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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第2話・少女と借金おじさんと金貨~」

目の前で金貨や紙幣が豪快に舞っている。
薄暗い赤色混じりの照明で怪しく照らされた店内では、私よりもひと回りもふた回りも年を重ねた大人たちが、赤ん坊のように声を上げて泣いていたり、走り回ることさえ楽しい年頃の子どものように笑っていたり、街灯の消えた後の路地で寝転がる酔っ払いのように倒れてたり、とにかく酷い状況だ。
ここは歓楽街の一角にある、大人の大遊戯場。欲望と金銭が飛び跳ね合うカジノ。
当然、私のような先日16になったばかりの小娘には縁のない場所だ。

私がここにいる理由を説明するには、まず今朝のことから思い出さないといけない――


・・・・・・・・


「いつまで寝てるつもり? やる気ないの? それとも夢の国にでも引っ越したの?」

朝、実家のばあさんからのモーニングコールで目を覚ますと、下宿の前におじさんが落ちていた。
おじさんは文字通り、中年の、日々の疲労が色濃く残る、珈琲と煙草が似合いそうな、そんなくたびれた男だ。
数日前から住み始めた自由都市ノルシュトロムは、大陸5大都市のひとつで、その名の通り自由を重んじる商都だ。
誰でも資本とやる気さえあれば自営出来る商業的な意味での自由があり、住人には生活の自由が認められ、当然朝から酔っぱらって倒れる自由も認められている。主に女子学生が住む下宿の前というのは、ちょっといただけないけど。

「えーと、大丈夫ですか?」
まったく心配していないけど、行き倒れに声を掛けないのも人間としてどうかと思う。それに無視をしたことで変なトラブル――例えば数時間後に死んでいて犯人の候補になってしまうとか、実はこいつは過激活動家でこの後どこかに爆弾でも仕掛けてしまって共犯者に疑われるとか――そんな予期せぬトラブルが舞い込んでくるよりは、自分から声をかけてある程度舵を切って
しまった方が安全だと判断した。

しかし、おじさんからは返事はない。
玄関に常備された防犯用の鉄の棒で軽く突いたら、うぅっ、と呻き声をあげるので、ただの屍ではないようだが、このまま放置してしまうのは危険な予感がする。
くるりと踵を返して、下宿の電話を借りて保安隊に連絡しようとすると、おじさんは直立不動の姿勢で寝転んだまま、
「お嬢ちゃん、すまないけど水をくれないか……あと出来れば熱い珈琲と煙草と軽く食べれるサンドウィッチかなにかも」
朝から贅沢な行き倒れだ。いや、季節柄まだ外寝には早い凍える夜を乗り越えた朝だからか。

「喫茶店なら隣の区画にあるから、そこで食べてきたら?」
「いいかい、お嬢ちゃん。そんな金のある男が、朝から路地に転がっていると思うかい?」
なるほど、確かに道理だ。
朝から喫茶店で食事を済ませて一服できる余裕のある人間は、冷たい地面の上ではなく、ふかふかなベッドの上で眠る。

「救貧院なら、ちょっと遠いけどあっちにありましたよ」
「お嬢ちゃん、おじさんはね、無職ってわけじゃないんだ。ちゃんと定職についてる。ああ、たまには定食とか食べたいなあ。トーストしたパンに魚のフライと茹で卵とサラダと海藻スープの」
なるほど、贅沢な行き倒れではなく、図々しい行き倒れだったか。

「だったら職場から前借するとか」
「それがねえ、ぼくは自営業者だからね。家賃と受付のじいさんと夜の見回りのアルバイトに給料払ったら、この通りすっからかんになってしまうわけだよ」
どうやら昨今はどこも厳しいらしい。
5大都市のひとつとはいえ、不況の風からは逃れられないということか。私の契約している自警団事務所も、見た目からして貧乏風が吹いている。

「昔はねえ、結構手広くやってたんだよ。おじさんねえ、こう見えても自警団の団長だったんだから。それが王都から派遣された騎士団が警察隊なんて作るもんだから、みんなそっち行っちゃうわけだよ。資本力は王都のほうが大きいからね」
町の治安を守るのは騎士団直轄の組織か民間の自警団だが、騎士団が治安維持のための警察隊、消防と医療を兼ね備えた保安隊、さらに本業である大規模な戦闘に備えた騎士団本隊と幅広くやっているため、民間の自警団の出番は年々減っている。
いわゆる民業圧迫というやつだ。
私も18歳以上で専門の育成課程の修了という条件さえなければ、騎士団所属の警察隊に所属しただろう。

