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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第5話・少女と昔話と揺れる煙~」

「また昼までグースカ寝るつもり? やる気あるの? それともナマケモノにでも生まれ変わった?」

通信機から実家のばあさんの声が響く。
朝っぱらから嫌味ったらしいことだが、最近の私は早起きを習慣にしている。
朝早く起きて、顔を洗い、眠気覚ましの珈琲を飲み、近所の子どもやお年寄りの集まる公園で開催される『夏の早朝体操会』へと赴く。

いわゆる健康体操だ。
ストレッチを軸にした老若男女問わず出来る単純な動きを5分ほど、晴れの日は毎日、太陽の昇る前から。期間は学生の夏休みに合わせて一ヶ月ほど。
参加者にはスタンプカードが配られて、集めた数に応じて缶詰や菓子、数が多くなればシャツや皿なんかも貰える。
私のような暇人には持ってこいの、ちょっとしたおつかいイベントだ。

「あいにく最近は早起きなんだよ」

すでに目を覚まして着替え終えていた私は、通信機に向かって嫌みを含めて言い返し、猫のような欠伸をしながらドアを開ける。
下宿の階段の下からは、外からの眩しい陽射しが差し込んでいる。
例えるならば、新しい朝、もとい希望の朝、といったところか。


公園にはすでに数人の子どもと付き添いの親、近所のじいさんばあさんたち、それに運動不足気味の中年男、全部で20人と少し。中には穏やかな体操会には不釣り合いな、顔色も人相も悪い男が混じっているが、そういうのもひっくるめて、この町のいつもの姿だ。

「じゃあ、体操やりますよー」

係のおじさんの合図に合わせて、古びたオーディオから音楽が流れる。
音楽に合わせて腕を振り、指先から脇に掛けての筋を伸ばし、腰に力を込める。
次は足首から太ももの裏に掛けてぐっと伸ばし、それに合わせて両腕を前に運ぶ。
そんな具合に全身の柔軟16パターン。単純な動きだけど、真面目にやってみると丁度よく全身が伸びてくれて、心地よい運動した感が体に溜まってくれる。

おまけにスタンプも貯まってくれる。

今溜まっているスタンプは10個、あと8つで喫茶店のオムライス無料券。あと15個で健康体操セットなる公式ロゴマーク入りのシャツとジャージの上下セット。
色はえんじ色だし見てくれは正直いまいちだけど、部屋着やトレーニング用にはちょうどいい。
世間の女学生はジャージ代くらいで悩まないかもしれないけど、私は貧乏暇人、ジャージ代程度でも切り詰めたいのだ。

貧乏で暇、そして学校にも通っていない16歳。それが私だ。
300年ほど前に悪知恵の働く狼の腹を裂いたせいで呪われた、先祖代々狩狼官なんてやってる家系に生まれ、おまけに母が狩狼道具を持ち出して失踪したせいで、この若さで家業を継がされて狩狼官として働いている。
働いていると言えば聞こえは悪くないが、実態は無職同然。
現代において狼は絶滅危惧種で、動物園に飼育される存在で、しかもモフモフでかわいい。代わりに悪党を退治するわけだけど、そういうのは基本的に騎士団の管轄、警察隊の仕事。
すなわち収入なんて限りなく無に等しいのだ。

そんなわけで、しょぼくれた景品でも貰える物はすべて貰う主義だ。
11個目のスタンプを眺めながら、ふふっと笑みをこぼす。


「あー、しんど……健康になるのも大変だな」

そう呟いたのは、顔色も人相の悪い40過ぎの男だ。湖底の泥を固めたような、薄暗くどす黒い、そんな不気味と恐怖感が混ざった独特な気配をまとっている。
疲労の混ざった顔で虚空を眺めながら煙草を取り出し、マッチ箱を片手で器用に操りながら火をつけ、煙をゆっくりと吸い込む。
腰を片手でとんとんと叩きながら、マッチを持っていたもう片方の手には、いつの間にかナイフが握られている。
ただし金属製ではない、刃のないゴム製のナイフ。

