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小説「潜れ!!モグリール治療院~第6話 なにこれ、かわいい~」

強敵の討伐は冒険者の誉れだ。
町の入り口で盛大に水をぶっかけられて血と泥を落とし、珍しい素材を求める商人たちや冒険譚に期待を膨らませる子どもたちに迎えられ、冒険者ギルドではしのぎを削り合う冒険者たちから称賛や嫉妬を浴びせられる。さらに言葉の代わりに小銭が飛んだり、お酒を奢ったりもして、その戦果をみんなで祝い合う。
基本的に足を引っ張り合うことだけが得意な冒険者が、珍しく人間らしい顔を見せる瞬間のひとつだ。

私はつい先ほど、町の外に現われたネームド、荒れ狂う剛腕と対峙した。
ネームドというのは、いわゆる二つ名を持つ魔獣とかモンスターとか人間とは少し違う種族の亜人の戦士なんかで、大抵はなんとかのなんたらみたいに、そいつを形容する言葉が並んでいる。
私がもしネームドだったら、空前絶後の美少女とかそういう二つ名が付けられると思う。言い過ぎじゃない、言い足りないくらいだもん。
で、そんな空前絶後の美少女こと、尻尾つきの狼の毛皮を被った狂戦士ウルフヘズナルのヤミーは、狂戦士らしい怒涛の攻撃で荒れ狂う剛腕を退治したのだ。
対峙して退治した、これもう一大事、もちろん勝ったぜ命大事。
ごめん、ちょっと戦いの後だから調子に乗り過ぎちゃった。

「とったぞー!」

返り血を流すために盛大に濡れた髪を掻きながら、荒れ狂う剛腕から斬り落とした爪を掲げて冒険者ギルドの扉を開けると、中にいた冒険者たちやギルドの受付のお姉さん、他にもギルドのおじさんおばさんたちから称賛の言葉が降り注ぐ。
もちろん言葉だけじゃなく、小銭もいっぱい飛んでくるし、全部食べてよしってことなのか、テーブルの上には大量のビールや焼いた肉が並び、壁に書かれたネームドの一覧の一部に真新しい線が引かれて、その横には私の名前らしき文字が書かれている。なお文字はあまり読めないので、私かどうかは定かではないし、もしかしたら全然違う一覧かもしれない。
そんなことよりビールとお肉だ、と片っ端から齧っては飲み、飲んでは齧りしていると、宴も程々に冒険者たちは席を立って、各々が荷物を背負い、武器や道具を手にし始める。

「みなさん、お待たせしました! 第1迷宮未踏査地域の立ち入り禁止、解除されましたよー!」
「待ってましたー!」
「急げ! 俺たちが1番乗りするぞ!」
「携帯食だ! ありったけ持ってきてくれ!」
受付のお姉さんの言葉を切っ掛けに、冒険者たちが火が点いた焚き木のようにわあっと歓声を上げて、ギルドの入り口に大挙している道具屋たちから不足した道具を買い集めて、次々に町の外へと駆け出していく。
「ほら、お前ら! 傷薬に解毒剤にテントに着火剤、他にもいろいろ揃えてやったぞ!」
そんな慌ただしさに混じって、いつの間に準備したのか、冒険者休業中のモグリールが他の冒険者にあれこれ売りつけている。
モグリールは私の居候先の料理上手女子のコメットちゃんの師匠みたいなもので、普段は闇医者をやっているらしい。
ついさっきまで私と荒れ狂う剛腕との戦いを見物していて、その後は怪我した新米冒険者たちを運んでいた。
なのに、今は冒険者たちに道具を売っている。なんていうか神出鬼没な男だ。

「よお、狼のお嬢さん」
「ヤミーだよ」
「ヤミーちゃん、君が荒れ狂う剛腕を倒してくれたおかげで、まだ踏み込めていなかった場所に行けるようになった。こいつらは今からそこに行くってわけだ」
ひとしきり道具や薬を売り払ったモグリールが、袋に束ねたお札や銅貨や銀貨を詰め込んで、そのまま鞄の中に隠すように放り込む。
「ネームドは冒険者に立ち塞がってることが多いからな。討伐報告の後はいつもこんな感じだ、欲深い奴らは我先にと駆け出して、商人たちはそいつらに物売って稼ぐ。で、あいつらの内、そうだな……毎回3割くらいは死ぬから、今度は死体袋と捜索隊と葬儀屋と中古屋が大儲けだ。この町はどこまでも冒険者で回ってるってわけだ」
嵐のように去っていった冒険者たちを見送りながら、モグリールはのんびりと煙草を咥えて、ゆっくりとマッチを擦って、言葉通りに一息つきながら休んでいる。