それにしても、なんだかどこかで聞いたような話だ。それもつい最近、つい数日前に。

「ねえ、おじさん、もしかしておじさんの職場って……」
「労働街区にあるアングルヘリング自警団事務所だよ。昔は一等地に事務所を構えてたんだよ、なんかこう、ピッカピカの」
嫌な予感というのは当たるものだ。
私がつい先日、狩狼官として契約したのも同じ名前の事務所だ。

狩狼官は本来は狼を退治して近隣の住民から報酬を貰うものだが、狼は過去の狩狼官たちの乱獲で絶滅寸前であり、おまけに動物園で飼育されるようなご時勢だ。しかも最近は『狼=でっかい犬』という事実に気付いてしまったので、そんなかわいい動物を狩ることは出来ない。

なので、代わりに悪党、例えば放火魔や殺人犯や強盗なんかを捕まえて報酬を得なければならないのだけど、その仕事の斡旋も怪しいのがその事務所だ。

もちろん仕事が少ないので、一月もすれば実家の祖母から転職を認めてもらえそう、という理由で契約したのだから、仕事がないのはまったく問題ではないのだけど。

「所長が行き倒れてるのは勘弁してほしかったな……」
これだと万が一にも仕事が舞い込んだ時に、私の取り分が保証されるかどうかも怪しいものだ。

「ん? お嬢ちゃん、うちの関係者なのかい? 」
「ええ、数日前からですけど」
そう言って、おじさんに狩狼官としての登録証を見せる。

『ウルフリード・ブランシェット。16歳。狩狼官。契約先:アングルヘリング自警団事務所』

おじさんは目を丸くして少し驚き、天を見上げて数秒ほど考え込み、そのまま迷わず、真っ直ぐな棒みたいな姿勢のまま頭を地面に擦りつける。
「お願いします! 朝食代だけでいいんで貸して! 朝食の魚フライ定食と珈琲と煙草だけでいいんで!」
私は土下座というのは、いい年をした大人が更に立場か年齢が上の、逆らえない関係性の大人相手にするものだと認識していたけど、こういう年下で目下で特に関係性のない小娘相手にする土下座もあるようだ。
いや、正確には座ではなく寝の姿勢なので、土下寝だけど。

「ウルちゃん! 駄目だよ、そいつにお金なんて貸したら! 返してきた途端にまた貸してなんて抜かすんだから!」
下宿前でのやり取りを見かけたのか、下宿の女将さんが大声を上げる。
「うるっせえ! てめえには関係ないだろ! もうてめえに借金はねえんだ! いつまでもでかい顔できると思うなよ!」
おじさんが頭を上げて、頭を斜めに傾けて、その勢いで口を歪ませて怒鳴り返す。
「あ、お嬢ちゃん。どうか、この通りなんで。朝食代だけでもいいんで貸してくれない?」
山の天気よりも速い変わり身で、再び地面に頭を擦りつける。

なるほど、なにごとも社会勉強だ。
必要か不要かと問われれば、迷わず不要の箱に投げ込む類の勉強だけど。


――――――――


フィッシャー・ヘリング、38歳。
アングルヘリング自警団事務所の所長。かつては自警団の団長として、札束風呂に入ったこともあるらしいけど、今では自分が捕まえた相手にまで金を借りに行く生活を送っているらしい。

「いいかい、お嬢ちゃん。おじさんは借金をしてるけど、借金が出来るってことはだよ、みんなから信用されてるってことなんだよ。だって、信用がない相手には絶対お金なんて貸さないよね? おまけに何回もとか、それはもう信用の証明みたいなものだよね?」
おじさんが喫茶店のソファーに腰掛けて、なぜか私相手に『借金をする人は借金をしない人より逆に信用できる』という意味のわからない自説を語っている。

テーブルでは淹れたての紅茶がゆらゆらと湯気を立てている。その隣にはホイップクリームの乗ったコーヒーゼリー。
こんな優雅な朝食の向こう側に、なぜ初対面の上に借金漬けのおじさんがいるのか不思議でならない。

「それにね、お嬢ちゃん。借金は貸してあげる側にもいいことがあるんだよ。人助けって本来、大変なのはわかるよね。荷物を持ってあげるとか、迷子になった猫を探してあげるとか。大変なわけよ。だけど、お金を貸してあげることに労力は発生しないわけ。だって、労力で言えば、ほら」
おじさんはテーブルの上の、紅茶/コーヒーゼリー/珈琲/魚フライ定食と書かれた伝票を指で挟み、私に手渡そうとする。
「紙切れを渡すのと一緒。労力でいえば限りなくゼロに等しいわけ。だけど限りなくゼロの労力に対して、発生する感謝は荷物を持ってあげた時よりも大きい。コンマ1の力を100のエネルギーに変換してるわけよ。これってすごい発明だと思わないかい? そして発明は、使われてこそ発明だよね」
伝票を突き返されながらも、まったく勢い衰えずに力説を続ける。すごい必死だな、このおじさん。

