4人だと前後カバーできて移動速度を保ちながら脱出出来る。
もちろん見捨てるという選択肢を取れば、3人でも2人でもいいけど、ソロで挑むのは、さすがの私でも危険だと思うから避けたいところ。

故郷にいる頃にやってた狼狩りとか熊との戦いとか雪深い森に木を切りに行くとか、そういうのも冒険と考えたら、私は結構熟練のソロ冒険者かもしれないけど。
でも私の故郷は雪が白い以外には特に何も無いような限界集落だったので、密林とか洞窟とか廃墟とか迷宮とか、そういう場所とは勝手が違いすぎて、あまり役に立つ経験とも思えない。
もし大活躍する場所があるとしたら、辺り一面銀世界な雪原だけど、そんな場所にはそもそも誰も行かない。一向に観光地化しない私の故郷が、それを証明している。

……あれ? 私の活躍、今後もないの?

「いや、まだ人を殴るとか人をぶん殴るとか、そういうのが残ってるし……」

洗った後の犬みたいに首をぶんぶんと左右に振る。
そう、私の職業はウルフヘズナル、狼の毛皮を纏った狂戦士。
戦闘力、特に攻撃力という点では、剣士とか戦士とかそういう戦闘用職業にも勝るとも劣らない。攻撃は最強の防御なり、という言葉を真に受ければ最強の一角にいるかもしれない。
他の角たちも狂戦士ベルセルクと熊毛皮の狂戦士ビョルンセルクなので、全部狂戦士の枠にまとめられそうだけど。

どのみち私、ウルフヘズナルのヤミーが最強の冒険者のひとりとして歴史に名を刻むとして、冒険は戦い以外にも色んな能力が必要なので、私に足りないものを補える便利な仲間が欲しい。
出来れば探索や採集の専門家みたいな仲間が欲しい。
そうして集めたヤミーちゃんと愉快な仲間たちとで巨万の富を得て、一生ごろごろ寝て暮らしたい。

しかし困ったことに、世の中には人気という厄介なものがあって、冒険者の中で人気の職業といえば、だいたい剣士とか戦士とか騎士とか魔法使いとか僧侶とか、そういう冒険小説や冒険漫画に出てきそうな面子。
文字読めないから小説も漫画も読まないけど、冒険者たちの多くはそういう物語に憧れていて、大半どころか8割以上がそういう主人公感の強い職業に就いて、一生懸命対人戦とか魔法なんかの訓練ばかりしている。
そのため冒険者ギルドにも酒場にも斡旋所にも武器屋にも、そんな連中しかいなくて、私の求める人材は全然見つからない。さっき片っ端から覗いてみたから間違いない。

そんな連中ばかりな理由は簡単。冒険から帰って褒め称えられる時に、例えば剣士だったら称賛の声も大きそうだけど、これが砂金猟師とか鉱山師とかだったら、どんな顔して褒めたらいいのかよくわからないから。
肉体労働者ならまだいい。もし偉業を達成した英雄が印刷工や焙煎職人だったら、剣士たち花形職業の立つ瀬がないし、うっかり物乞い堕落おじさんなんかが英雄になったら国の沽券に関わる。
もしかしたら意図的に主人公感の強い連中を増やして、なんか色んなお役所の面子を保ちたいのかもしれない。
そのくらい主人公感の強い職業ばっかりがいる。


「……もうやだ、探す気なくなった」
相変わらず剣士とか戦士ばっかりの冒険者ギルドで、カウンターに頬ずりする姿勢で突っ伏しながら、受付のお姉さんに愚痴をこぼしていると、
「ヤミーちゃん、一旦僧侶や魔法使いの方と組んでみたら? やっぱり想像してたのと違うなーって思ったら、パーティーを抜けるのも、別に珍しくないことですよ」
という、真っ当な意見を返してきた。
それはそうなんだけど、それはそれで後で気まずくなるから避けたいよね。別れ方次第では悪い噂を立てられたり、次のパーティーを組もうとして邪魔されたり、もしかしたら宿の部屋にも嫌がらせをされるかもしれない。
あ、宿に泊まってないから最後のは心配いらないけど。

