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「彼女は狼の腹を撫でる~第4話・少女と夜道とガールズトーク~」

「ノルシュトロム広報車からのおしらせです! 通り魔事件が多発しております、夜間の不要な外出は控えましょう! やむを得ず出歩く際は人気のない路地は避けて、明るい大通りを歩きましょう!」

近頃、町の治安があまりよくないらしい。
数日前から頻繁に広報車が走り回り、警察隊の見回りの頻度も明らかに増えている。これもすべて、とは言えないが、かなりの割合が『ナイトクローリー』と呼ばれる巷を騒がせている怪人の影響だ。

ナイトクローリー。
路地裏の怪人。夜道を這う者と名付けられた謎の怪人で、その異名の通り、夜中に薄暗い路地をひとりで歩いている女性を狙う、カス・オブ・ザ・クソみたいな変質者で、れっきとした犯罪者だ。
被害者は今年だけでも5名。全員が全員、頭から穴に落ちたかのように地面に突き刺さり、身に着けている衣服は全て剥ぎ取られた無残な姿で発見されている。
神出鬼没で大胆不敵、活動範囲はノルシュトロム全域に及び、足取りは一切掴めない。
日が長くなり、夜でも蒸し暑く、ついつい気持ちも開放的になる今の季節は、特に危険だといわれている。

反対に昼日中で活動した例はなく、夜道さえ避けてしまえば遭遇することもない変態に過ぎないけれど、人間が夜間にも利便性と満足を求める今のご時勢、日が高い内に出勤・労働・退勤・買い物を済ませられる者が、果たしてどれ程いるだろうか。
便利過ぎるのも困りものだ。

まあ、無職同然の私にはあまり関係のない話なんだけど。


私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳。狩狼官として自警団事務所に登録しているけれど、今のところ大した実績もない、いわゆる貧乏暇だらけな身だ。
かつて近隣の村々を襲った狼が絶滅寸前まで減った昨今、狩狼官は狼の代わりに悪党や犯罪者を捕らえて報酬を得るのだけど、そう頻繁に悪党に出くわすほど治安が悪いわけでもないし、警察隊が揃いも揃って居眠りしているわけでもない。

かといって、母が持ち出したブランシェット家の狩狼道具を回収するという目的もあるので、そう易々と転職することも許されない。


今日も今日とて、町をプラプラしながら悪党でも探すか、と下宿の階段を下りていると、1階の食堂では同じ屋根の下で暮らす女学生たちが楽しそうにおしゃべりしながら、遅めの朝食を食べていた。
そうだった。彼女たちは創立記念日かなにかで休みだった。

私は本能的に足を逆再生した映像のように後ろへ後ろへと持ち上げながら、階段を後ろ向きに上り、ゆっくりと自室のドアを後ろ手に開けて、そのまま部屋へと避難する。
ドアを閉めて、眠くもないのにベッドの上に転がり、しばらく部屋から出ないと決意を固める。

私は彼女たちが苦手だ。
特に悪い人たちではない。年齢も遠くなく、みんなごくごく普通の悪意なく育った学生たちだ。むしろ性質は、私なんかよりもずっと善に近いと思う。
関わって困るような問題も、そうそう起きないだろう。
けれど私は、物心ついた頃から訓練漬けの日々で、まともに学生生活というものを送ったことがないので、どうにも気後れしてしまう。

例えば恋の話とか、そうでもなくても趣味の話とか、小さい頃の思い出話とか、学生特有の勉強の悩みだとか、なにひとつとして対応できる気がしない。
体術と武器術と機械整理だったら、私もちょっとは話が出来るけど、それは10代のガールズトークの内容ではなく、多分工場勤務して30年・趣味は格闘技のおじさんトークなのだ、おそらくきっと高確率で。

そんなわけで、申し訳ないけど彼女たちが苦手だ。
ひとり暮らしするには女性ばかりの物件が安全だろうとの判断は、今でも間違いだったように思う。

かといって私以外、全員不法滞在の違法労働者、なんて最安値なアパートも大間違いだけど。


・・・・・・


「ウルちゃん、起きてる?」

真っ暗な、じめっと重たい暗闇の中から、呼びかける声がする。
ついうっかり寝てたようで、窓の外は群青色に染まりつつある。体は汗でじとじとに濡れているし、頭の後ろの髪をかき上げると、溜まった汗が飛沫のように霧散する。