「教会でさ、神父様が神の教えを長々と説明したりするのと、ちょっと朝食代を貸してあげるのと、実は発生する感謝の量は同じなんだよね。だからお金ってすごい発明なんだよ。人類の英知の結晶は、宗教ではなく貨幣制度だとぼくは思うんだよ」
おじさんの話は、発明から宗教の否定へと繋がり、更には社会制度へと突き進んでいる。
いや、だからってお金は貸さないけども。

だらだらと繰り返されるおじさんの謎理論を聞き流しながら、コーヒーゼリーをスプーンに乗せる。
人間は不思議とプルプルしたものが好きだ。動物園でモフモフした生き物を見た時にも感じたけど、目の前の物体にかわいいを感じた途端、人間は急に幸せになる。そこに美味しいが加われば、幸福度はさらに急上昇だ。

「ところでお嬢ちゃん、おじさんは働かないから借金をしてるわけじゃないんだよ。ギャンブルという趣味が楽しすぎて、つい没頭してしまって、まあこんな感じだね」
おじさんは賭け事で身を滅ぼしているらしい。この町に来てから一番いらない情報だ。
「だけどね、お嬢ちゃん。みんなギャンブルなんてって眉をひそめるけど、世の中でギャンブルくらいだよ、使ったお金が戻ってくる可能性のある趣味なんて」
おじさんは更にギャンブルについて熱く語りだす。小銭入れで出かけて帰りにはトランクを抱えていることもあるとか、金貨1枚の酒を銅貨1枚で飲むのは無理だけど銅貨1枚が金貨1枚になることもあるとか、ぼくは金を奪われてるんじゃない夢を注いで未来を育てているんだとか。

いや、だからってお金は貸さないけども。

「というわけでお嬢ちゃん、今日は社会勉強だ。おじさんが大人の遊びを教えてあげよう」
「いや、結構です」

私は賭け事には溺れるような、だらしない大人になるつもりはないから。


・・・・・・・・


それが今朝の出来事である。

薄暗い怪しい色の灯りに照らされた室内では、金貨や紙幣が自由意思に目覚めたように舞っている。
私の手元のチップは減ったり増えたり減ったり減ったりしている。要するにかなり分の悪い負け方だ。
私の持ってるカードが表す手札はブタ、いわゆる無役だ。私が畜産農家なら大儲けできるくらい、さっきからブタが行列を成して待っている。

テーブルの向かいでは、カジノのディーラーがにやついた笑みを浮かべながら、手の中でカードをシャッフルさせながら、
「お嬢さん、そろそろ潮時じゃないかなあ? まあ、うちとしては体で払ってもらっても構わないがね」
などと挑発的な言動を繰り返している。
これは私の頭に血を昇らせて、冷静さを奪ってしまおうという相手の作戦だ。
そんな安い挑発に乗るほど、私は愚かでも安い女でもない。

「まあ、サイズはだいぶ足りないが」
ディーラーが私の胸元に視線を下げて侮蔑の言葉を吐いたその時だ、私は実家のブランシェット家の開発した狩狼道具のひとつ、マスティフA型を展開させて――ブランシェット家の狩狼道具は平時は腕輪や籠手くらいのサイズで収納できる。理屈は正直わからないが、それを言ったら、なぜ鉄の塊が水の上を走ったり空を飛んだりするのかも説明できないので、そういうものだと理解している――拳から肘の上にかけて覆う装甲でディーラーの顔面をぶち抜いた。

私は挑発に乗るような愚かでも安い女でもない。
売られた喧嘩はしっかり買うだけの女だ。

「ちょっと! 負けてるからって殴っちゃダメだよ!」
「違うよ、こいつが喧嘩を売ってきたから買っただけだよ」
隣であたふたと慌てるおじさんに、あくまでも冷静な口調で訂正する。
私は喧嘩を買っただけ。間違っても暴れて負け分を帳消しにしよう、なんてこれっぽちも考えていない。断じて。

マスティフA型の尖端を、犬の口のように開いて、壁や柱を削り、テーブルを噛み千切り、部屋の奥から出てくる黒服たちを巻き込みながら、片っ端から千切っては投げ、投げては千切り、次々と無力化する。
見た目こそ身長150センチ程度で線も細いけど、体術は先々代の狩狼官だったばあさんから徹底的に仕込まれている。

