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小説「潜れ!!モグリール治療院~第4話 それって普通に危ないよね~」

バックパックに何をどう詰め込むかは、冒険者の最大の悩みのひとつ。
寝袋、雨具、焚き火台、ランタン、テント、ピッケル、ロープ、医薬品、包帯、地図、ペン、インク、着替え、タオル、望遠鏡、アルコール、ナイフ、爆薬、銃、弾倉、ランプ、食器、フォーク、スプーン、マグ、食糧、水……冒険者によっては更に専門的な武具や道具もあり、さらに迷宮で見つけた素材に宝を持ち帰るために詰め過ぎてもいけなくて、なにをどういうバランスで、どのくらい入れるのが最適なのかは、実はまだまだ正解が出ていない。
というより、背負って歩く筋力や体力によって量も変わるから、正解なんて出しようもないのだけど、かといって疎かにすると酷い目に遭ってしまうので、適当に詰めればいいというものでもない。

じゃあ、どうしても必要なんだけど現地調達でどうにかしようってことで、食糧を減らす冒険者が出始めて、一か八かで見たこともない木の実や果物を食べてみたり、倒した獣を食べてみた結果、毒でお腹を壊したり、激しい痛みと痙攣で動けなくなったり、最悪の場合は命を落したりした。
そういう経緯で出来た仕事が、迷宮の中にまで踏み込んで冒険者たちに食事を届ける食糧補給隊。元々は担ぎ屋という町中を移動しながら商品を売り歩く行商人が、危険地帯への食糧輸送に特化したのが食糧補給隊。
「のんびり焚き火なんて出来ない敵地のど真ん中でも、そもそも物を置けないような細い地形でも、どんな場所でも迅速丁寧おまけに美味しい状態の料理をお届けします!」
というのが食糧補給隊が掲げた目標で、目標が定まったらそこに向かって道具や技術を進歩させればいいので、日進月歩な発展を遂げて、今日も今日とて山盛りの食糧と共に迷宮へと向かっているのだ。

そして私こと、尻尾付きの狼の毛皮を被ったかわいい狂戦士ウルフヘズナルのヤミーは、先日の、なんか流れで冒険者たちを襲うゴブリンの群れを追い払った功績を認められて、冒険者の町スルークハウゼンから天然自然で人類未踏の大迷宮に挑む冒険者たちに美味しいご飯を届ける、食糧補給隊の護衛を任されることになったのだ。


「というわけで、食糧補給隊のコメットっす! よろしくね、ヤミーちゃん!」
「うん、よろしくね」
食糧補給隊という名前から、数人もしくは十数人の部隊が移動するのかと思っていたけど、なんとまさかの単独行動。基本的にひとりの食糧補給隊に対して、護衛もしくは調理補助がひとりかふたり、それに調理器具と食糧を運ぶ馬車が1台、馬車を曳くための牛が交代含めて4頭。
そう、彼ら彼女らはたったひとりの食糧補給隊。厳密にはひとりと雇った護衛と牛が数頭の少数規模の小隊単位。冒険者のために人件費を極力抑えて、無理のない価格で食糧を買ってもらう、という理由もあるし、そもそも大規模になったら食糧補給隊込みの大所帯になるので、それぞれの冒険者に届けるという役割が出来なくなる、という世知辛い現実もある。
あと単純に値を上げ過ぎると誰も使ってくれない、とか。
なんだかなーと思わなくもないけど、世の中は必ずしも大が小を兼ねるわけではないらしい。小が集まれば大になるわけでもないんだけど。

