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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第6話・少女と三日月と暁の星・前編~」

大陸5大都市のひとつ、自由都市ノルシュトロムは巨大な運河へと結ばれる水門そのものを都市中枢に置いていて、町そのものが巨大な貿易港となっている。しかし欲深い商人たちは海運だけでは物足りず、陸路での交易も充実させたいと考え、王都と商都を繋ぐ大規模な事業計画を打ち立てた。
それが大陸横断鉄道計画。
現在の進捗率は7割強、その圧倒的な開拓力は駅まで足を延ばして、汽車に乗って、実際に鋼鉄のレールの上を走っていれば、瞬く間に目にすることになるだろう。

町を出発して汽車で丸2日、そこが現段階の終着点。
王都に向かう商人たちは、ここから巨大な森を大きく迂回して、あちら側から延びた鉄道に乗ることになる。
そう、大陸横断鉄道のちょうど真ん中の地点には、工事を、いや開拓そのものを阻む巨大な森が佇んでいるのだ。

この森には強力な妨害者たちが住みついており、以前も騎士団から選りすぐりの強者を集めた討伐部隊が派遣されたが、結果は語るまでもない。それはそれは無残な負け方をしたそうだ。

つまり事実上、国を挙げての大規模な殲滅戦でも覚悟しなければ、大陸横断鉄道は完成しないこととなる。そして殲滅戦には攻める側にも大きなリスクが付き纏う。もしも森に火でも放ち、非戦闘員の子どもや老人の命を奪えば、彼らは文字通り最後の一人となるまで戦い続けるだろうし、当然の話で王都にまで攻め込んでくるだろう。


それがどうしたって話だよね。
平凡な市民であり、ただの狩狼官である私には関係ない話だ。
しかし私はどういうわけか鉄道に乗っているし、私の目の前では元騎士の青年がシートに腰掛けて、うつらうつらと頭を上下に揺らしている。

私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。失踪した母の持ち出した狩狼道具を探している。
彼の名前はレイル・ド・ロウン。26歳。元聖堂騎士団の序列4位で、色々あって現在は自警団員。

そして私たちの目的地こそが、工事を妨害する巨大な森、【タヌチャッチャの大森林】だ。



2日前の話だ。
いつものように契約先のアングルヘリング自警団事務所に立ち寄って、ちんけな語るほどでもない雑魚の稚魚同然の小悪党を捕まえた賞金の申請をしていたら、見覚えのあるような無いような、頭ひとつ以上は背の高い男が話しかけてきた。

「聞いたぜ、ウルフリード。機械式の狩狼道具を探してるんだって」
「そうだけど……誰だっけ?」
彼はこめかみと眉間を挟むように指を添えて、呆れたような目で私を見下ろしてきた。
「俺だよ、レイル・ド・ロウン。元聖堂騎士団の」

はて、そんな人いたっけ?

なんて思い出そうと頭を捻ったり、改めて自己紹介されたりしながら、ふたりで紅茶を飲んでいると、騎士団にいた頃に巨大な機械を操る男に惨敗した話を聞かせてくれた。
その機械は巨大な腕にも似た形をしていて、その先端からは太い鎖が長く伸びて、巨大な鉄球を繋いでいた。
実際に見たことはないけど、その機械のことは聞いた覚えがある。


【剛腕のダッデルドゥ】
かつて悪魔に憑りつかれた山賊の頭目が檻に入れられ、その自由を奪っていた足枷と鉄球。しかし山賊の男は一瞬の隙を突いて片足で立ち、鎖を掴んで鉄球を縦横無尽に振り回しながら看守たちを叩きのめしたが、処刑人と称された百数十年前のブランシェット家の当主に首を落とされた。
その血塗られた鉄球を改造した大型の狩狼道具。
破壊力はブランシェット家の抱える武器の中でも3本指に数えられる。


「ねえ、レイル。その機械の場所、教えてくれない?」
「勿論だ。というか、俺も一緒に行くよ。あんな物騒なところ、女の子独りで行かせるわけにはいかないからな」
レイルは見た目は好青年だが、中身もしっかりと見込みのある男のようで、騎士団時代に使っていた武器一式と鉄道代を抱えて、私を駅まで連れていった。

