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鬼が笑う

かつてこの国には鬼と呼ばれる大悪たちが存在した。
しかし時代の流れと共に、鬼はかつての地方豪族や傑物を指す言葉から、人の道に外れた外道を指す者へと変わり、現代においてはヤクザ者や反社会的勢力などを指す言葉となってしまった。
では、本来の意味での鬼たちはどうなっているかというと……


こうなっていた。
こう、と一言で表現されてもわかりづらいのは否めない。
であるならば少し詳しく語ろうじゃないか。


えーと、どこから語ろうか。
そうだな、まずは俺自身の最初の話からしよう。
俺はかつて酒呑童子と恐れられた大鬼だった。だったというのは、今が令和という時代で、もうとっくに鬼や魑魅魍魎が跋扈していた平安の時代ではなくなっているということ。
源頼光という酒に毒を仕込むような卑怯者のどぐされに騙されて、なにがどうなってるのかこの時代に生まれ変わったということ。
それも鬼の妖力をほとんど失って、しかも女の体になってしまったということ。
ここまではまだいい、若干腑に落ちないところはあるが全然いい。許す許す、誰を許せって話なのかわからないが許してやる。俺も鬼だが話がわからない奴じゃない。全然許せる。

許せないのは、よりにもよって俺の首を斬り落とした源頼光が、どういうわけかうちのすぐ近所の家のガキに生まれ変わって、俺の幼馴染なんてやってやがることだ。

「絶対許せねえ、ぶっころしてやる!」
「いやいや幼馴染なんだし仲良くしようよ、あかりちゃん。もうそういう、斬った張ったの時代じゃないでしょ」
「うるせえ、転生したくらいで恨みつらみが消えると思うなよ!」
てな具合で命を狙い続けて20年以上、この俺、酒呑童子こと大江朱里おおよそ30歳ほぼ無職は、何度となく野郎の命を狙って、家から出る瞬間に上からボーリング球を落したり、授業中に背後から角材でぶん殴ったり、帰り道で金属バットをフルスイングしたり、バイクで正面から撥ね飛ばしてみたり、盗んだダンプカーをぶつけてみたものの、俺と違って英傑としての霊力が残っているのか、全然ちっともさっぱり死んでくれる気配がない。
ちなみに前世の記憶もしっかり残してやがるから余計に腹が立つ。腹が立つから余計に殺意増し増しになる。
結果、俺は何度となく鑑別所、少年院、刑務所にぶち込まれる人生を送る羽目になり、山盛りの前科と八岐大蛇の刺青を背負って、そこそこ長い刑期を終えて寒風吹きすさぶ年の瀬に出てきたわけなのだ。

以上、説明終わり! 俺は親でも先生でも政治家でもねえ、あとは無理矢理にでも理解しろ!


・ ・ ・ ・ ・ ・


「というわけで、1億年ぶりに娑婆の空気を吸ってるわけなんだが」
「いや、前世で死んでからも、まだ1000年ちょっとしか経ってねえっす。今はまだ令和5年っす」
「それくらい長く感じたってことだ!」

かつては数多くの鬼どもを従えた俺だが、少なくとも俺が知る限り、あの頃にいた鬼で生まれ変われたのはたったのふたり。ひとりはこの酒呑童子であることは言うまでもないが、もうひとりは前世の俺の恋人であり最大の腹心でもある茨木童子だ。
彼女は俺と同様に妖力のほとんどを失い、同様にちょっと元気で頑丈くらいしか取り柄がないが、俺への忠誠心は依然変わらず、今日もこうして俺の出所祝いをしてくれている。
「とりあえず酒呑様、まずその真っ赤な髪を黒く染めたらいいと思うっす」
「地毛だが?」
「なに中学生みたいなこと言ってんすか。地毛でもなんでも、まずは社会に馴染むことが大事っすよ。いつまでも事件起こして捕まって臭い飯食ってたんじゃ、ご両親が泣くっすよ」
そう言われたらぐうの音も出ない。居心地の悪さに赤茶色の伸ばしっぱなしの髪の、傷んだ毛先の尖端を指で摘まむ。強そうない色じゃねえか、しかも天然ものだぞ、なにが悪いってんだ。
「あと鬼だからって鬼が刺繍してあるスカジャンも着るのやめた方がいいっす」
「なんでだよ、おしゃれじゃねえか?」
「単品で見たらおしゃれっすけど、着てる人のアイデンティティが鬼だって考えたらどうかと思うっすよ」
俺はいつも赤と黒の2色で、背中に大鬼の刺繍を施してあるスカジャンを着ている。理由はもちろん、俺が鬼からだ。こんな最高のスカジャン、鬼が着ないで誰が着るんだよ。