「ウルちゃん、まだ寝てる?」
部屋のドアがノックされる。
声からして女学生のひとりだ。繰り返すが彼女たちは悪い人たちではない。どちらかというと親切だし、時々お菓子もくれるし、人によっては五つも六つも年下の私を妹のように扱う。
要するに、相応にかわいがられているわけだ。

ただ、私がちょっと苦手なだけで。

「起きてるよ」
ドアを少しだけ開いて顔を覗かせると、階がすぐ上の女学生――申し訳ないけど名前を覚えるのが苦手なので覚えてない――特徴としては明るい長い髪で笑顔の似合う美人の部類に入る女学生が、不安そうな瞳でドアの隙間越しに私を凝視している。

いつもの親切やお裾分けの類ではないようで、私は慌ててシャツだけ着替えてドアを開けて、怯えるような瞳に問いかけた。


彼女、セシリア・オルコットが言うには、同室の少女、クロエ・オルティスが帰ってきていない。
クロエはどちらかというと優等生で、いつもだったら日が暮れる前には帰ってくるような、公の指示には疑いもせずに従うようなタイプで、無断外泊をするとは考えられない。
不安になって探しに行きたいけれど、もうすでに日の暮れた時間。普段だったらみんなで探しに行くところだが、近頃のナイトクローリーの事件のせいで、外に出るには不安が残る。
そこで一応は狩狼官の肩書を持ち、少なくとも武術の心得がない学生よりは腕が立つ私に、見回りを手伝ってほしいというのだ。

つまり護衛として同行してほしい、ということだ。


「いいよ。入れ違いになるといけないから、あなたはここで待ってて」

ナイトクローリーに出くわしたくはないし、比較的治安の良い、警察隊の見回りルートも含まれる住宅街街で遭遇する可能性は低いと思うけど、万が一のこともある。誰かを守りながら戦うよりは、ひとりで行動したほうが戦いやすいし、場合によっては逃げやすい。

右手首と腰に狩狼道具を提げて、念のためにポケットにアンプルを忍ばせる。
マスティフA型、右腕を覆う犬に似た形状の装甲。軽量の盾にも噛みつく牙にもなり、私の手に一番馴染んだ武器。
ブラッドハウンドS型、こんな不安な夜には持ってこいの照明弾。
ゾアントロピー、一時的に身体能力を強化する合成薬のアンプル。

「じゃあ、行ってくるね」

私は頭を寝起きから戦闘モードへと切り換える。玄関を出た瞬間、路地に出て街灯の光の切れ目に入った瞬間、角を曲がる瞬間、ドアや窓の前を通り過ぎる瞬間、いつどこで襲われても対応できるように、感覚を360度全方向に張り巡らせる。

そして玄関を開けた次の瞬間――

「ナスオジョアウナブノーク!」

まったく意味のわからない言語を放ちながら、真っ黒い影のような直立不動の姿勢をした棒状の物体が、下宿の前の路地を高速で通り過ぎていった。
いったい何なのか、人間なのかどうかもわからないけれど、あんなものが路地を高速で移動していたら単純に危ないな、とは思う。
あと、あれがナイトクローリーだと、ものすごく手強いというか厄介だなとか。

黒い物体はあちこちの路地を突き進んでいるらしく、あちこちから悲鳴が聞こえ、時折バケツがひっくり返ったような音が轟く。棒状の物体は再び、私の目の前の路地を高速で飛び跳ねながら通り過ぎる。
一瞬しか見えなかったけど、その腕には髪の長い人間が抱えられていた。

そして再び、あちこちの路地から悲鳴や物音が飛ばされてくる。
先程までと同じ方向、黒い物体が通り過ぎてから同じくらいの間隔で。

「3、2、1」
私は小さく声に出してタイミングを計って、黒い物体が走ってくる方向に向けて照明弾を放つ。

高速で角を曲がってきた物体は、突然の発光に驚き、光の中で動きを止めて、その姿をあらわにする。
まるで子どものラクガキのような、非常口やトイレにあるマークのような、真っ直ぐな棒と丸だけで構成された、人間を限りなく簡略化したような姿は、言葉にするならば棒人間だ。