「すごい勢いだろ。金の匂いがしたら一目散、冒険者はああじゃないとな」
「でも3割は死ぬんでしょ?」
「そうだ。でも行かないと金も名誉も手に入らない。頭の螺子がしっかり止まってるまともな奴は躊躇するだろうが、螺子の外れた馬鹿野郎共はそれでも行く。真っ新な雪の上に最初の1歩を刻む喜びは、どんな美酒にだって勝るっていうだろ。あれと一緒だ」
受付のお姉さんや他の職員さん達も、冒険者たちを笑顔で見送っている。当然あの中の半分近くが帰ってこないことは知っているのに。
でも、そんなことは些細なことになるくらいの見返りが迷宮にはあるのだ。噂に聞いた話だと、どんな万病も治す霊薬とか、石や砂を金銀財宝に変えてしまう錬金術の奥義とか、一口食べるだけで寿命を1年延ばす長寿食とか、嵐の中でも消えることのない永久不滅の炎とか、どんな場所へも一瞬で移動できる魔法とか、食べても食べても中身の減らない食器とか、今の人間の技術や魔法では1000年経っても到達できないようなお宝があるという。
どれを持ち帰っても歴史に名が残り、莫大な富と雲を突き抜けるような名声が手に入る。自分の命も他人の命も、いくらでも賭ける価値がある。

「それでだ、ヤミーちゃん。君がよかったらの話だが、俺たちとパーティーを組まないか?」
モグリールが手を差し伸べながら誘ってくる。本来なら嬉しい誘いなんだけど、どうもこいつからは嫌なにおいがする。なんていうの、糞野郎のにおいっていうのかな、そんな嫌な気配がある。
だから当然、私の答えは決まっている。
「……やだ」
お断り一択なのだ。モグリールが冒険者として優秀なのかどうかもわからないし、そもそもどんな人間なのかもよく知らない。向こうは私の戦いっぷりを見て誘おうと判断したみたいだけど、私はこいつを判断できる材料がまだない。
わからないものには首を縦に振れない。
「オーケーだ、ヤミーちゃん。じゃあ、俺がちょっとは役立つ男だってところを見せてやるよ」
そう言いながら荒れ狂う剛腕の爪を抱えて、ギルドの外へと歩き去っていったのだ。


ちょっと! それ、私の戦利品なんだけど!


~ ~ ~ ~ ~ ~


数日後、私が居候先でコメットちゃんが作ってくれた熊肉丼を食べていると、あ、ちなみにコメットちゃんとその家族は人間食べた獣の肉はちょっと、ってことで私だけ熊肉丼。返り血たっぷりだったので、私の象徴でもある狼の毛皮は洗濯して物干しで乾かし中。そんな状況で、みんなは鹿肉と野菜のサラダとか食べてると、
「すみませーん、お届け物でーす」
顔を分厚いガラス製のゴーグルと一体化した防毒マスクで隠した、季節外れの厚手のコートを着込んだ背のあまり高くない男が、布でぐるぐる巻きにされた棒みたいなものを届けてきた。
「あ、ヤーブロッコさん、先生のおつかいっすか?」
「うん、モグさんは忙しくてねー」
コメットちゃんは顔見知りみたいで、聞けばモグリールとパーティーを組んでいる冒険者なんだとか。それと顔が見えないからさっぱりわからないけど、声と喋り方からすると人懐っこさというか人当たりの良さみたいなものがある。
あと関係ないけど、なんかずっとほんのりと臭い。ゴミ捨て場みたいな臭いがするので、思わず鼻を摘まんでしまう。
「ヤーブロッコさんは普段どぶさらいしてるっすから」

どぶさらいというのは、都市部の下水やドブ川を漁って暮らす回収屋のこと。
冒険者の町スルークハウゼンもそうだけど、新しく出来た町は結構色んなことがいい加減だから、下水やドブ川には酔っ払いやひったくりが落とした財布とか、めんどくさいからって一緒くたに捨てられたゴミの中の鉄くずとかガラスとか、意外とお金になるものが多いらしい。
ヤーブロッコはそんなどぶさらいの中でも、神の眼の持ち主と称される程に発見能力に長けているそうで、そこをモグリールに見込まれて冒険に誘われた。
今はモグリールが休業中なので、発見の腕を錆び付かせないように下水をさらったり、他のパーティーの助っ人をしながら経験を積みながら、ついでに迷宮探索のコツを掴むのに励む日々。
「じゃ、僕は今から助っ人に行かなきゃだから。ヤミーちゃんだっけ? モグさんは正直性格も悪いし、あんまり着いていかない方がいい人だけど、腕と頭だけは確かだから一応考えてみて」
そう、お願いなんだか忠告なんだかわからない言葉を残していった。