「そういえばヤミーちゃん、ちゃんと宿に泊まってます?」
「屋根で寝てるけど?」
雪も積もっていない季節に宿など必要ない。雨風を凌ぐのに建物は必要だけど、雨風さえなければ建物は無くてもどうにかなるのだ。
そういうわけで、故郷よりもずっと温かいこの冒険者の町、スルークハウゼンで眠ることなど余裕。面倒事を避けたければ人目の届かない屋根の上にでも転がってればいいのだ。
「どこの?」
「ここの」
私は突っ伏した姿勢のまま、右手を上に伸ばして人差し指を天井へと向ける。
冒険者ギルドの建物は周囲の建物よりも高い、おまけに治安を悪化させる側の冒険者たちも手を出せない場所なので、安宿や貸し家よりも遥かに安全で安心。おまけに雨が降ったら上層階のベランダにでも入って、雨宿りしてしまえばいいので、こんな良い場所を使わない手はないのだ。

「最近夜中になんだか騒がしいと思ったら……」
「騒がしいと思ったら、犯人は君だったのか!」
私たちの前に赤く長い癖の強い髪をうにょうにょとさせた、作業着姿の女が仁王立ちで立っている。雰囲気からしてギルドの職員ではなく冒険者だと思う、普通の人は初対面の人に対して仁王立ちで立たない。仁王立ちの社会不適合者は絶対に冒険者だ。
「私がせっかく夜な夜な忍び込んで、こっそり備品を拝借しながら作業を進めていたのに、上でどたばたと音を立てられたら仕事にならないじゃないか!」
やっぱり冒険者だ。まだ日が浅いので冒険者がどういうものかわかってないけど、目の前のこの人種は、まちがいなく頭の螺子が何本も外れたまま生きる冒険者だ。
「ちょっと詳しく説明してもらいましょうか……!」
今ちょうど螺子の外れた頭の癖毛を抑え込まれているけど、受付のお姉さんに力負けしてても冒険者に違いない。

受付のお姉さんが言うには、彼女の名前はボルカノ。
色々とやらかしたせいで冒険者ギルドからも、町の外の人類未踏の大迷宮からも出禁にされた冒険者。人間の踏み入ったことのない場所からも出禁にされるというのは、なんだか矛盾を感じてしまうけど、時々そういう者が現れるのだとか。
例えば冒険者同士で殺し合ったりとか、ギルドと専属契約をしておきながら発見物を隠したり横取りしたりとか、懲役刑に値するような犯罪を犯したとか。
「言っておくが、私はそんなちんけな雑魚の稚魚共とは違うぞ。そもそも出禁という処分自体がおかしいのだ! 私の言う通りにしたら、迷宮攻略は5万倍は早くなるはずなのに……!」
故郷のじいちゃんから聞いたことがある、異常に大きい数字を出す奴はだいたい詐欺師だと。
あと絶対儲かるとか、倍にして返すとか、行けたら行くとか、そういう言葉は全部嘘なのだとも。

「おい、そこの……えーと、ヤミーちゃんとやらだったか? 君、パーティーを組めていないんだろう。だったら私の助手をやってみないかい?」
「助手?」
ボルカノはふふんと鼻を鳴らし、両手を伸ばして受付のお姉さんの手を外して、カウンターの上にもたもたとよじ登って、改めて腰に手をやり仁王立ちの姿勢を取る。私も背は低いけど、よくよく見るとボルカノは私よりもさらに背が低い。
身体能力が優れているようには見えないから、なんらかの専門職なのかもしれない。
「私のパーティーは少し特殊でね、私の技能を活かすための雑兵を集めてい……!?」
ボルカノの言葉を遮るように、受付のお姉さんがバァンと大きな音を立てて、カウンターを思い切り叩く。
どちらかというと育ちが良さそうで、おしとやかな印象のお姉さんには珍しい姿だ。

「おいおい、受付嬢。君たちの仕事は冒険者の支援だろう? 私のパーティーの人員補充を邪魔するのは、越権行為というやつじゃないか? んん?」
「ヤミーちゃん、大人としてこれだけは言っておきます。こんな人と仲良くしてはいけません!」
今のところ仲良くなるつもりもないけど、なんだかものすごい剣幕だ。どうやらお姉さんとボルカノは、相当に仲が悪いみたいだ。
「相変わらず失礼だね、君は!? まずは私の完璧な技能と、完璧な計画を見てから文句を言いたまえ!」
「完璧? あなたはねえ、存在そのものが迷宮のモンスターよりも迷惑なんですよ!」
あまりの剣幕にカウンターの奥から上司らしきおじさんが出てきて、大きくうぇおっほんと咳払いしてお姉さんを奥へと促し、ボルカノに視線を投げかけて、
「ボルカノ殿、あなたが何をしようとギルドの評価は覆りませんからね。それだけは覚えておくように」
そう冷たく言い放って、そのまま奥へと姿を消えていったのだった。