「あと話変わるんすけど、結婚しました。うちの店長のツナさんと」
「え? なんて? ツナサンド?」
いや、ちゃんと聞こえてはいる。ただ意味がちょっとわからねえ。血痕? 誰がぶん殴ってきたのか?
「ツナサンドじゃなくてツナさん。結婚っすよ、結婚。ほれ、この通り」
そう言って左手の薬指に嵌められた、特にパンチ力の増すわけでもなさそうな平べったくて弱そうな銀の指輪を見せつけてくる。
「なんでだよ、おめーは俺の恋人だっただろうが?」
「前世はそうっすけど、現世ではそうじゃないじゃないっすか。だいたい酒呑様、女じゃないっすか」
おいおい、こいつは何を言ってるんだ? ちょっと俺が塀の中に入ってる間に馬鹿になったのか? 妖力だけじゃなく知力まで失っちまったのか?
「いや、女同士は結婚できるだろ。この前一挙見したガンダムで女同士結婚してたぞ、地球では全然アリだって言ってたぞ」
「いや、それガンダムの話じゃないっすか。ていうか、出てきて早々にガンダム見てんじゃねえっすよ、仕事探ししろって怒られるっすよ」
ガンダムは見るに決まってんだろ。こっちはほとんど娯楽のない世界から出てきたんだぞ、唐揚げ弁当食いながらガンダム見るに決まってんだろが。

しかしこいつも結婚しちまったのか。それも俺以外の男と、いや、俺も男じゃねえんだけども。
「苗字も渡辺になったっす」
「ちょっと待て、名前がツナで苗字が渡辺……もしかして」
もしかして渡辺綱なのか? 頼光四天王の筆頭で、前世で茨木童子と一条戻り橋の血統を繰り広げたあの、俺の女の右腕を斬り落としやがったあの、あの渡辺綱だと……?
「NTR、なんというネトラレ感……!」
「ちなみに子どももいるっすよ」
やめろ、俺の脳を壊すつもりか! これ以上、残酷な現実を突きつけるんじゃない!
「って子どもだと? 生まれちまったもんはしょうがない、癪だが結婚式と併せてお祝いしないといけねえな。妖力を失ったとはいえ、お前は大鬼、茨木童子に違いない。お前レベルだと生首が30はいるな。よし、ちょっと待ってろ、生首持ってきてやるから」
昔はよく貴族の生首を並べて、髑髏を杯にして酒を飲んだりしたものだ。俺レベルの鬼ならば髑髏も1000や2000では利かないが、30ぽっちとはいえ中々に立派な数だ。
なあに、首の落とし方なら十分に心得てる、なんせ前世で殺しに殺しまくったからな。まさに昔取った杵柄ってやつだ。
「いや、やめて。もうマジそういう時代じゃないんすよ」
そう言って俺の腕を掴んで、首を壊れた扇風機くらい左右に振り回しながら止めてくる。一瞬照れとか奥ゆかしさかと思ったが、どうもそういう様子ではない。はっきりと全力での拒否の姿勢だ。
「なんでだよ、鬼のお祝いは生首と酒って相場が……まあいい、だったら立派な鬼に育つように、そのガキには俺の血を混ぜた酒でも飲ませてやろう。立派な鬼になるぞ、なんせ俺には八岐大蛇の血が流れてるからな」
「体に蛇の血が流れてるとか言わない方がいいっすよ、某格闘家みたいに馬鹿にされるっすよ」
流れてるんだから仕方ないだろうが。死後に伊吹大明神となった八岐大蛇の申し子、伊吹弥三郎から伊吹童子、ちなみにそれは俺の幼名だったりもするが、とにかく俺へと脈々と受け継がれた八岐大蛇の血は、確実に今も俺の中で脈打っているのだ。揃いも揃って酒で駄目になってるのも、八岐大蛇の血のせいのような気もしないでもないが。