ばあさん曰く『狙うなら眼球、鼻っ柱、喉、みぞおち、股間、それと膝にすることだね!』ということらしい。
最初の動作で相手を一時的に、あるいは結構な時間を無力化出来れば、そのまま次の相手に対応できるし、1対1であれば容赦なく次の攻撃を叩き込める、そういう理屈だ。


「てめえ、ヘリング! 負けが込んでるからって、暴力で金を取り返そうなんて見下げた野郎だな!」
「違う! やったのはこのお嬢ちゃんだ! 人のせいにするんじゃねえ!」
私が黒服をなぎ倒していると、おじさんが店の奥から出てきた白髪の人相の悪い男と言い争っている。
人相の悪い男には見覚えがある。

アングルヘリング自警団事務所の壁に貼ってあった写真の男だ。
カジノ王ジャック・ポット。
ノルシュトロムの歓楽街の老顔役で、実態は裏社会を牛耳るマフィアの幹部だ。市民からの苦情も多く、しかし騎士団とも裏で繋がりがあり、更に表でも手広く商売をしているため、なかなか手を出そうにも出せない、そういう厄介な男だ。

しかし犯罪者であり、悪党であり、形式上とはいえ賞金も掛かっている。つまり捕まえれば金になるということだ。

なるほど、これが小銭入れで出かけて帰りにはトランクを抱えている、ということか。そう考えたらギャンブルというのは、そんなに悪いものではないのかもしれない。

とっとと監禁、もとい捕獲してしまおうと身構えると、ジャック・ポットは顔の半分を大きく歪ませて、地響きのような低く野太い笑い声を上げる。
「機械! 狩狼官の小娘! 右腕につけた犬みてえな装甲! ほんとに来やがった! ウルフリード・ブランシェット!」
「あなたとは初対面のはずだけど?」
「元狩狼官の魔女に教えてもらったんだよ! 借金のカタにこいつを譲ってもらった時にな!」

ジャック・ポットの背後に、巨大な鋏のような機械が唸り声を上げて目を覚ます。


その機械には見覚えがあった。私もよく知ってる。いや、ブランシェット家の人間なら誰でも知ってる。
300年前、悪くて知恵のある狼の腹を裂いた少女が握っていた鋏。
呪われた一族の始まりにして象徴である武器。
そして代替わりした次の狩狼官に受け継がれるはずだった狩狼道具。

【赤ずきんメイジー】
かつて狼の腹を裂いた鋏を改造した巨大な機械。刀身2メートル近い大型の2本のブレードを、背面ユニットに搭載されたブースターの出力で無理矢理飛ばして、高速の突進を可能にした大型装備。
ブランシェット家の機械を持ち出して世界中にばら撒いた母が、最も得意としていた武器。


「今日はついてる……賞金だけじゃなく、ブランシェット家の狩狼道具まで回収出来るんだから」

私は左右に大きく手足を広げて、いつでも横方向に跳べるように備える。
メイジーの動きは幼い頃に見た時から、何度も頭の中で繰り返して練習した。
マスティフA型の10倍はあろうサイズと重量でありながら、直線的な動きに関してはスピードで劣ることもなく、大質量を上乗せした攻撃力は正面から撃ち合うことを許さない。
一方で、ブレードの長さと突進力が災いして、小回りが利かず、特に左右への方向転換が大きくなってしまう。

私の狙い通り、加速しながら振るわれた左右のブレードは、間にあった椅子やテーブルを切り払いながらも、しゃがみながら横に跳んだ私の右肩すれすれ、正確にはマスティフA型の装甲の肘側先端だけをわずかに切り裂き、大きく楕円を描きながら向きを変えた。

イメージ通りだ。真正面から殴り合えば秒殺確定だけど、回避に集中すれば十分に対応できる。
それに……

「上手に避けるじゃねえか、狩狼官」
ジャック・ポットが大きく息を吐く。そして一呼吸置いて、メイジーから再び唸り声のような稼働音を鳴り響かせる。

予想通りに疲労している。
今の無意味な一呼吸は、意識的にか無意識にか知らないけど、呼吸と体力を整えるための間だ。

狩狼官も含めた、いわゆる普通以上に戦える人には何種類かタイプがある。
自分のエネルギーを高めて、純粋に身体能力へと変換する騎士。
契約した悪魔や精霊などの外からの力を借りて、破壊や自然現象へと変換する魔道士。
自分のエネルギーを機械を動かす燃料へと変換する私のような機械使い。

