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短編小説「たこやきのない世界」

たこやきのない世界表紙

「友達と仲良くしましょう」
「将来の夢を持ちましょう」
「素敵な恋人を作りましょう」
「立派な大人になりましょう」
どれも学校の先生や親や社会から言われたけど、私にはさっぱり意味がわからない。
なんでたまたま同じ場所にいるだけの人間と仲良くしなきゃいけないの?
どうして夢なんてものを持たなきゃいけないの?
どうやったら人を好きになれるの?
どこを変えたら立派な大人になれるの?
生きてるとわからないことだらけだ。みんなはどうやって生きてるんだろう?
中学3年生、私はまだ社会とか人間がわからない。中2病みたいな痛くてかっこつけた感じじゃなくて、同じ生き物と思えないくらいみんなが遠い。表面上はがんばって空気読んでへらへら笑ってるけど、人に興味が持てない。異性でも同性でも触られたら気持ち悪い。世間的には優しいってカテゴライズされる親も、15年一緒にいても1回も好きになれない。もちろん極端に嫌いな人も、そうでもない人もいるけど、それは天道虫と蜘蛛だったら天道虫のほうが直視できるだけで、好きなわけじゃないし、親もクラスメイトも天道虫くらいしか興味を抱けない。
「もしかしたら、みんな宇宙人なんじゃないかなあ」
自分だけが地球人で、周りはみんな宇宙人。そんなふうに思ってたこともあるけど、みんなからしたら私は理解できない異物なんだと今は思う。

どうしても人間社会に溶け込める気がしない。
そう考える度に泣きそうになるし、出口の見つからない迷路に迷い込んだ気持ちになる。


「にゃーん」
今日も塀の上にいる猫のミーちゃんを撫でまわす。猫は好き。かわいい。犬も人が連れてなかったら、かなり好きだと思う。
世界から猫や犬がいなくなったら、安心できる場所がなくなるんだろうな。
飼育員やペットショップの店員になろうと思ったこともあるけど、職業体験で行った時に、結局人間の相手もしないといけないって知って、私には無理だって1時間ほどで理解してしまった。
見ず知らずの人間はわからない。いい人なのか悪い人なのかわからないし、顔色を窺おうにも何をどう判断したらいいのかわからない。
わからないはめんどくさい、そしてものすごく疲れる。
「どうしたらいいんだろうねー?」
「にゃあー」
猫はかわいいけど何も教えてくれない。そりゃそうだ、私は猫じゃないもん。
ミーちゃんを撫でながら空を見上げると、見たことのない紫とも赤ともいえない色の卵型の物体が、すーっと尾を引きながら近くの山に落ちていった。
地響きのような音がする。
なんだろう? 多分みんなだったら、きゃーきゃー言いながら見に行ったりするんだろうな。
聞きなれない音に驚いて、塀の向こうに逃げちゃったミーちゃんに手を振って、私はしばらくうろうろ歩き回り、
「行ってみようかな」
悟ったふうに考えているくせに、まだ地球人になりたいと願ってる自分に愛想を尽かせながら、変な色の卵型の未確認飛行物体を探しに行くことにしたのだった。