それと私のために作られた新しい武器。
5本の分厚く鋭い鉤状の刃が並んだ熊手のような、というよりそのまんま熊手の形をしている、荒れ狂う剛腕の爪を加工した武器。
外に出て試しに振ってみると、見た目に反してかなり振り回しやすく、ちょっと重いけど切れ味はかなり鋭い。丸太くらいなら一撃でぶった切れるし、全力で撃ち込めば鋼鉄製の盾でも軽々と切り裂ける。
破壊力は上々、重量の大半が先端に集まっていて扱いは難しいけど、その辺りも慣れてしまえば問題なさそう。
なるほど、こいつはいいものだ。
「こいつはいいものだ!」
大事なことなので2回言ってみた。こいつはいいものだ。なんと3回目。


でも、それと私がモグリールと組むかは、また別の話。
仲間になるってことは自分の命を預けることにもなるから、実力や知識や手際の良さもだけど、信用できるかどうかが一番大事になってくる。
その一点において、モグリールという男は手放しで信用できる奴じゃない。荒れ狂う剛腕に向けて、未熟な新米たちをあえて挑ませて、腕や足を失うものを大量に出したのだ。
骨折くらいなら回復薬や魔法で治せるけど、千切れた手足や失った目は元には戻らない。それを理解していて、無謀な戦いに向かわせる奴に背中を預ける気にはならない。
理由があれば……まあ話は別だけどさあ。


「じゃあ、ヤミーちゃんは断るんすか?」
「うーん、ありがたい申し出ではあるけどね」
「まあ、先生は性格に関しては最低っすからね」
コメットちゃんといい、さっきのヤーブロッコとかいうのといい、モグリールは人望があまりない。むしろ言い表される姿は割とどうしようもない駄目人間だ。
周りに聖人君主のように語らせる相手は決して信用するな、って故郷のじいちゃんは言ってたけど、遠慮なく悪く言われるのは慕われているのか、単に隠せないほどに悪人なのか、どっちなんだろう?

「ちょっと冒険者ギルド行ってくる」

もう少し色々聞いてみようかな。
そんな気分になったから、私は新しい武器を担いで冒険者ギルドへと足を運んだのだった。


~ ~ ~ ~ ~ ~


「とりあえずビール!」

冒険者ギルドのカウンターに腰かけて、かけつけ一杯まずビールを頼む。冒険者ギルドはお役所みたいな場所であり、冒険者の諸々の窓口であり、お互いの情報を交換する場でもあり、そんなこともあってしっかりとお腹いっぱいになって酔っ払える酒場だったりする。
お酒の種類はビールに始まり、ワインに果実酒にどぶろくまで様々。おまけに料理もそれなりにおいしいものが一通り揃ってるのだから、なにも食べずに帰るのは勿体ない。
なんせ今の私のお財布には、この前いっぱい飛んできた銅貨や銀貨がたんまり。ちょっとしたお金持ちなのだ。

ビールの白く輝くしゅわっしゅわの泡と苦味を含んだ黄金色を楽しんでいると、不意にギルド内の、ちょうど私が手を伸ばせば届く位置に、丸とか三角とか四角がびっしりと描かれた妙にかわいらしい魔法陣が現れて、ポンという間の抜けた音と共に煙のような霧のようなもやもやに包まれて、なにか丸くて小さい生き物たちが現れた。

「よし、無事に着いたのであーる!」
「ここが冒険者とかいうやつらのアジトなのである!」
「冒険者許すまじなのである!」

もやもやが晴れた先にいたのは、子どもくらいの背丈の、短い2本の足で立って、同じく短い手を振り回す、頭が大きくて胴の長いずんぐりむっくりな3頭身の動物たち。
落書きをそのまま動かしたような大雑把な姿で、触ってみるとぬいぐるみみたいな質感で、3匹はそれぞれペンギンや犬や蛇に似た姿をしている。
なんなの、このかわいいモフモフ!?