コメットちゃんは新米の食糧補給隊で、胸の大きさは随分と差があるものの、背丈も年齢も私と同じくらい。
迷宮には何度か足を踏み入れたことはあるものの、年齢からして舐められがちで、おまけに見た目もいい女の子なので、護衛相手は慎重に選ばないといけないので、中々仕事を受けられずにいる。
冒険者という生き物は、だいたい全員もれなく社会不適合者なので、おおよそ人間の倫理観は持ち合わせていないし、中には犯罪者と大差ない思考の奴もいて、冒険者同士の争いも起これば、手負いの冒険者を狙う冒険者も普通にいる。
当然、護衛を引き受けておいて、そういう乱暴を働く者がいないわけでもない。
「でも女の子ならその辺は安心だし……安心していいっすよねえ!?」
「いいと思うよ、そういう趣味ないから。そんな暇あるなら鍛えてたほうがいいもん」
中には女好きの女や男好きの男もいるんだろうけど、私は一切そういうのに興味がない。そんな暇があったら飯食って寝てる方が体力を無駄にしないし、腕に自信がない人は棒切れでもいいから振り回してた方が役に立つと思う。
ちなみに私は暇な時間、町の外で食事用の猪を追いかけたり、ナイフ1本で食事用の熊と戦ったりしてる。暇だから。

「わかるっすよ、私も普段は先生のとこで格闘訓練ばっかりっす」
コメットちゃんも私と同じ種類の生き物みたい。すごく仲良くできるか、お酒を飲んだら殴り合いの喧嘩になるか、多分どっちかだと思うけど、出来れば仲良くしておきたい。いつか私もごはん届けて貰いたいから。
「あれ? 戦えるんだったら、護衛要らないんじゃない?」
「戦ってると料理の手が止まるじゃないっすか。油断したら料理の味が落ちちゃうんすよ」
どうやら戦いながら料理をする、という程の腕前ではないそうで。
私も料理は大雑把に切るとか焼くしかできないから、戦いながらとか絶対無理。料理そのものが無理かもしれない。胡瓜を同じ間隔に切るよりは、山賊なんかのあばらを折る方が簡単そうだし。

「だから私には強い護衛が必要なんすよ。私より同じくらいか私以上に強くて、私を襲ったりしない、ヤミーちゃんは多分っすけど、きっと適任だと思うっす」
「そう言われたら私も頑張るしかないね」
「そうこなくっちゃ! じゃあ、早速迷宮に向かうっすよー!」
コメットちゃんが意気揚々と両手を掲げて、仕事道具を取りに向かう。
私としても初めての迷宮、緊張はないけど胸の高鳴りは抑えきれない。どんな楽しい冒険が待っているのだろう。あわよくばすごい発見とかして、一生遊べるような大金を手に入れたい。さすがに1回目では無理だろうけど。
ちなみにつまんなかったり、自分の力量と合ってない危険度だったら、さっさと冒険者は辞めようと思うから、そこら辺の見極めも大事にしなきゃなのだ。


~ ~ ~ ~ ~ ~


迷宮の入り口でコメットちゃんを待っていると、少し小さめの4人乗りくらいの馬車に牛が前後に4頭、馬車というよりは牛車、その牛車の荷台は鉄板を挟んでふたつに区切られて、後方には寸胴鍋と調理台と釜が設置されていて、前方には大量の食材と食器、他にも行商人が荷運び用に使うような頑丈な箱なんかも積まれている。
なんていうか食糧を運ぶというよりは、移動しながら料理を作るための道具といった様子で、釜にはすでに火が入っていて、コメットちゃんが牛を歩かせながら、荷台で野菜の皮むきに励んでいる。
あと背丈以上に大きい巨大な包丁もあるけど、調理するには大き過ぎるし、これはもしかしたら戦闘用なのかも。
「すごいでしょ! これが先生が考案した食糧補給隊の新兵器、その名も野外炊具っす!」
「やがいすいぐ?」
「これまでは迷宮の手前で作ったごはんを届けてたんだけど、届けるまで1時間以上掛かるから冷めちゃって、そしたら折角の料理も美味しくなくなるっす。だったら移動しながら調理出来ればいいじゃない、ってことで作ってもらったのが、この野外炊具なんっす! すごいでしょ!」
確かに画期的だ。スルークハウゼンに来るまでに干し肉とか食べてたこともあるけど、当然冷たいし硬いし、正直味はいまいち。
でも、もし美味しいごはんが後から来てくれるなら、冒険の活力も出るというものだ。