「おい、若いの。いざとなったらお前が盾になってでも、この子を無事に帰らせろよ」
そう横槍を入れたのはカール・エフライム・グレムナードという、目つきも人相も顔色も悪い中年男。
かつて狩狼官だった頃の母と組んでいて、今は何か思うところでもあるのか、たまに出くわしてはお節介を焼いてくれる。

「お前だけで帰ってきてみろ。手足を千切り取って、豚の餌にしてやる」
「やめろ、縁起でもない」
レイルはグレムナードの刺すような視線を手で遮り、私の手を引いてさっさと汽車に乗り込んだのだった。

……手を握っていいとは言ってないんだけど。


――――――


うつらうつらと頭を揺らしていると、汽車が停まり、振動で思わず転倒しそうになる。
でこぼこの荒野に無理矢理レールを敷いただけあって、乗り心地は快適とは程遠い。特に停車時の衝撃は劣悪だ。
私は咄嗟に前方に踏み出した右足を引っ込めながら立ち上がり、事故同然に腹部を強打されたレイルを見下ろしながら、頭上の網棚に置いて荷物に手を伸ばす。

「さて、着いたみたいだよ」
「……その前に言うことがあるんじゃないか」
「ごめんって」
悪気はないのだ、悪気は。
転ばないように足を踏み出したら、当たっても仕方ないとは思ったけど。

「で、ここがそのタヌチャッチャ地方?」
駅の外には奇妙な風景が広がっている。終着駅のすぐ近くには仮設の乗り換え所と、そこから蛇のように延びる歪曲した線路。
その線路は国境線のように左右の風景をまったく別の物にしている。片や石造りの舗装された道路が雑多にではあるが方々に拡がり、そこには宿があり、作業員たちの寮があり、彼らの腹や喉を満たす飯屋や酒場があり、時折『大陸横断鉄道は人類の未来』と書かれた看板が掲げられている。

しかしその一方、線路を挟んで反対側の地面は舗装されておらず、雑草は高く生い茂り、道らしきものの周りには、かつて使われたのだろうか、屋根や壁に穴の開いたバラックがぽつりぽつりと点在しているだけ。
その奥には巨大な樹木が無数に立ち並び、山のふもとまで一面が緑で埋め尽くされている。

ここタヌチャッチャ地方は元々タヌキの生息地で、人に化けて悪戯をする化けダヌキたちが暮していたが、今から300年ほど前、サキガケやマスラオと呼ばれる、東方から流れ着いた山賊たちに制圧された。
彼らは森を神聖な場所とする信仰を作り、独自の宗教と相容れぬ価値観を生み出した。
彼らは凶暴で野蛮で話も道理も通じない山賊だ。森に潜み、近くを通りがかる商人や旅人を襲って暮らしていた。
それだけでは飽き足らず、大陸横断鉄道計画に対して、断固として反対の立場を取り、血で血を洗うような抗争を繰り広げ、我々の発展を今もなお妨げ続けているのだ。

と、駅に置いてあるパンフレットでは説明されている。
こういうものは大概がどちらか一方の都合で書かれているので、鵜呑みにすることもないが、とにかく森の中には武装勢力がいて、そこには狩狼道具があることは間違いない。

「それで、そのサキガケっていうのは話は通じるの?」
「直に見ればわかるが、通じるとは思えないな。なんせ彼らは……」

言い淀んだレイルの真意はすぐに判明した。
望遠鏡を覗く私の視界に、ひらひらした装束をまとったウサギの耳のようなものを生やした女や、馬の頭をした男、他にもライオンの頭をした体躯のいい者や牛の頭から巨大な角を生やした巨体の男が、木の棒を握って訓練に励んでいる姿が映る。
森の中で暮らすサキガケたちはみんな、半分ないし一部分が獣の姿をしているのだ。

「ここで暮らそうかな」
素晴らしいモフモフ具合に、思わず変な願望が生まれてしまいそうになる。
しかし彼らは武力を以って戦う連中だ。友好的と言えない以上は油断できないが、あのモフモフは触らずにはいられない不思議な魅力がある。

望遠鏡を動かして別の場所を見てみると、そこにはタヌキの群れがいて、半分モフモフの連中に纏わりついたりして、それはそれは羨ましい光景を繰り広げている。

それにしてもタヌキが多い。そして半獣半人の者たちも中々に多い。
森の奥にどれだけの人数が控えているかわからないけど、騎士団が数十人派遣されたくらいでどうにかなるような人数ではないことは確かだし、事実として聖堂騎士団は大惨敗を喫している。
仮に狩狼道具を奪い取ろうと挑んでも、地の利も人数も圧倒的に彼らが上だ。