「なにこれ、かわいい! もっふもふなんだけど!」
ペンギンっぽい生き物を抱えてわしゃわしゃと撫で回していると、ずんぐりむっくりたちはピギャーと甲高い鳴き声を発して、短い手足をバタバタと激しく動かし始める。
「ええい、無礼な人間め! 放すのである!」
「我輩たちはお前たちに警告に来たのである!」
「だから、今すぐその手を放すのである!」
他の2匹もぴょんぴょんと跳ねながら、手足をバタバタと動かしている。わあ、かわいい。家に1匹持って帰りたい。
私も普段は毛皮を被って狂戦士なんてやってるけど、ぬいぐるみとか小動物が好きな年頃の女の子なのだ。こんな生き物が現れたら、もちろん抱えずにはいられない。そのまま膝の上に乗せてペンギン風のなにかを撫で回し続けると、ぷるぷると振るえて涙声で放せと訴えてくる。

「それで、君たちはなんなの?」
さすがにちょっとかわいそうになってきたので、もふもふした手触りは勿体ないけど放して、そのまま床の上に置いてあげると、ペンギンらしき生き物は急に勢いを取り戻して、
「我輩たちはロカ族! お前たちが勝手に迷宮と呼んで荒らし回る森の民なのである!」
「大量の羊を放ったり、勝手に爆弾を使ったり、勘弁ならないのである!」
「人間許すまじなのである! ぶちころがすのである!」
などと、ぴょこぴょこ跳ねながら主張してくる。かわいいなあ、まったくもう。
「本来この世界はドラゴンのものなのである! それをお情けで人間にも使わせてあげてるのに、調子に乗ってどんどん領土を拡大してるのである! 不敬罪なのである!」
ドラゴンってなに? おとぎ話とかに出てくるあのドラゴン? でっかいトカゲみたいな?

「これ以上、人間に荒らされたくないのである! これは警告なのである!」
「お前たちがネームドと呼ぶ魔獣をどんどん増やして、人間たちを片っ端からぶちころがすのである!」
「では、我輩たちは帰るのである! 震えて眠れなのである!」
もふもふ動物たちが帰ろうとするので、まだ触り足りない私がつい反射的に手を伸ばし、ペンギンっぽい生き物のおなかを掴んだ瞬間、3匹と私の真下に再びやけにかわいい魔法陣が現れる。
「あ、触っちゃ駄目なのである!」
「転移は止められないのである!」
「あーあ、なのである!」
魔法陣がぼんやりと光り、そのままもやもやした霧のようなものに包まれて、体の重さが一瞬無くなったような奇妙な感覚が体を通り抜けた瞬間、私の意識は春先の布団の中くらいあっさりと飛んでいったのだった。



「……え? ここ、どこ?」

何秒くらい、もしくは何分くらい意識が飛んでいたのか、気がつくと私は3頭身の小さい動物だらけの、それでもちゃんと道とか川とかあって、屋根や壁のある建物があって、まるで人間の暮らす町みたいな場所に辿り着いていた。
ここがどこなのかさっぱり見当もつかないけど、ふたつほど確かなことがある。

ひとつはここがスルークハウゼンではないこと。あの町にはこんなかわいいもふもふたちは歩いていない。

そしてもうひとつは、目の前にもふもふがあるなら遠慮なく触っておくべき、ということ。

「やめるのである! 放すのである!」
「帰って欲しいのである!」

帰って欲しいと言われてもね……まずここがどこだかわかんないし。
私は手当たり次第にもふもふを堪能しながら、空を見上げて指を動かし続けたのだった。


(続く)


<今回の新装備>

・ベアレンレーキ(武器・農具)
⇨荒れ狂う剛腕の爪を加工した巨大な5本刃の熊手、鋼鉄も切断する圧倒的攻撃力

<今回のゲスト冒険者はいないので種族解説枠>

・ロカ族
亜人の国に住む小型3頭身の2足歩行の動物たち。高度な知能を持ち、優れた魔力も兼ね備えているが、全体的にかわいいのでちっとも脅威に見えないのが難点。
彼らはドラゴン信奉者であり、ドラゴンこそが世界の覇者であり持ち主として崇めている。またネームドと呼ばれる迷宮の魔獣を従えて、人間の侵攻に対抗する役目も担っている。


ー ー ー ー ー ー


というわけでモグリール第6話です。
モグリールに誘われる回でヤーブロッコもようやく登場したのに、まさかの別の場所に飛ばされる回です。
まあ、今のままではモグリールを信用する条件も足りないですし。

ロカ族はドラゴン信奉者の獣人系種族で、いわゆる敵側の勢力です、本来であれば。
ヤミーちゃんは限界集落出身な聖で人間側への帰属意識も少ないので、あまり緊張感がない感じになっちゃいましたけど。
とりあえずもふもふは触っておきましょう。もっふもふー。