この男はわざと私が気づくように愚痴をこぼし、視線で捉えられた状況でマッチ箱とナイフを持ち換えた。それも気づかないように巧みに、器用に、素早く。
単純な力の誇示だ。目的はわからないが、自分の力は最低このくらいだ、という誇示。

「俺は運動は嫌いだ。だが、酒と煙草のやり過ぎで、医者から健康に気を配れって言われてる。どうだ? 折角こんな場所に来たんだ。もう少し運動していかないか?」
ゴムナイフをいつの間にか、もう片方の手に握りながら1歩2歩と近づいてくる。
こいつの目的はわからないけど、関わり合いにならない方がいい、そういう人種だってことはわかる。自分の力をおおっぴらに振るうことを一切否定しない種類。つまり危険人物だ。

「断るよ。私は帰って珈琲が飲みたいんだ」
「そうか、残念だ……だったらスタンプ付きならどうだ? スタンプひとつに付き1個、お前の母親のことを教えてやると言ったら、喜んで乗ってくれるんじゃないか。なあ、13代目ウルフリード・ブランシェット」

視界の片隅から斜め前へと男を捉え直した私めがけて、木剣に布を何重にも巻き付けた練習用の剣が放られる。
右足を1歩踏み出して放物線を描く剣を頭上で握り、そのままの勢いで体勢を移動させ、右腕と右足を大きく前に突き出す要領で男の喉を狙う。
木剣はわずかに男の首を掠めて、その代わりにゴムナイフが剣を握る親指に近づいてくる。
拳ひとつ分だけ剣を引いて、刀身の部分で受け止めた瞬間に弾き返す。

「今のは1点だ。だが1点の積み重ねは大事だ。100点の攻撃なんて、そうそう狙えるもんじゃない。1点でも確実に積み重ねて、少しずつでも相手の体力と血液を奪え」
どうやら相手の体当てれば1点、仮に急所を突けば100点を貰えるようだ。反対にゴムナイフで斬られたら差し引き0点になる、のかもしれない。そういう認識で間違いないと思う。

「だが、1点は1点だ。まず俺の名前だが、カール・エフライム・グレムナード。お前の母親とは一時組んでいたことがある」
「おじさんも狩狼官だったの? お母さんとはいつ組んでたの?」

グレムナードはゴムナイフをゆらゆらと動かし、
「俺は魔道士だ、まあ狩狼官だった時代もないわけじゃないが、ついでみたいなもんだ。2つ目の質問はポイントが足りないから、まだ答えられない」
それだけ答えて、ゴムナイフを突き込んでくる。

魔道士――魔術師、魔法使い、術者、精霊使い、悪魔契約者、呼び方名乗り方は様々だが、悪魔や精霊といった人外の存在と契約して、自分のエネルギーを餌や代価にして、彼らの力を借用する人たちの総称。
扱える力は単純な攻撃から補助的なものまで多岐に渡る。というより契約先の悪魔や精霊によって決まるため、必ずしも望み通りの力が扱えるとは限らない。
特に悪魔はどれもこれも個性的で、相手を気に入らなければ嘘を吐き、適当な力しか貸さないという。

かつて私の先祖が倒した悪知恵の働く狼も悪魔に分類されるので、悪魔そのものを倒すことも十分に可能。ただし300年の長きに渡る強く執拗な呪いに悩まされるような、想定外の負債を負ってしまうことも珍しくない。
ちなみに狼の旗を裂いたメイジー・ブランシェットは、子々孫々まで、生涯たった1人の女の子しか産めない、という呪いを掛けられた。
これは当時、お家断絶から血筋の途絶までもたらしてしまう強力で厄介な代物だった。

「安心しろ、13代目。悪魔は使わない」
ゴムナイフの尖端が額の前を通り過ぎて前髪を掠める。
その軌道に交差して十字を描くように、木剣がグレムナードの胸板をわずかに掠める。
「今のも1点だ。浅くて致命傷には程遠い。だが、それでいい。……お前の母親と組んでたのは20年ほど前だ」

お互いの、切れないまでも技術を乗せた刃が交差する中、グレムナードはゆっくりと語り始めた。


・・・・・・


あの女と初めて会ったのは、この俺、カール・エフライム・グレムナードが20代半ばの頃だ。
当時の俺は無気力で夢も希望もなく、順当にいっても適当に就職した工場の雑務要員かどこかの酒場の用心棒で終わる、そんな男だった。