「いやー、びっくりしたねー。薪割ってたら空から隕石降ってきて大惨事だよー」

ふもとに霊園のある山は、獣道が作られたみたいに木が倒れてて、クレーターみたいに草とか土とか吹き飛んでる。その中心では、極限までデフォルメ化した肩幅よりも大きいタコを頭に被った、上半身裸の手首からデコルテまでびっしりと仰々しい落書きの入った男が、おどけたような口調と身ぶり手ぶりで説明してる。
落書きはいわゆる和彫りってやつで、腕には龍とか蓮の花とか描いてあるし、背中にはヤマタノオロチみたいな首がいっぱいあるドラゴンが描いてる。
この落書きに見覚えがあった。
「え? もしかして明石さん?」
明石さん。お父さんの弟で、人種はダメ人間。クラスにひとりはいる明るいお調子者をそのまま地に落とした感じの人で、なんかかっこいいって理由で落書き入れた辺りから我が家を出禁になって、なんか強そうって理由で九頭竜組っていう名前だけは立派な、小さくてお金のないヤクザの組員になって、その組も不景気のあおりを受けて解散したって、何年か前にローカルニュースで15秒くらい流れてた。
「おや? 君は明石君の知り合いなのかい?」
タコ頭おじさんが背中を向けたまま頭を180度回転させて振り向き、少し遅れて体がぐるんと半回転する。なんていうか、出来損ないのゲームみたいな動き。
「明石さんじゃないの?」
「ううん。見ての通り明石さんだよー。君は確か……」
おじさんはタコ頭の下のほうをぺちぺちと叩きながら、すぐ近くに建てられた掘っ建て小屋みたいなところに入っていき、一升瓶とタバコを持ち出してくる。タコ頭と首の間から吸盤のついた足がにゅるんと飛び出し、タバコとライターを掴んで引っ込み、もくもくと燻製みたいに煙を吐き出す姿は、滑稽を超えて不気味だ。
なんでだろう? こんな変な状態の人? 人かどうかも定かじゃないけど、とにかく変なのが目の前にいるのに、私の中ではなんの興味も示してくれない。正直、今日の晩ご飯なんにしようが10:0で勝ってる。
なんにだったら興味持てるんだろう? これで無理だったら、戦争でも起こらない限り無理なんじゃないかな。いよいよ自分が嫌になってきた。もう何も考えたくない、帰って風呂入って適当に晩ご飯食べて寝たい。
よし、帰ろう。くるりと踵を返して立ち去ろうとすると、
「ちょっと待って! 聞きたいことはないのかい? 例えば、なんで頭にタコ被ってるの、とか?」
「いえ、別に。見ればわかるし」
「えー! もっと興味を持とうよ! 宇宙人のボクが言うのもなんだけど、いろんなものに興味を持った方が人生楽しいと思うよ」
「宇宙人なの?」
タコ頭はしまったって言わんとばかりにタコの足だけをバタバタとさせて、しばらく直立不動のままわちゃわちゃ動いて、
「バレてしまってはしょうがない! 実はボクは宇宙人なのだ!」
タコ足をピンと伸ばして、首から上だけ戦隊モノみたいなポーズを取る。
「じゃ、晩ご飯作らなきゃなので」
「待って! 興味持って!」
ああ、めんどくさい。どーでもいいよ、宇宙人とか。


宇宙人いわく、自分は遥か遠くの惑星から、新しい文化を求めて地球にやってきた。彼? 彼女? とにかく彼の母星では、みんなが遊び倒した結果、今では朝から酒を飲むくらいしかやることがないらしい。
元々はスライムのような姿をしてるけど、タコの姿に改造してやってきた。地球で有名な宇宙人の姿が、タコっぽい火星人との報告を受けていたから。ただし時差の問題で情報が古く、地球で違和感なく馴染むことには失敗して、明石さんとは地球到着初日に出会って、話しかけたら拳銃を向けられたため、やむをえず乗っ取り、そのまま5年くらい、ちょっと変わり者の着ぐるみタコヘッドおじさんとして生活していて、時々町のゴミ拾いをする程度には打ち解けている。
卵型のUFOは通販で、まれに大気圏突入に失敗して墜落するそうだ。
そして、彼と同じように地球に来た宇宙人は、すでに100年以上前から何人もいる。