それに、これだけの食糧が積めるなら、食糧を使い切って場所を空けて、怪我人や死体を積むことも出来る。聞けば追加でそういうサービスもしているそうで、死体はまだだけど怪我人を運び出したこともあるらしい。
コメットちゃんは牛の誘導を私に任せて、普通の大きさの包丁で野菜の皮を器用に剥き、手早く切り刻みながら鍋に放っていく。その間にも鍋の底で焦げないように混ぜたり、余分な灰汁を取ったりと、牛を引っ張る私よりも遥かに忙しそう。
一目でわかる、私には絶対出来ない仕事だ。無理無理、皮とか剥いたことないもん。焼けば全部食べれるし。

「そういえばヤミーちゃん、迷宮初めてなんすよね? ここがいわゆる第1の迷宮、紅玉の大密林っす」

紅玉の大密林、スルークハウゼンの東に広がる巨大な樹木が立ち並ぶ密林。
まるでルビーのように赤く輝く樹木で覆い尽くされた、大陸で最も美しい迷宮って言われてる。人間の町と隣接しているだけあって、構造もかなりの部分が判明してて、危険も少ないとされる初心者向けの場所。
人類踏破率75%、生還率80%、森の奥まで切り開かれた道には石畳が敷き詰められていて、ところどころで砦や野営地が築かれていて、武装した人間の活動範囲にあるからか巨大な獣との遭遇率も高くない。
ここで冒険に慣れて修行を積んだ者が、さらに遠く奥地への探索に挑むのだとか。

「人類踏破率75%、生還率80%、これってどう思うっすか?」
「んー? それって普通に危ないよね、だって10人に2人は死んじゃうわけでしょ」
急に問いかけてきたコメットちゃんに当たり前の感想を返すと、答えが正解だったのかニヤリと笑みを浮かべている。
「先生も同じ答えだったんすよ、私は生還率高いじゃんって思っちゃったんすけど」
「だって5人にひとりは必ず死ぬ場所って考えたら、そんな怖いとこ普通は行けないよ」
まあ、そう言いつつも来てるんだけどね。私も頭の螺子が1本2本外れてるみたいだ。
「ヤミーちゃんは冒険者向きっすね。冒険者じゃない私が言っても、あんまり説得力ないっすけど」
冒険者向きかなあ、向いてるかどうかは全然わからないけど。実際周りを見渡しても、植物や鉱物の知識がないからさっぱり判別できない。なにが食べれて、なにが貴重なのか、その辺はおいおい覚えていくしかないんだろうけど。


コメットちゃんにあれはなんだ、これは貴重だと色々教わりながら、牛車は石畳の上をとことこ進んでいく。
その間にも教えてもらったけど、コメットちゃんは半分冒険者みたいなもので、先生と呼んで師事している休業中の冒険者に迷宮の歩き方を教えてもらっている。
野外炊具を開発したのもその先生とやらで、元々そういう発明をするのが好きなのだそう。冒険者時代から決して優れているわけではない身体能力を、知恵と発想で乗り切ってたみたいで、かつては熟練の冒険者からも一目置かれていたとか。
「先生は普段は町中で闇医者やってるっす」
闇医者で冒険者、少し興味は湧くけど、今はお仕事中。周りへの警戒は怠らずに、時折現れるちょっと攻撃的な獣や虫を叩き潰しながら進む。