私のマスティフA型のように、ブランシェット家の狩狼道具は体力を削って稼働させている。自分の体を動かす分以外の余分なエネルギーを使いきれば、右腕の装甲と牙は急激に重りへと変化する。
そして機械は質量が大きくなればなるほど動かすのに必要な力が増え、基礎体力が減れば減るほど稼働時間が短くなる。
16歳の小型装備の私と、白髪になるような老齢で操る大型装備。

機械の性能差と攻撃力の差は、基礎体力とペース配分で引っ繰り返せばいい。


「ねえ、結構きついんじゃない?」
「いいや、元気いっぱいだぜ」
挑発する私の言葉を、ジャック・ポットは余裕の表情を作って受け流す。
けれど、その額からはじわりと湧いた汗が浮かび、その内の一筋が瞼の上に流れて、わずかに目を細める。

「あ、そう。じゃあ卑怯な作戦取らせてもらうね」
私は店内に転がる椅子を掴んで、ジャック・ポットめがけて投げつける。椅子、煙草、灰皿、硬貨、酒瓶、投げれるものは片っ端から投げつけながら、その雑多な投擲の中に時折、アイスピックやダーツを混ぜて、避けざるをえない状況を作り出す。
自分の体積以上の大型装備を動かしながら、飛んでくる刺突性の物体を見極めて避け、さらに2メートル近い巨大な武器を振り回すのだから、体力の消耗は使用者の想像以上。もはや風前の灯火というやつだ。

例えば、最短距離を刻むように投げられたダーツの下で、身を屈めながら走り込んでくる私の右腕を、咄嗟に防ぐことも叶わない程度には。

私はマスティフA型の牙を、ブレードの柄の部分に食い込ませ、そのまま体を前方へと押し込んで、くるりと身を翻しながら背面ユニットの上に立つ。
そのまま放置したら背面ユニットを破壊されるか、がら空きの頭に一撃入れられるので、相手はブースターを噴射させて、その質量と加速でもって無理矢理に私を引き剥がそうとする。
そう、体力をさらに大幅に削りながら。

数秒後、メイジーのブースターは急速に熱を失い、慣性で2秒ほど前進したのを最後に動きを止める。
そして無呼吸で全力疾走した後のように、呼吸を荒くして大量の汗を流すジャック・ポットの顎に、私は優しく装甲を押し付けて、ぐっと拳に力を込める。

「ねえ、それを置いていった魔女は今どこ?」
「知らねえな。10年前にふらっと賭けに来て、負けるだけ負けてどっか行っちまったから――」
言い終わる前に顎を打ち抜いて脳を揺らす。

私は優しいのだ。悪党とはいえ、老人の顔を本気で殴らない程度には。


――――――――


「おかしい……」
「おかしくないよ! はぁー、まったくこの子は、都会に出てまで恥を晒して! 誰に似たんだろうね!」
鉄格子の向こうの通信機から、ばあさんの呆れた声が冷たい鉄張りの寂しい床の上を跳ねる。

その日の夜、私は警察隊所有の留置場に入れられていた。
罪状は器物損壊、建築物破壊、一般労働者への暴行など。
これはきっと、騎士団と裏で繋がっているジャック・ポットを捕獲したことに対する嫌がらせに違いない。私が余計なことをしたと思ったか、あるいは手柄を横取りされたと思ったか。
どっちにしろ器の小さい連中だ。

「いや、違うから。賞金首を捕まえた恩赦で、留置3日にしてあげたんだから」
留置係のお姉さんが、私の心を読んだのか、それとも単純にわかりやすいくらい顔に書いてあったのか、溜息を吐きながら訂正する。
「まあ、3日ほど反省したら下宿まで送り届けてあげるから。おとなしくしててね」
「ぬぅぅ」
「ぬぅぅじゃない」

私は気の立った狼のような唸り声を上げて、金網で塞がれた窓から注ぐぼんやりとした光と、左腕に巻いた戦利品の赤い腕輪に目を落した。


ちなみにおじさんも色々あって留置3日の刑に処されたのは、まあついでの話。


今回の回収物
・赤ずきんメイジー
狼の腹を裂いた赤ずきんの鋏を改造した刀身2メートル近い大型の2本の刃とブースター付きの背面ユニット。
ダッシュ攻撃が可能。ベースカラーは赤と灰色。
威力:B 射程:C 速度:B 防御:E 弾数:20 追加:切断


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女の話も第2話です。
都会には危険がいっぱいですね。ギャンブルとかお酒とか煙草とか倫理観がちょっとアレな大人とか。
みなさんはほどほどにしましょう。

間違っても暴れるとか駄目ですよ。

ちなみにギャンブルだと競馬とか競輪とかが好きです。ビールとモツ煮を食べながら出来るからです。

ではではー。