「まったく失礼な奴らだが、まあいい。私は君のような身体能力に長けた者を探していたんだ、少し実演も交えながら話を聞いてくれないか?」
ギルドの様子からして、あんまり関わらない方がいいと思うけど、ギルドが忌避する程の技能と計画はちょっと気になる。
断るのは説明を聞いてからでも遅くない、そう判断することにした。


~ ~ ~ ~ ~ ~


後悔は後からやってくるから後悔という。先悔という言葉はないし、もし先に悔やんでも後でどうせ悔やむのだから、後で悔やむことに変わりない。
そんなことをぼんやりと考えながら、私は町の外で起きている大爆発を眺めながら、時折飛んでくる破片や火の粉を避けたり払ったりする。

ボルカノの技能は、いわゆる爆発物の製造。職業は爆破火具師で、本来は攻城戦の際に城門に取り付ける鉤付きの爆破火具という爆弾を製造する職人。
彼女はその技術を応用して、応用というには大雑把で簡潔に、とにかく火薬の量と破壊力を増やして、迷宮の壁や罠を根こそぎ吹き飛ばしてしまおうと考えた。
道がなければ作ってしまえばいい、という考えは決して間違いではない。と最初は冒険者ギルドの偉い人たちも考えたのだけど、彼女の技能を活かすには爆弾を設置する助手が必要だった。
それが爆破火具師助手。危険な爆発物を人力で設置して、導火線に着火して全力で逃げる危険極まりない仕事。当然正気で出来るような仕事ではなく、彼女に誘われた冒険者たちは探索中にも関わらず強い酒を煽り、危険な爆破火具を抱えて走り、時に爆発で、時に金属片の混じった爆風で、時に千鳥足で転倒して、大量の死者と負傷者と重度のアルコール依存症患者を生み出してしまった。
おまけに功を焦って、彼女から爆破火具を買い、力尽くで従わせた新米や見習いを死なせるような馬鹿な連中も現れる始末。

「そして姉は著しく秩序と倫理を悪化させたとして、ギルドも迷宮も出禁になったんです」

そう語るのはボルカノの弟のラヴァ。図体は大きいけど、痩せぎすで気弱そうな顔をしていて、ぐるっと一周切りそろえたおかっぱ頭がそれを更に強調している。
「……そりゃそうだろうねー」
爆破火具が目の前で爆発している規模のものなら、分厚い甲冑を着ていても簡単に吹き飛ばされる。かといって軽い装備で挑もうものなら、それだけ失敗した時の危険が高まる。
だから唯一残った助手のラヴァは、全身を隠せるくらい巨大な盾と部屋着同然の軽装備という、なんか珍妙な組み合わせを使っているけど、それはそれでどうかと思う。
それに、気になる点がもうひとつ。
「あんな爆発だと、なんでもかんでも吹き飛ばしちゃうんじゃない?」
「ええ、貴重な素材も消し炭です」
ギルドが出禁にするのも納得だ。ボルカノのやり方だと奥へ奥へと確実に進めるけど、じっくり挑めば手に入る貴重な素材や情報も全て消し炭にしてしまう。
なんていうか、なんて言うんだっけ、こういうの。本末転倒だっけ?

「ちなみに今のは手投げ弾だ! 壁に仕掛ける爆弾は、今の10倍はすごいぞ!」
「あのさあ、ボルカノ。ちょっと威力が強すぎない?」
「なにを言ってるのかね、ヤミーちゃん。私の計画では、迷宮を最短突破するには更に10倍の威力が必要だ! 設置した助手は確実に死ぬだろうが、人類の発展のためなら致し方ない犠牲だろう。だが私も人道的な面も考慮して、どのみち死ぬ予定の死刑囚を使えばいいと進言したところだ! どういうわけか、ギルドの連中には計画書を投げ返されたがね!」
駄目だ、完全に頭がおかしい。土地勘のない迷宮内で、そんな規模の爆発を起こされたら、うっかり巻き添えを喰らっても死へ一直線だ。
出来れば同じ時間帯には迷宮にいて欲しくない。それはみんな同じように思うはずなので、結局出禁にするしかないのだ。