「以前来た時は問答無用で襲撃された。あの姿に惑わされるなよ、獣同様の凶暴さと強さだからな」
「まあ、話は通じなさそうだよね」
そもそも言葉が通じるのかも怪しいところだ。もしかしたら独自の言語を用いてるかもしれない、モフモフ語とかモケモケ語とか。
「語尾にモフって付けたら大丈夫かな? 狩狼道具を渡して欲しいモフー、みたいに」
「お前、なに言ってるんだ?」

なにって訊かれても、そんなもの私にもわからない。



椅子に腰かけても良策は浮かばない、という言葉があるが、どうやらそういうものらしい。
結局なんにも策が浮かばなかったので、私たちは森へと足を踏み入れる。勿論こちらから仕掛けるつもりはない、話し合いで渡してもらえるならそれに越したことはないし、断固として渡さないというのであれば諦めるまでだ。

そんなわけで、私たちは最大限に警戒しながらも、敵意はないといった雰囲気を醸し出す。
具体的には必要以上に笑顔になってみたり、植物学者とその助手の女学生を装ってみたり。

「ヘイヘイ、そこのおふたりサン! タヌチャッチャ樹海探索ツアーのお客さんカイ?」

やや片言な言葉遣いで声を掛けてきたのは、ひらひらした独自の民族衣装をまとった、頭からウサギのような耳が生えた女。
ところどころ間違いのある文字で『タヌチャッチャ樹海探索ツアー』と書かれた木製の看板を抱えている。
ウサギさんの名前はダットさん。もしかしたらダットサンさんかもしれない。本人が言うにはサキガケのひとり。

彼女たちは最初は大陸横断鉄道計画に反対して、武力を以って森を守り続けていたが、近年では工事作業員以外の住民たちや観光客も増えてきたので、ただ反対するよりも、森がどれだけ貴重で神聖な場所かを教えることに注力しているそうだ。
ただし突然やってきて、横柄な態度や乱暴な言動をする者は、以前の聖堂騎士団のように力で押し返す。そこは森の守り手として譲らない、ということらしい。

「じゃあ、理由もなく人間を襲ったりはしないってこと?」
「しないしない! 人間、私たちより弱い。弱いものをイジメるの、かっこ悪いよネ! かっこ悪いのはダサいデショ、ダサいのはダメだよネ」
それは確かにそうだ。世間にはみっともないことでも金になるなら、力を誇示できるなら、欲しいものが手に入るならよしとする輩が多いけど、私はそんな連中がはっきり言って嫌いだ。
そんなことで魂を汚す度に、なにか大事なものを失っていくんじゃないかとも考えてる。

「強いものに挑むのはオーケー! でも弱いものから奪うのはダメ! みっともないカラ! 食べ物を奪う、もっとダメ! 自分の飯は自分で作る、それがサキガケの掟!」
「そうだね、私もそういうのがいい」
「ああ、俺もそう思う」
ダットさんは賛同されて気を良くしたのか、私の肩に腕を回して、
「君タチ、見どころあるネ! 家に帰ってサキガケの素晴らしさを友達5人に教えるとイイヨ!」
ちょっと格好悪い、呪いの手紙的な宣伝を提案したりする。

「ヘイ、ここから先が樹海ネ! ここは元々湖だったけど、火山が噴火して溶岩がワァーって流れてきて、冷えて固まって地面になったんダヨ!」

くるりと回る彼女の腕の先に、苔生した湿度の高い地面と根を表面に浮かばせたような木が乱立して、独特な姿の森を形成している。
溶岩が冷えて固まった栄養素の土地では、木々は地面に生えた苔から水を吸い、倒れた年老いた木を糧にして新たな若い木を育み、命を循環させて森の形を保っている。
こんな繊細な弱い土地に鉄道なんて通すことは出来ない.