幼い頃から腕っぷしだけは秀でたものがあったせいで、親に勧められるまま騎士団直轄の警察隊の育成課程を修了し、そのまま就職してしまえば良かったものの、俺は根本的に世のため人のため、なんてのが柄に合わないし、かといって正義と公権力をちらつかせて汚職に走るのも気に喰わなかった。
もちろん悪党をやるほどの野心も反発心もない。
かといって一般市民として真面目に働こうにも、特段自分の人生を費やせるほどの何かは見つかっていない。
要するに、いい年して何もしたくない、空っぽな器に目つきの悪い顔を描いたような奴だったわけだ。

俺は毎日のように朝から酒を飲み、腹を空かせて町をプラプラと当てもなく歩き、公園で鳥に餌をやり、たまに歩いてくる野良犬にパンを分けて時間を潰す。そんな日々を送っていた。
親戚や同期生たちは、俺のことを生きる屍みたいだ、なんて言ったが、屍のほうがもっと生気があると皮肉ったもんだ。

そんなある日のこと、そう、ただでさえ少ない労働意欲を削るような、厚ぼったい白い雪が降り積もる冬のある日だった。


「ねえ、そこの君。この辺りに自警団事務所があるはずなんだけど、よかったら案内してくれないかい?」


ゴミ捨て場に溜まりに溜まった酒瓶を捨てているところで、声を掛けてきたのが彼女だった。
12代目ウルフリード・ブランシェット。狩狼官。この冬に20歳になって、この町、自由都市ノルシュトロムには今朝やってきたばかり。

肌の白い、髪も透き通るように色素の薄いオペラモーヴで、おまけに美人だった。
こんな美人を、女に飢えた男所帯の自警団事務所になんて一人で行かせるのも物騒だ。俺はほんのわずかに心に残っていた良心を取り出して、同期生で落ちこぼれ仲間の働く自警団事務所に連れていった。

「おいおい、こいつはどういうことだ? グレムナードが女を、しかも極上の美人を連れているだと? こいつは大変だぜ、明日はきっと春をすっ飛ばして夏になっちまう!」
からかいの言葉を投げかける顔見知りを押しのけて、彼女にとっとと契約書を書いてもらった。面倒くさいというのもあり、また年甲斐もなく気恥ずかしさみたいなものもあった。
別に女なんて取っかえ引っかえ、とまではいかないが、こんな陰気くさい顔でも人並みには経験を積んでいた。
それでも彼女には、不思議と目を合わせるのを躊躇してしまう魅力があった。

「じゃあな。俺は帰って寝るので忙しいんだ」
「寝るのが忙しいだなんて面白いことを言うね、君は」
彼女はくすりと笑った。俺はここらでひとつ、少し威厳というものを見せておこうと思って、
「おい、君はやめろ。俺はお前より5つほど年長者だ」
ありきたりな、そこらの雑貨店でも売ってそうな安い言葉を投げつけた。

「そうだね。じゃあ、ここは年上に任せてリードしてもらおうかな」
そう言って、白く細い指を伸ばしてきた。まるで手を取ってエスコートしろとでも頼むように。
「実は引っ越し先をまだ決めてないんだ。不動産屋まで案内してくれないかい?」

親切心なんて出すもんじゃない。俺はその日、不動産に食料品店、服屋に飲食店まで案内して、雪で足先どころか膝下まで冷やす羽目になった。
それだけじゃない。俺の生活ぶりを見かねた周りのお節介共のせいで、彼女の仕事まで手伝うことになってしまった。

「よろしくね、グレムナード」
彼女は白く細い指を、俺の顔の前に差し出し、
「実は君の様子をしばらく観察していた。動物に優しい人は頼まれごとを断らない、そして私はこの町のことを知らない。私はこれでも効率重視なんだ」
悪戯っぽくくすりと笑って、俺の手を一方的に握りしめた。