「こんばんはー、あかりちゃん来てる?」
「あ、ゲンさん。来てるっすよ、ほら、そこに」
滅多に客の出入りのないはずの店の扉が開き、振り向いた俺の視界に入ったのは、1000年やそこら塀の中に入ったところで忘れるはずのない、憎たらしくも腹立たしい脳裏にこびりついた人相。前世で汚い罠に嵌めて、寄って集って俺の首を斬り落とした糞野郎の面そっくりの、生まれ変わった糞野郎そのもの。
ゲンさんなんて呼ばれているが、こいつの中身は源頼光、ここで会ったが100年目、別に家に帰れば同じ町内なのでいつでも会えるが、それはさておき100年目。強い恨みを抱いている鬼と糞野郎、出会ったからにはぶちころすしか道はないのだ。
「頼光、てめえ! 今日こそ頭かち割ってやる!」
俺はもしかしたらそういうこともあるかもしれない、と思ってこっそりと持ち込んでいた鶴嘴を振りかぶって、その文字通り蔓の嘴のような先端を頭蓋目掛けて思い切り振り下ろす。
しかし英傑の持つ霊力の強さか、こいつが化け物じみて頑丈なのか、鶴嘴は頭の皮1枚を軽く掠めただけで床へと滑り落ち、そのまま深々と突き刺さって、虚しく割れ目に引っ掛かてしまう。

「相変わらず頑丈な野郎だな、てめえは」
「あかりちゃんこそ相変わらず容赦がないねー、もうやめようよ、こういうの」
ゲンこと頼光は涼しい顔をして頭から流れる血をハンカチで拭き、このハンカチで拭くってところが妙な気取りを感じてまた腹立たしいわけだが、平安貴族様もびっくりな涼しい眼を向けてきやがる。
こいつは前世で積みに積みまくった栄光を現世に持ってきて、圧倒的なカリスマ性と強運と運命力で小中高と成績優秀スポーツ万能コミュ力無敵で、そのまま超絶優等生として日本最高学府に進学、そのまま誰もが知る超有名企業に勤め、30歳という若さにして役職まで手にしている。
随分と素敵な人生だなあ、こちとらコンビニ弁当より刑務所飯の方が食べた数多いってのに。
「いつまでも平安時代のことなんか引きずってないで、仲良くしようよ。ねっ?」
「ねっ、じゃねえよ! 俺は鬼だぞ、人間風情にぶっころされて、それを無かったことになんて出来ねえだろうが!」
「でもさあ、鬼の力なんてもう無いでしょ? 君はもうただの、ちょっと元気で頑丈なだけが取り柄の普通の人間」

ぐぬぬぬぬぬ。

「馬鹿野郎、てめえ、鬼の妖力をもって生まれ変わってきた奴もいるかもしれねえだろうが! 余裕ぶっこいてたら寝首かかれるぞ、バーカ!」
「酒呑様、台詞が完全に三下の雑魚のそれっすよ」
誰が三下の雑魚だ、俺は腐っても鬼の首魁だぞ。
「ちなみにあかりちゃん、鬼にはもうかつての妖力は無いんだよ。それが証拠に、ほら」
「あぁん?」
ゲンこと頼光の手の動きを追うように、店内の奥の暗がりに目線を向けると、なんだか見覚えというか気覚えというか心当たりというか、とにかくなんか知った感覚の湧いてくる連中が、雁首並べて鬼ころしとか飲んでいやがる。
「よう、酒呑童子。俺だよ、俺、大嶽丸だよ」
大嶽丸だと? なかなか有名な神通力のある鬼で、俺と肩を並べるなんて噂された奴がそんな名前だったが、目の前にいるザ・平和な雑務工って風貌の男とは似ても似つかぬ悪漢だったはず。
「おやびん。お久しぶりっす。熊、虎熊、星熊、金熊の四天王っす」
「っす」
「っす」
「っす」
部下共だ。全員コンビニバイトの大学生みたいな見た目になってやがる。
「香川県高松市女木島から来ました、温羅です」
なんか聞いたことがあるような、ないような。
「岡山から来ました、阿久良王です」
知らねえ。
「和歌山の海の方から来ました、多娥丸です」
「島根から来た目一鬼です」
「岩手から来た悪路王です」
「藤原千方の四鬼です」
うるせえ、急にいっぱい出てくるな!