そう反対する彼女たちの言い分は、この樹海の景色を見ていると正しく聞こえてくる。
それはおそらく、私が大陸横断鉄道があっても無くてもどっちでもいいと思ってるからなんだろうけど。

「ねえ、ダットさん。この森にでっかい機械があるって聞いたことあるんだけど」
「オヤオヤー、いきなり呼び捨てなんて中々に親しみ甲斐がある子だネエ! でも全然オーケーだヨ、私、仲良くするの大好きダカラ!」
ダットサンさんだったみたい。いや、呼び方なんてこの際どっちでもいいんだけど。

「ハハーン、さては君タチ、ダッデルドゥを狙って若長に挑むつもりダネ! いいヨ、案内してあげるヨ! 弱いものが強いものに挑むのはオーケー! ダイジョーブ、骨は拾ってあげるカラ!」
ダットさんは地面を蹴ってピョンピョンとウサギのように跳ねる。

サキガケは力に美学を持っているだけあって、戦いを見るのも好きなようだ。
これは好都合かもしれない。2対片っ端からだとお話にもならないけど、1対1で戦えるなら私にも勝ち目があるかもしれない。少なくとも2人でサキガケ全部を相手にするよりは遥かに勝率が高まる。
それに余計な策略を用いなくてもよさそうなのが、わかりやすくていい。

もちろん相手が策を用いる可能性も、また捨てきれないわけだけど。


鉄道に乗っている間にレイルが教えてくれた。
ダッデルドゥを操っていたのは、鋭く長く円を描くように伸びた2本の角を生やした、ヤギのような瞳と顔をした若いサキガケだった。前回は不意を突かれて惨敗してしまったが、互いに武器を振るって打ち合ってみた感触から察するに、決して太刀打ち出来ないような怪物ではない。
体格や体重がひと回り上の打撃屋、そう認識しておけば十分対応できる。

そして雪辱を晴らすのは自分だ、と。


「というわけで、こっちが若長のツキノワだヨ! めちゃくちゃ強いけど、強いものに挑むその意気やヨシ!」

意気込んで拳と手の平を打ちつけるレイルと私を待ち構えていたのは、ヤギではなく熊の頭をした、想像よりも遥かに巨大な体躯をした怪物だった。その手には巨大な金棒と片刃の曲刀がそれぞれ握られ、逞しい筋肉で覆われた体は黒鉄のような色、その胸板には三日月のような大きな傷跡が刻まれている。
どう贔屓目に見ても、片手で振り回されてしまいそうな体格差だ。
気合いを入れていたレイルも、大人と子どものような絶望的な体格差と、その巨体から溢れる威圧感に呑まれている。

「なんか思ってたのと違うのが出てきたんだが……」
私に聞くな。私だってヤギ男が出てくるとばっかり思ってたんだから。

「で、どっちが戦う? もちろんヤローの方だよネ! それとも、もしかしてオジョーサン?」
私が戦うわけないだろう、まだ本物の熊のほうが勝ち目がある。いや、熊相手でも欠片もないんだけど。

「某はどちらでも構わんが、こんな小さい人間と闘うのは正直少し、いや、かなり気が引ける」
動物の表情はいまいち読めないけれど、ツキノワはおそらく少し困った顔をして、私を遥か頭上から見下ろしている。
身長150センチ強の私と比べたら、倍とまではいかなくても、それに等しい程の体格差だ。

いや、そういうことではない。
ダッデルドゥを操っていたのはヤギ男ではなかったのか。それともヤギ男はツキノワから借りていただけで、本来の所有者は目の前の巨大熊男なのか。それとも所有権が移っているのか。

「なあ、ここにヤギみたいな男がいるはずだ。俺はそいつに雪辱を晴らしに来た」
「そのヤギ男がでっかい機械を持ってるはずなの。その機械はもしかしたら、私の母が持ち出したものかもしれない」

ツキノワは、膝に手を置いて上半身を地面と平行に倒して、私の顔を真正面からじっと凝視した。
「言われてみれば、どことなく似ているな。なるほど、君は彼女の娘なのか。なんていったっけ、えーと、ブ、ブ?」
「若長、ブランケットだヨ!」
「そう、それだ。ブランケットさん」
惜しい。たまに間違えられるけど、ブランケットではない。ブランシェットだ。

「ブランシェットじゃない?」
「そう、それだ。名前はなんて言ったかな、フルブレードじゃなくて……」
その間違え方は未体験だけど、フルブレードではなく、ウルフリードだ。並べてみると似てるけど。