光に照らされた棒人間は、混乱しているのか左右に抱えていた中年の男とまだ年若い女を地面に落とし、ひとしきり周囲を見回して、やがて霧のように霧散した。

「くそっ、せっかく今度こそ成功したと思ったのに!」

地面に落ちた中年男は、巨体といえる体格には不釣り合いな礼服のような仕立ての布をはたきながら立ち上がり、ハンドルの付いた筒状のものを抱えて、シャコシャコと音を立てながらハンドルを上下に動かす。
その動きが、なんとなく生理的に気持ち悪かったので、私は生身の中年男めがけて照明弾を撃ち込む。
もちろん生身の人間相手に撃っていいようなものではないけど、気持ち悪いものはしょうがない。私だってひとりの年頃の乙女なのだ。

「ぬぐぁぁっ、眩しい! 熱い! 待て! 話を聞いてくれ!」
「なに? 命乞い?」
「リアルに命乞いっていう女子、初めて出会ったけど、とにかく話を聞いてほしい! いいかい? これはね、いわゆる婚活の一種なんだよ」

なにを言ってるんだ、この男は?

「君も聞いたことがあると思うけど、メラビアンの法則とザイオンス効果と吊り橋効果は知ってるだろう?」
「いや、聞いたことないし、そろそろ命乞いの時間は終わりでいい?」
男は慌てながら両手をバタバタと宙を泳がせて、殴りかかろうとする私の動きを視覚的な気持ち悪さで抑えようとする。
「早いよ! ぼったくり店のお会計でも、もうちょっと待ってくれるよ!」
そうなんだ。ぼったくり店とか行ったことないから、いまいちわからないけど。

私は右腕のマスティフA型を展開して、先端の装甲部分で思い切り顔面を撃ち抜く。
しかし男は思いのほか頑丈なようで、前歯が1本だけ欠けた状態で、更に話を続けてくる。

「メラビアンの法則は第一印象は数秒で決まるってことね。視覚情報が一番大きくて、聴覚情報がその次、言語はたったの数パーセント。つまり見た目と声が重要なわけ」
今のところ男から得られる印象は、気持ち悪い動きをしながら泥濘したような声で喋る二足歩行の肉ダルマ、というもので、少なくとも好印象とは対極にある。
私は大きく跳躍して前蹴りを放ち、男のみぞおちに爪先を突き立てたが、これも効いているんだか効いていないんだか。

「それからザイオンス効果だけど、これは単純接触効果といって、同じ人に会う回数が増えるほど好印象を持つ、っていうやつね。聞いたことあるでしょ? ない? 待って、蹴るのはやめて!」
私は再び跳び上がりながら足を振り回し、爪先を眉間に打ち込む。
が、やはりすぐに立ち上がって、蹴られた場所を押さえながらも喋り続けている。

「そして吊り橋効果。これは不安や恐怖を感じる場所で出会った人に対して恋愛感情を抱く、という有名な心理効果。つまり見た目に好感の持てる清潔感のある格好をして、何度も意中の相手に接触して、時には驚くような種類のデートを重ねれば必ず恋に落ちる、そういうわけなのだ!」
「そんなわけないのだ……」
私はマスティフA型の装甲を1枚の板のようにがっちりと固定して、腕を振り回して硬さに遠心力を上乗せして、男の顔面に叩きつける。
効果は言うまでもない、よくわからないだ。

「そこで俺は思いついた! このリサイクルショップの店長から売りつけられた、よくわからない棒人間を作り出す機械! これで棒人間に通りすがりの女の子とペアで抱えてもらい、大陸横断鉄道並みの速さで走ってもらえば、まるで遊園地の絶叫アトラクションにも似た感じになって、相手も一瞬で恋に落ちるんじゃないかと!」
男は前歯が5本ほどない状態でも、特に問題なく喋っている。
いわゆるマゾヒスト、被虐性欲者なのかもしれない。なるほど、気持ち悪さは倍増だ。