「あ、もうすぐっすね。指定の座標は、この獣道を進んだ崖の上っす」
「じゃあ牛は登れないね」
それにしても妙だ。なんでわざわざ崖の上を指定するのか、食べるだけなら平地に降りてくればいいし、わざわざ獣道の先の崖の上を選ぶ理由はない気がする。
「崖沿いのルートでも進んでるんじゃないっすか? 崖は確かに危ないけど、四方から囲まれないっていう利点もあるし」
コメットちゃんは出来た料理を弁当にしながら荷運び用の箱に詰め込み、ロープやザイルを箱の横に付けて、巨大な首切り包丁を腰にぶら提げる。
食糧補給隊は元々は担ぎ屋、荷物を担いで崖の上へ登るのだってお手の物だ。
商売の相手がいるなら、どんな悪路でも進むのが商人という人種なのだ。


「じゃあ、ちょっくら行ってくるっす! なんかあったら笛を吹いて報せるっす」


と言ったのが数分前、崖の上からぴゅいーっと鳥の鳴き声にも似た笛の音が流れてくる。
私は獣道から崖へと一気に走り、崖を軽々と登り、上にいるコメットちゃんと冒険者の一団の前へと躍り出る。さあ、鬼が出るか蛇が出るか、凶暴な魔獣やモンスターでも出てきたのか、少し緊張を胸に抱きながら鶏のように首を振って、周囲の状況を一気に確認する。
包丁を構えているコメットちゃん、指を斬り落とされて背中を丸めている戦士がひとり、その後ろに武器を構えている若い剣士に小柄な弓兵、線の細い槍兵、大柄の斧兵。見るからに魔法を使えそうな恰好の者はいない。
話の流れはわからないけど、要するに敵は5人。こっちはコメットちゃんと私のふたり。数の上では不利だけど、突然現れた狼の毛皮で覆われた、獣なんだか人間なんだか判別し難い私の姿に呆気に取られて、頭がまだ追いついていない。
ならば、と私は背負ったメイスを振りかざし、まず指を落された戦士の頭に狙いを定める。

ウルフヘズナルの、もっといえば狂戦士の戦い方は技術ではない。腕力と体重と心の底から煮えたぎるような闘争心に、全身の捻りや跳躍や突進といった加速を加えた、防御も駆け引きも見栄えも何もかもをかなぐり捨てた必殺の一撃が、狂戦士の戦い方であり持ち味なのだ。
元を辿れば、別の大陸から流れ着いた獣人たちの技だと、故郷のじいちゃんは教えてくれた。
獣人たちは姿そのままに獣のように吠え立てた。私たちノルドヘイムの民が倒した獣の毛皮を被るのは、獣人たちのように獣の力を自分のものにするためだ。
彼らは獣のように力任せに武器を振るった。その流れを受け継いで、私たちも両手の皮が張り付くくらい、ぎっちぎちに武器を握りしめて、全体重と全筋力を込めて、地面を、いや、もっと下の地獄の底まで叩き割って、さらにその下まで届くように振り下ろす。

私の使うメイスはウォーハンマーといって、先端が鋼鉄で出来ている戦闘用のメイス。片方はハンマーのようにべったりと平たく、もう片方はツルハシのように尖っている。
剣は刃毀れしたら斬れないから、なるべく長く使えるものを使え、というのは、虎の毛皮を被ってハンマーを振り回すおとうさんの教えで、私もこいつの使い心地は気に入っている。
人間相手なら甲冑の上からでも打ち壊せるし、尖りを向ければ隙間を狙わなくても貫ける。獣だったら頭蓋だって砕ける。
なんていうか、すごく私に合った武器だ。

戦士の頭を叩き割って、中身と血をぶちまけながら、そのまま戦士の落としていたナイフを拾う。
慌てて弓を構えようとした男に投げつけて、本当は顔面に刺さってくれればよかったけど、そこまで上手くはいかず、でも構えは解けたので、一直線に飛び掛かってメイスを振り下ろし、首と肩の間を形が変わるくらいに叩き割る。
まだ生きている弓兵を蹴飛ばして敵の前に置いて、ためらっている槍兵から先に襲撃。奪った槍を投げつけて剣士を足止め、その間に斧兵の頭を叩き潰す。
残りは腕の壊れた弓兵、頭を半分抉られた槍兵、まだ無傷の剣士。数の不利が無くなったので、まず意識のある弓兵にとどめを刺して、地面に転がっている槍兵にメイスを振り下ろす。