「ウルフリード・ブランシェット。我が家は当主が代々同じ名前を継承していくから、私も母も同じ名前。私は13代目、母は12代目のウルフリード。今はノルシュトロムで暮らしてて、母が実家から持ち出した道具を探してる」
私はそういえば自己紹介をしてなかったなと思って、多少の詳細を付け加えた。
「俺はレイル・ド・ロウン。同じくノルシュトロムで暮らしている、職業は自警団員だ」
さらっと騎士団にいたことは隠した。正解だ、敵だと思われたら一気に危険度が爆上がりしてしまう。

ツキノワは、そうか、と呟いて、右手の指先を上下させて私たちを文字通り手招きして、相応に広くて天井の高い屋敷に案内した。どうやら彼の暮らす家のようで、中には彼以外にも馬頭の細長い男や牛頭の大男、犬のような長い顔の女、数えて10人ほどの半人半獣のサキガケが湯を湧かしたり、掃除をしたり、台所で食事を作ったりしている。

私たちは草を織り込んだ見覚えのない床の上に腰かけて、丸い足の低いテーブルの上に出された、小麦を挽いて粉にして練り上げた『うどん』という汁物に手を合わせる。

「いただきます」
「うむ。いただきますは我らの故郷も君らも同じなのだな」
この食事前に感謝を述べる習慣がいつどこで始まったのかは知らないけれど、共通しているのは正直助かる。作法として失礼があったら機嫌を損ねかねないからだ。
戦争の原因は、おおよそ食事と土地と人種の違いだという。テーブルマナー、おろそかにするなかれだ。

うどんを器用に啜りながら、ツキノワは語ってくれた。
かつて10年ほど前に母がタヌチャッチャ大森林を訪れて、しばらく滞在していき、そのお礼にとダッデルドゥを残していった。あの機械は確かに強力だが、ああいったものを使うと、自分たちの本来の生き方から遠ざかってしまう。
だから機械を物置に隠したのだが、ヤギ顔の男が勝手に持ち出してしまい、騎士団相手に振り回し、数日前に長の座を賭けて挑んできた。

そして――

「仕方がないから叩き壊してしまったのだ」

屋敷の中庭には、見るも無残に叩き潰された機械の残骸と、そこから繋がる鎖と鉄球が転がっている。
それはもう見事な壊れっぷりで、よくこんな壊し方をしてくれたものだと感心してしまう。
それはそうとしてだ。

「まさか、うどんはお詫びのつもりだと?」

ツキノワがふいっと目を逸らす。
どうやら壊したことに対して、罪悪感のようなものを感じているらしい。
その感情は生き物としては正しく、そして私の前では致命点にも成り得る小さな傷だ。

「酷い……お母さんの形見かもしれないのに……」

私はぽろぽろと大粒の涙を流し、両手で顔を覆う。
もちろん嘘泣きだ。悲しみなんて欠片も感じてないし、壊れたら壊れたで仕方ないと思ってる。これといった愛着もない。
しかし相手の罪悪感を突くのは、力で劣る者の立派な戦い方だ。魂がひとつ汚れてしまった気はするけど。

「ちくしょう、酷いよなあ。いいんだぜ、今日は好きなだけ泣いても。おい、お前ら! こんなかわいそうな女が泣いてるのに、うどんで済ませようってのか? ああ!?」
天然なのか案外策士なのか、レイルが両腕で私を抱き寄せて、ツキノワたちに怒声を浴びせて啖呵を切る。
いいぞ、その調子だ。勝手に触ってもいいとは言ってないし、抱きしめていいわけがないけど。

「だが、壊れたものは仕方がねえ! ダッデルドゥは俺たちが持って帰って修理する! それで手を打とうじゃねえか!」
よし、完璧だ。こいつ、ちょっとした詐欺師になれるのではなかろうか。
それとも警察隊や騎士団にいた頃の、悪党たちと渡り合ってきた経験が、こういう下衆な搦手を培わせたのか。

「いや、駄目に決まってるだろう。そもそもそれは某が頂いたものだ。娘御とはいえ、そう易々と渡すわけにはいかん」

あれ? やっぱり駄目?



今回の回収物
なし


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第6話です。
このシリーズを書くにあたって、構図はいわゆる次々と武器が現れては回収していくバトルアクションものだけど、単純に殴って勝利して回収しての繰り返しにはするまい(なぜなら面白くないから)と決めていたので、あの手この手を使ってシリアスな戦いは避けています。

というわけで、ゴリゴリにバトルな種族が出てきたのに一滴も血が流れないまま次回に続きます。

第7話、まだ1行も書いてないけど、なるはやで仕上げますです!