当時はまだ騎士団直轄の警察隊も人数が不十分で、自警団にも一旗上げようって若者が多く、一方で悪党たちも毎日新聞に事件報道が載るくらいには景気がよかった。
当然、狩狼官にも出番は多く、俺も彼女も朝からよく働いたもんだ。

ところで彼女の腕だが、正直な贔屓目なしの評価をするならば話にならない、という酷いものだった。

技術そのものは悪くはない。武器の扱いも体術の心得も、狩狼道具の操作も、知恵も、決して他人に劣るものではない。
だが、精神面が圧倒的に弱かった。時折いる、訓練や座学では高成績を残せるが、実戦になると想定外の事態に対処できずに混乱と醜態を晒す、そういう弱さの人だった。
俺もそんなに優秀なわけでも強いわけでもない、どちらかというと落ちこぼれだったが、それでも腕を磨き実戦経験を重ねた頃には、並の騎士や自警団では歯が立たない程度には腕を上げた。

ノルシュトロム初代破壊王バッカナリア・バッカナーレ、悪辣王ピカロ、暴君オルトロック、迷惑製造機フレイマー、そういった名のある悪党を捕らえていく内に、彼女にも異名が付き、いつしか彼女の振るう狩狼道具【赤ずきんメイジー】の二本の刃とその白く美しい顔から、『白銀の二枚刃』とか『剣の魔女』などと呼ばれるようになった。

俺は俺で『魔女の懐刀』なんて、酷く不名誉な仇名がついたりもしたが、そう悪い気もしなかった。


そんな中、王都から派遣される人数が増え、自警団と警察隊の力関係が逆転した頃のことだ。
俺はいつものように自警団事務所に入り浸っていたが、その頃の彼女はあまり仕事に前向きじゃなかった。連絡が取れない日も多く、手柄を他の連中に譲るようなことも少なくなかった。

俺は元々、金さえあれば仕事なんてする必要はない、程度にしか労働意欲が無かったし、暇さえあれば朝から酒をあおる生活は何ひとつとして変わってなかったから、新人労働者によくある倦怠期みたいなものだと思っていた。


「グレムナード、実は今度、実家に帰ることになったんだ」

ある日のことだ。彼女から子どもが出来たと告げられた。
父親はわからない。俺たちは組んで数年を経ていたが、一度としてそういう関係にはならなかった。寝てしまった男女は簡単に命を落とす、そんな迷信を信じていたわけでもなかったが、それまでは見逃していたような些細な小傷が致命傷に至るような、そういう不幸は起こりうるとも考えていた。

今さら思っても仕方ないが、一度くらい本気で口説いておけばよかった。そんなみっともないちっぽけな後悔が頭を過ぎることに、数年は苛まれることにもなった。もちろん毎日でもないし、悩むほどに致命的なことでもなかったが。


それから数年後、今から10年ほど前だ。
突然彼女が訪ねてきた。お互いに少し老けたが、彼女は相変わらず美人ではあったし、俺は相変わらず酒浸りで目つきも人相も悪かった。

「で、どうしたんだ、急に」
「なに。ふと君の顔が見たくなってね。それにしても君、相変わらず酷い顔色をしてるけど、少しは健康に気を遣ったほうがいいんじゃないかい?」

彼女はしばらくの間、俺の部屋に居座って、ある日ぼそりと家を飛び出してきたことを告げた。
理由は教えてくれなかったし、俺に推察できることでもないから、未だにその辺はよくわからない。
だが、狩狼道具を幾つも持ち出してきたこと、それだけ教えてくれた。
それと――

「ねえ、グレムナード。もしもの話だけど、もしも娘が狩狼官になって、いつかの私のようにこの町に来ることがあったら、その時は面倒事を頼まれて欲しいんだ」
「お前なあ、今から抱こうって時に娘とか言うなよ」
「おや、君もその辺りのデリカシーは普通だったんだね。でも萎えてはいないみたいだけど?」
彼女は指を伸ばしながら、俺の顔を見てくすりと笑った。