「これまでは棒人間への命令が稚拙で、曲がり角や坂道で地面に突き刺さってしまう事故を起こしたが、度重なる調整の結果、ようやく完璧な命令にまで辿り着いたんだ!」

地面に突き刺さる事故、やはりこの男がナイトクローリーで間違いないようだ。確か被害者は地面に突き刺さり、衣服をすべて剥ぎ取られていた。

「ん? 地面にぶつかっても服は脱げないよね?」

男は照れくさそうにはにかみながら、
「そこはほら、物のついでというか、色々後学のためにね。君くらいの年齢だとまだわからないかな? 男女にはほら、色々やることがあるだろう?」
などとゴミのような言葉を発する。

なるほど、まさに女の敵だ。そして誰かの親にとっては敵であるし、誰かの恋人にとっても敵である。延いては人類の敵だ。
私は自分の中で、ふつふつと湧き上がる怒りをぐっと拳に集中させる。

「ねえ、ひとつ結婚に繋がりそうな良いアイデアがあるんだけど」
「なんだね、聞こうじゃないか」

私は男の抱えている筒を指さす。
「まず最初に、その筒を両手で頭上に掲げて」
男は筒を両手で上に持ち上げる。
「そのまま指の力を抜いて、腕を振り下ろす」
「こうかい?」
男が腕を振り下ろすと、筒がすっぽ抜けて地面に転がる。

「そして、こう!」
私は筒の上に跨って、マスティフA型を下段突きの要領で地面に打ち下ろす。

「オヤディケツス・オモコタニケコユールオボノス!」

筒は内部から意味不明な言語を発しながら、重量と衝撃に耐えきれずにぐにゃりと折れ曲がり、見るも無残な、見ようによってはおしゃれな形状へと変形して、中で軸が折れたのかハンドルがカランと音を立てて抜けてしまう。
そして流れ出てきた未完成の棒人間は、ボロボロに崩れながら霧散していく。

「ああー! 棒人間製造機が!」

私はゾアントロピーのアンプルを開けて、ぐいっと飲み干す。
体の奥底からありえない量の力が湧き起こる、そんな感覚が全身の毛の先から足の指先まで巡り渡る。
普段の私の攻撃力では打倒できなくても、一時的とはいえ倍近くまで強化された力であれば、目の前の変態男を倒すことも不可能ではないだろう。

渾身の力でマスティフA型を打ち込み、およそ100キロを超える巨体をボールのように蹴り上げ、さらに両手両足を全力で突き出して、数分間たっぷりと打ち込み続ける。
変態男は今まで被害者にしてきたように壁に突き刺さり、ようやくその動きを止める。


こうして住民たちを恐怖に陥れたナイトクローリー事件は終焉を迎え、帰り道でいきなり棒人間に抱えられてしまった不運な少女、クロエ・オルティスも無事に怪我もなく、下宿への帰還を果たしたのだった。




「ノルシュトロム広報車からのおしらせです! またしてもグレムナードの研究棟で爆発が発生しました。付近にお住いの方々はただちに避難してください。消火活動が終わるまでは、立ち入り禁止区域には入らないようにしてください!」

今日も広報車がやかましく走り回っている。
私は町の喧騒とサイレンに叩き起こされて、眠い目をこすりながら下宿の階段を下りる。
食堂では何人かの女学生が集まって勉強をしたり、たわいもないおしゃべりをしながら、それぞれの時間を過ごしている。

そうだった、彼女たちの学校は夏休みに突入したんだった。

「女将さん、朝ごはんちょうだい」

私は彼女たちの隣のテーブルに腰かけ、二言三言たわいのない挨拶を交わして、目の前の珈琲とハチミツのかかったトーストに手を伸ばした。



今回の回収物
・ナイトメア
完全なる自由意思の自動運動を可能とした暴走する黒色の棒人間。
現在故障中。
威力:― 射程:B 速度:A 防御:― 弾数:10 追加:命令によって様々


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第4話です。
前回まったく活躍しなかったので、今回は活躍しました。次回も活躍できるかは不明です。
まあ、私の匙加減なんですけど。

ウルは基本的に人見知りこそしないものの、やや世間離れした性格なので、なかなか輪に入れませんが、頑張ってお友達の1人くらいは作って欲しいですね。
まあ、私の匙加減なんですけど。

次回もお願いしますです。