「助けてくれ! 俺はこいつらに付き合わされただけなんだ!」
「なに? 命乞いのつもり? じゃあ、まず武器を捨てろよ」
そう問いかけると、剣士が慌てて剣を投げ捨てて、両手を上へと掲げた。
でも、ここで見逃すという選択肢はない。どちらかが暴力という手段に出た以上、話し合いで解決出来る状況は崩れているのだ。
この男をここで見逃しても、いずれ報復に来るだろうし、私じゃなくてコメットちゃんを狙うかもしれない。もしかしたら無法者らしくない、町に戻ってギルドや警察の力を利用して、自分より大きな力を借りて仕返してくるかもしれない。
どのみち生かしておいて得なことなど無い。
私は笑顔を見せて油断を誘い、隙だらけの胴体に向けて斧を投げつけて体勢を崩させ、メイスで腹から頭にかけて横殴りに左右に振り回し、あばらと肉を砕いて臓腑まで叩き潰す。

「コメットちゃん、怪我はない?」
「あ、大丈夫っす」
コメットちゃんの方に振り向くと、幸いなことに怪我は全くなし。足は小刻みに震えてるけど、怪我ではないみたい。
よしよし、怪我がないのが一番。念のためにそれぞれの頭に再度メイスを振り下ろし、完全に動けないのを確かめてから連中の懐や荷物を漁って金を回収する。
人間でも野生の獣でも、ちゃんととどめを刺すのが大事。逃げるという選択肢の無くなった手負いほど。この世で怖いものはいないから。
「で、こいつらなんだったの?」
「よくある話っすよ。いわゆるそういうことっす」

迷宮に何日も潜って女日照りになった連中が暴走したのか、人間の法律が届かない無法地帯でもある迷宮を利用するつもりだったのか、とにかく冒険者たちはコメットちゃんに乱暴しようとした。だけど指を斬り落とされて膠着状態のところに私が駆けつけて、結局飯も食えず女も抱けずに死んでいったわけだ。
馬鹿だなーって思う。町に戻ればそういう商売の女もいるし、中には娼婦の代わりを連れていくパーティーもいるのに。
金払いの悪い奴は結局損をするのだ。その損のレベルが、時にはお金で取り戻せないことにもなるわけで。

「それにしてもヤミーちゃん、滅茶苦茶強いっすね」
「そうでもないよ。今回は相手の肝が据わってなかっただけ」
寄って集って若い女に、しかも騙し討ちの形で襲いかかろうとする小心者共だ。自分たちが怪我させられるとも、もちろん死ぬとも想像出来てなかったから、指を落された時点で腰が浮いたのだ。もしも命を取り合う覚悟が出来てたら、私が躍り出た瞬間に攻撃してきただろうから、それが無い時点でどうにかなるとは思った。
もし自分を犠牲にしてでも足を止めて弓か槍を撃たせようって奴がいたら、勝負はまた違った形になったと思う。どっちみち私が勝つんだけど。

「ほんと、冒険者って社会不適合者だねー」
ようやく安心して一息つけると思って、お腹の底まで溜まっていた息を吐き出した途端に、不届き者たちの向こう側から血の臭いに誘われて、普通の熊の倍はありそうな巨大な熊が近づいてくる。
「ヤミーちゃん、大変っす! ネームドっす!」
「ネームド?」
「要するに強い敵っすよ!」
ネームド、名前持ち、二つ名付き、忌み名付き……呼び方は色々あるけど、要するに他の獣や生物とは一線を画した化け物のこと。こういうのを倒せて冒険者は一人前だとも言えば、こういうのを避けてこそ一人前の冒険者とも評される。
そして相手はネームド、荒れ狂う剛腕。その異名通り、異様に発達した両腕を振り回して数々の冒険者を血の海に沈めてきた大熊の王。ちなみにこの名前は後で聞いた。