「なるほど。じゃ、晩ご飯作らなきゃなので」
「興味持ってよ!」
タコ頭がタコ足で空中地団駄を踏みながら、イライラしてるのか煙を大量に吐き出してる。煙出し過ぎだよ、山火事なるぞ。
「君ねえ、えーと名前。名前なんだっけ?」
「知らない人に名前とSNSのアカウントを教えちゃいけないって先生が言ってたし」
「明石くんは知り合いなんでしょ。顔見知り同士、ちゃんとお互いの名前を知ってて、定期的に挨拶もして、なにかあった時は親御さんに連絡できる。そういうのが防犯の基本だよー」
宇宙人に防犯を教えられても困る。怖くて聞けないけど、タコ頭の中の明石さん、今どうなってるの? 生きてるの?
名前教えないと永遠に呼び止められそうだから教えるけども。
「白波戸瑞蓮」
「シロハト・タマレ、なるほど、たまれちゃんね。オッケー、覚えた。たまれちゃん、学校楽しい? 彼氏とかいるの?」
距離の詰め方えぐいな、この宇宙人。ちょっと優しくしたら付き合えると勘違いするクラスの男子くらいえぐい。
首から上が頭、下がヤクザだから余計にえぐい。
「釣れないなあ。ボクの先輩なんて、地球に来てすごいチヤホヤされたって聞いたよ。ラブなんとかって有名な小説家にモデルにしてもらったりしたんだよ」
「中学生をラブホに誘わないでください」
「違うよ! 明石くんはもうちんちん立たないから!」
それって、やっぱり死んでるんじゃないの? あと女子に向かってちんちんとか言うな、宇宙人はデリカシーがない。
「中学生にちんちんとか言うとセクハラで死刑になりますよ」
「もぉー! 地球人はちんちんが好きだって聞いたのにー!」
宇宙では地球がどんな風に伝わってるんだろうか。楽しい娯楽に溢れてて、ちんちんが好き。あながち間違いでもないかもしれない。クラスの男子は、よくそういう下ネタではしゃいでるし、ほとんどの女子はそう遠くない将来、ちんちんを取り合う醜い駆け引きや争いに夢中になる。
「やだねー。みんなして他人の性器に夢中になって、なにが楽しいんだか」
「たまれちゃんは男子が嫌いなのかい?」
「別に男子も女子も嫌いじゃないよ」
誤解をすぐに解いておいた。どっち好きじゃないだけ。それが老人でも赤ちゃんでも何にも興味が持てないだけ。多分きっとこれからもずっと。


きっとこの世界は真っ暗な海で、みんなは蛸みたいな吸盤があって、どこかしらなにかしらで岩場にくっついて流されずに生きていけるけど、自分はこの世界との間になにひとつ引っかかるものがない。どこにいっても馴染めないし、なにをしても興味が持てない、恋も出来ない、尊敬も出来ない、興味も持てない、ただ暗くて恐ろしいだけの海がずーっと広がってる。


「つまり吸盤があればいいんだね!」
違うわ、このタコ型宇宙人。
宇宙人は明石さんの両腕を使ってタコ足を引っ張り、ふんぐるいぃって呻き声をあげながら、勢いよくタコ足を引きちぎった。
「8本しかないから貴重なんだけど、他でもない明石くんの親戚だからね。特別だよー」
そう言いながら、頭のほうの切断面から墨みたいな液体を垂れ流しながら、まだビチビチと動いてるタコ足を放り投げてくる。タコ足は子犬くらいの大きさで、全体的にぬめっとした手触りで、生ぬるいお茶くらいの温度で、
臭いは公園のトイレ。酒と煙草と加齢臭に強烈な生臭さを添えて。
そんなの渡されたら、おそらくみんな、さすがに私と同じ反応をすると思う。そう、反射的に投げ捨てる、だ。
「くっさぁ!」
「ねえ、ちょっと酷くない!?」
当然の結果だ。むしろ1回手に取ったことを褒めて貰いたい。
宇宙人は地面に転がったタコ足を手に取って、一升瓶を吸盤に引っつけて持ち上げたり、霊園の墓石にくっつけて地面から10センチくらい浮いてみせたり、このタコ足便利だよーってアピールしてるけど、機能の問題じゃない。そこは疑ってないよ、臭いんだよ。
「まったくもう! 地球人はもうちょっとデリカシーを持った方がいいと思うな!」
墓石にくっついたまま、首から下の明石さん部分を振り回しながらプリプリ怒ってる。
「ねえ、宇宙人。宇宙から来れるくらい技術があるんだから、便利な道具とかないの。例えば、未来がわかるとか」
「そういうのはないよ。あるとしたら、これくらいかなぁ」
宇宙人がタコ頭の内側から取り出したのは、賞味期限の怪しいソーセージ、くしゃくしゃになったポテチ、中身の濁ったワンカップの瓶、サイコロ、泥だらけのトランプ、錆びた鉄アレイ。それと本物かおもちゃかわからないけど拳銃が1つ。持ち物がヤクザのホームレスだ。あ、ヤクザの体乗っ取ったホームレス状態の宇宙人だった。
タコ足同様の公園のトイレみたいな臭いに耐えながら、ゆっくりと拳銃を拾う。ずっしりと重くて硬い。馴染まない感触。
自分には何もないけど、もし1個特別な何かがあれば寄る辺になるかもしれない。そう思わせてしまう魔力みたいなものを感じさせる重さがある。すなわち危険だ。
「それ、偽物だけどね」
「偽物かよ!」
反射的に拳銃をタコ頭に投げつける。宇宙人の頭は拳銃が突き刺さった形に凹みが生まれ、その凹み部分を吸盤で吸いつけ引っ張ることで元の形に修復する。
「たまれちゃんねえ! もうちょっと物を大事に扱うってことを覚えるべきだと思うな!」
何度目かの宇宙人の説教を受けながら、そろそろ家に帰らないと親に何か言われそうだなーとか考えた。
「たまれちゃん! 聞いてるの!?」
「うん、聞いてる。晩ご飯はたこ焼きだけはやめとく」
「やっぱり聞いてない! 地球人はどうかしてるよ!」
タコ足をバタバタとさせながら、首から下は直立不動の宇宙人が憤慨する姿も、この数十分ですっかり見飽きたのだった。