「酒呑様、全員この時代に生まれ変わってきた鬼の皆さんっす」
「みんな鬼の妖力は失っているよ、あかりちゃんと同様にね」
てことは、ここにいる鬼、全員雑魚の群れってことなのか?
なんてこった、世の中いったいどうなってやがるんだ!
「鬼はね、かつて僕や四天王や坂上田村麻呂といった英傑たちに徹底的に打ち負かされて、人々から恐ろしいものではあるけれど結局最後は負ける役と認識されるようになった。そして大衆文化レベルにまで人々に受け入れられて、かつての世を乱し都を震わせたような妖力を失ってしまった。いやー、頑張った甲斐があったね」
などといって頼光はワイングラスを揺らしながら、にやりと笑みを浮かべた。よし、こいつはここで頭をかち割ってやろう。今日という今日は許すわけにはいかない、これは俺だけの問題じゃない、鬼という種族全体の面子の問題だ。
「そこでね、あかりちゃん。僕は君たち鬼と上手くやっていきたいんだよ。君たちは妖力を失ったとはいえ、並の人間よりはずっと頑丈だし力も体力もある。僕が来年から立ち上げる民間警備会社で働いてくれないかな、君たち全員」

「はぁ? なに言ってんだ、てめえ?」


この世には受けてはいけない話がある。例えばそれは、かつて自身の命を奪った仇からの誘い話だったり、誇りと尊厳を豚の餌にするようなふざけた話だったり、受けたが最後これまで築いてきたものを全て崩すような舐め腐った話だったりするが、今まさに聞かされているのは、それを全部ひっくるめた犬も食わない与太話。
決して受けてはいけない誘いなのだ。
生きることは大変だ、うまくいかないことばっかりだし、落とし穴なんて道端に捨てられたシケモクよりもたくさんだ。そんな人生歩んでいたら、頭がおかしくなっても情けない姿を晒しても、土下座したって俺はそれを悪いとは言わねえ。
だけど、いくら人生が辛くても苦しくても、うんこを食べてはならないのだ。
その点、目の前のこいつは俺からすれば完璧にうんこ人間なので、紙に包んで捨てるか溝に蹴落とすかする以外に道はないのだ。


よって答えはこれだ。
椅子で思い切りぶん殴る、だ。


~ ~ ~ ~ ~ ~


「つーわけで、短い娑婆の時間だったわけよ」
「出所後、3日で戻ってくる馬鹿がいるとは思わなかったけど、あんた本物の馬鹿だなー」
「いや、むしろ鬼だろ、鬼。鬼やべえ」

俺こと酒呑童子は刑務所に戻ってきた。罪状は傷害罪、暴行罪、まあその辺りだ。
要するに殺人罪でも重過失致死傷罪でもない、つまりあの野郎は全然余裕でしっかり元気に生きてやがるわけだ。来年こそは完膚なきまでにとどめ刺して、野郎を地獄に送らなきゃならないのは変わりない。
悔しいがなるべく行儀よく刑期を終えるためには、人間共から揶揄われても笑顔で過ごさなきゃならないって話だ。

「そうだ、今年のおせちも楽しみだねー」
「もうすぐ正月だもんなー」
「トンカツ、チキンソテー、グラタン、海老の塩焼き、さわらの西京焼き、鯛練り、紅白なます、黒豆、栗きんとん、年越しそば」
「白米、雑煮、海苔餅、ぜんざい、去年はきなこチョコレートも出たっけなあ」

やめろやめろ、来年の話なんてしてんじゃねえ。鬼が笑うだろうが。


(終わり)


散歩中にふと思いついたので小説書きました。
散歩中に思いついただけあってザ・勢いって感じですね。いいんです、ザ・勢い。この世で最も大事なのは勢いなので。

嘘です、緻密さです。
緻密に考えて練ってしっかり推敲したものが一番面白いです。