力試しに戦ってみたくもあるけど、今日はコメットちゃんの護衛で来ている。私はまだ冒険者じゃない、単に迷宮に踏み込んだだけの護衛だ。
よってここで取るべき選択肢はひとつ。さっき殴り倒した剣士の体を蹴り飛ばして、大熊の王の前へと放り出す。
さあ、どうぞ召し上がれ。私たちは戦うつもりはないよ、という具合に。
大熊の王がどんな強さであれ、とどのつまりは熊なのだ。野生の獣は人間みたいにあえて大変な道を選ばない。逃げる獲物と逃げない獲物だったら、簡単に食べれる方を選ぶと思う。
「コメットちゃん、逃げるよ!」
「はい!」
私たちは本来冒険者たちに食べさせる予定の料理も放り出して、一気に崖の下へと駆け下りて、むしゃむしゃと食べられてしまう冒険者だった塊を残して、一目散に牛車まで退避。そのまま全速力で迷宮の外へと逃げ出したのだ。



「よかったっす、ネームドと戦うとか言い出さなくて」
「言わないよ、今日は護衛なんだから」
それでも追いかけられたら戦ったんだろうけど、幸いにも上手く餌に食いついてくれて助かった。あいつらは気の毒だけど、餌にされるようなことをする方が悪い。
結局お金をケチる奴はケチっただけ手痛いしっぺ返しを食らうのだ、むしゃむしゃと食べられたんだけど。
「食べるといえば、弁当も置いてっちゃったけど、私も料理食べてみたかったなー」
などと愚痴をこぼしていると、コメットちゃんが牛車の後ろの鍋の蓋を開けて、
「まだ鍋に残ってるっすよ。食べる?」
まだ少し残っている料理の匂いを解き放った。

「食べる!」

私は牛車の上でよく煮込まれた豚肉と野菜の、なんかすごく美味しいのを食べて、初めてのちょっとした冒険の疲れを癒したのだった。


(続く)


<今回のゲスト冒険者>

コメット
性別:女 年齢:19歳 職業:食糧補給隊

【クラス解説】
▷行商人である担ぎ屋を、食糧輸送に特化させた職業。野外炊具で調理と移動を同時にこなし、徒歩での運搬も出来る。

【クラススキル】
☆八百万の神々大移動
➡町の外でも料理を作って補助効果を得られる、なお食べ物には全て神が宿るとか宿らないとか

【主要スキル】
・野戦調理
➡野外炊具で調理した回復食、普通に美味しい
・担ぐ
➡大量のアイテムを所持する、重さなんて利益で耐えろ

【装備】
☆首切り包丁(武器・剣、固定)
⇨野菜から大型獣までなんでもぶった切れる大振りの包丁、さすがに調理には使わない
☆野外炊具(馬車、固定)
⇨牛車に調理器具を取りつけたもの、荷台でそのまま料理が出来るから便利
☆荷物箱(体装備、固定)
⇨背中に背負う荷運び用の箱、食べ物からアイテムまでなんでも入る


ー ー ー ー ー ー


というわけでモグリール第4話です。
ごはんの話です、むっしゃむっしゃ。たまにはキャンプ飯とか食べてみたいでーす。キャンプしたことないけど。

さて、ヤミーちゃんがようやくちょっと冒険出来ました。冒険したうちには入らない程度だけど、一応踏み入ってはみたって感じです。
あとちょっとモグリールたちと出会うフラグを立ててみたり。コメットちゃんはそのためのキャラでもあったりします。

物事はなんでも出来れば話し合いで解決したいところですが、そうはいかないものだなあとか思いながら、狂戦士の戦い方とか書いてました。暴力はよくないですね。