肌を重ねながら耳元で囁く。
もしも娘が自分のように虫けらみたいに弱かったら、本気で叩き潰して家に帰らせてほしい。

もしも自分とは似ても似つかぬような強い戦士に育っていたら、娘の力になってあげて欲しい。

まったく自分勝手なわがままだ。
俺はお人好しでも善人でも偽善者でもないんだが。

「君はきっと引き受けてくれるよ。前にも言ったはずだよ、私は効率重視だってね」


・・・・・・


「それから10年ほど経って、つい先月のことだ。俺の研究室に妙な化け物が現れるようになった」

グレムナードは体力が底を尽きたのか地面に座り、スキットルに入った酒を飲みながら一服している。
空いている方の手には何時の間にか、赤や紫の毒々しい配色をした蛇が巻きつき、しかもこちらを見つめながらジュラララと尻尾を鳴らしている。

「俺は悪魔、知恵のある毒蛇と契約した。明確な理由はない、ただ彼女と再会した時に妙な胸騒ぎを感じたからだ」
どうやらこの蛇がその悪魔、知恵のある毒蛇。言われてみれば、どことなく賢そうな顔をしている、ように見えなくもない。
「悪魔は悪魔同士、妙に鼻が利く。おかげで彼女が俺に仕込んでいた悪魔にも対処できた。まったく効率重視とはよく言ったもんだ」

母はグレムナードに悪魔を仕込んでいた。
彼に頼んだのは単なるわがままでもお願いでもなく、悪魔との契約だったらしい。

そんなことよりもだ。
見ず知らずの目つきも人相も顔色も悪い中年男から、母との情事を聞かされた私は、一体どんな顔をすればいいのか。
「……気持ち悪い」
「ゴムナイフは数度しか当たらなかったはずだが」

そこじゃないよ。
体のダメージじゃなくて生理的な嫌悪感とか理解不能な不快感とかだ。

私が眉をひそめて煙草をする男と毒配色の蛇を見つめていると、嫌悪感の張本人の片割れはゆっくりと腰を上げて、私の手に握られた木剣を取り上げて、その代わりに灰色の小箱を乗せる。
「なにこれ?」
「お前の母親が置いていったものだ。何かは知らんが、わざわざ俺の部屋に残したってことは、そういうものだと思っていいだろう」

肩から背中にかけてぐりぐりと揉み解しながら立ち去るグレムナードを見送り、掌の上の灰色の小箱に集中する。
体内のエネルギーを指先や掌を通して小箱の底へと向かう、血のめぐりや川の流れのような動きをイメージ。
小箱の中に注ぎ、溜め込み、液体が洩れるように、流れと共に展開させる。

狩狼道具【チェインスモーカー】
展開した小箱が分解、巨大化し、幾つもの灰色の金属壁となって、大小二重の円形の檻となり、入り込んだ標的を閉じ込めてしまう道具。
狩狼官を代表する『狼回り』と呼ばれる、狼を力尽きるまで走らせ続ける罠を原型に作り上げた檻で、蓋をして内側から煙を充満させることで、捕らえた上で煙を吸わせて意識をも奪う。
ブランシェット家を代表する道具のひとつだ。


壁面に書かれた『ハッピービレイテッドバースデー』の文字を見て、私は呆れにも似た溜息を吐き出し、太陽がすっかり頭上に上ったことに気づく。
頭の中はもやもやしているけど、お腹からはぐうぅと空腹を告げる音が響いている。

「運動部男子学生が食べそうな量の牛丼とか食べよう……」

もう食べ物か動物でしか、この不快感は紛らわせない。
私はそんなに強い人間ではないのだ。


ちなみに体操会には明日以降もふたりとも出席して、私は公式ロゴマーク入りのシャツとジャージの上下セットを、グレムナードは果物や魚の缶詰を貰ったのだった。



今回の回収物
・チェインスモーカー
標的を閉じ込める出口のない煙の充満した狼回りを構築する。灰色。
威力:― 射程:D 速度:D 防御:― 弾数:1 追加:気絶


(続く)

(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第5話です。
節目の回なので、ちょっと核心に触れる回です。

ハッピービレイテッドバースデーは、遅くなったけど誕生日おめでとう、っていう意味です。
よく知人や友人の誕生日を忘れるので、隙あらば使っていこうって思いました。
小説書いてると自然と知識が増えますね。

まあ、熱燗とか飲んですぐに忘れちゃうんですけども。