「こら、お前ら! 爆弾は二度と作るなと言っただろうが!」
「ぬっ、衛兵が来たか! おい、弟よ、とっとと逃げるぞ! ヤミーちゃん、助手の件だが、前向きに考えておいてくれたまえ!」
そう言ってボルカノは爆弾を山盛りに乗せた荷車を引っ張りながら、衛兵たちと反対方向へと逃げていく。
前向きにと言われても、私だって自分の命が一番大事だ。ボルカノのことは正直嫌いではないし、どっちかというと親近感が湧くくらいには感心するところもあるし、彼女の技能も爆弾も使いようだと思うけど、いかんせん行動力と倫理感が馬鹿な方向に突き進み過ぎている。
だから結局、一緒のパーティーを組むのは無理なのだ。
「助手の件、断っていいですからね」
そう言い残して、まだ常識のありそうな弟も荷車を押しながら走り去っていく。

私も面倒に巻き込まれるのは御免なので、とっとと逃げちゃおうかな。
くるりと身を翻し、ボルカノたちとは別方向に全力疾走して逃げたのだった。


~ ~ ~ ~ ~ ~


というわけで、またしてもギルドのカウンターに突っ伏している。
パーティーはまだ誰とも組めてないし、私が望む人材も見つかってないし、もういっそソロでもいいかなーとか思うけど、ソロ探索者は帰還率の低さから衛兵が通らせてくれないし、結局まだ1歩も迷宮探索が出来てないのだ。

「うわぁーん! もうやだー!」
「ヤミーちゃん、いっそ冒険者訓練校とか行ってみたらどうです? お金は掛かりますが、基礎的なことが学べますし、お友達も出来るかもしれませんよ」
受付のお姉さんがそんな提案をしてくるけど、私が欲しいのは冒険に挑む人材であってお友達ではない。むしろお友達なんて連れていったら、いざという時に残酷な判断が出来なくなっちゃう。
友情は尊いけど、あまり情を抱きすぎると時に足枷になる。いざという時に自分だけでも生き残るぞっていう、生き意地の汚さとかそういうものが大事だと思うの。

「まあ、迷宮は逃げないし、まだまだ調査も進んでないから、ゆっくり準備したらいいですよ。ここの屋根で寝るのは駄目ですけどね」
「私の寝床が!」
「屋根の上は寝床ではありません!」
屋根の上が寝床じゃなかったら、いったい何処が寝床だというんだ!?


その夜、冒険者ギルドの屋根によじ登ったら、まるで針鼠の背中のような棘が大量に設置されていて、さらに下からの侵入者を阻むようにギルドの周りには、ぐるっと囲むような鉄条網まで用意されていたのだ。
そういえばもうひとり侵入者がいたんだっけ、なんて赤い癖っ毛を思い浮かべながら、私は隣の建物の屋根の上へと跳び移り、そこを勝手に新たな寝床にしたのだった。


(続く)


<今回のゲスト冒険者>

ボルカノ&ラヴァ
性別:女 年齢:25歳 職業:爆破火具師(ボルカノ)
性別:男 年齢:22歳 職業:爆破火具師助手(ラヴァ)

【クラス解説】
▷城を攻め落とすための爆発物を作る技師と、その爆発物を設置する命知らずの助手。格差がえげつない職業の代表例。

【クラススキル】
☆ボマー
➡爆発物系アイテムの効果を高める、火力大正義

【主要スキル】
・黒色火薬
➡人類最古の歴史を持つ原始的な火薬、よく爆発事故が起こる
・ダイナマイト
➡ニトログリセリンを実用化した爆薬、発破から戦争まで
・???
➡名前を呼んではいけない種類の爆弾、当然使ってもいけない
・仕事前の一杯
➡アルコールにより恐怖心を飛ばす、大抵のことは酒飲めば忘れられる

【装備】
・スクトゥム(武器・盾)
⇨全身を覆い隠せる大型の盾、主に飛んできた破片を防ぐ用
・酒瓶ホルダー(アクセサリ)
⇨酒瓶を運ぶための筒状の鞄、実用性とおしゃれを兼ね備えている


ー ー ー ー ー ー


というわけでモグリール第2話です。
第2話なので迷宮に踏み入りたいところですが、出会った冒険者がよりによって出禁という悲しい現実が待っていたりしました。モグリールたちと出会えるのはいつになるんでしょう?

でもボルカノは、ソロの時じゃないと絡ませづらいタイプの人なので、早々に出してしまおうって思ったのと、こういう序盤に出るとチート枠なスキル持ち(アイテム強化系は全編通して役に立つので)は一緒に連れていったら駄目だよねってのと、壁とか壊せるから冒険が無茶苦茶になるよねってことで、思い切って出禁にしました。
そういう点では某ルフランの地下迷宮と魔女ノ旅団とか、相当思い切ったシステムだよねーとか思いました。

次回は冒険させてあげたいと思います。わかんないけど。