「バイト行ってきまーす」


それから? それからどうなったかって?
特に変化なし。私の周りへの興味の持てなさは改善も進展もなく、相変わらず夢もないし恋もしてない。友達もいないわけじゃないけど理解し合えることはなく、他人はやっぱり苦手なまま。
変わったことといえば、親や先生に言われるがままに地元の高校に進学したことと、少しでも興味を持てるものを効率よく探せるように、地域おこし関係のアルバイトを始めたこと。といっても書類を届けたり、イベントの時に椅子を並べたり、屋台の店番をしたりくらいで、今日はイベント会場でタコ焼きを焼く日。
ちなみにやりがいはというと、文字で表すと、今のところ虚無、だ。
「やあ、たまれちゃん! なにか興味があるもの見つかった?」
「いや、まだなんにも……」
宇宙人はとりあえず風呂に入ってきれいにしろってアドバイスしたら、臭いはかなり改善されて、そのまま就職したらしい。部屋を借りて所帯を持つという、持ち前の行動力を活かして今では1児のパパだ。
元九頭竜組の人たちと仲間たちを合わせて、みんなで着ぐるみタコヘッドおじさんとして、町のマスコットキャラクターとして活動していて、みんなからは着ぐるみのタコを被った人たちって思われてる。
「あれ? ちんちん立たないって言ってなかった?」
「たまれちゃん、女子高生がちんちんとか言っちゃダメだよ」
宇宙人にまた注意された。最初に言ってきたの宇宙人からなのに。
「ちなみにねー、奥さんの連れ子」
あー、連れ子ねー。
宇宙人でも出来ることが将来出来なかったら、いよいよ私どうしたらいいんだろう。絶望的な気持ちで鉄板に生地を注ぎ込み、あれこれ考えながら千枚通しをくるくる回していると、鼻から頭のてっぺんまで沁み込むようなにおいで、頭がいっぱいになってくる。
「たまれちゃん、焦げてるから!」
「知ってるー」
黒焦げになった生地を鉄板から引っぺがして、そのまま宇宙人用エサ袋に放り込んだ。


(おわり。悩みは尽きない)


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短編書きました。ちょうど半分くらい書いたところで新型コロナウイルスに感染、発症してしまい、数日ほど熱と咳と喉の痛みにやられてたので、頭の中にあった構想がすっぱーんってどっか行っちゃって、まあでもこういう結果になるよねえってことで改善も進展もしない+宇宙人はそのまま残る、っていうエンディングになりました。
元々は宇宙に行くとか考えてた気がする。いやどうだっけー?
わっかんなーい。ほんと思い出せなーい!

でもって、前半後半で話の雰囲気が変わっちゃったりしたので、プロットちゃんと書いたほうがいいよねって改めて思いました! ふんがー!



追記!

私の盟友のめふちゃんがファンアートを描いてくれました! やったぁ!