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短編小説「荒野のワンワン」

ボクが造られる前に世界は大きな戦争があって、なにもかもメチャクチャになった。
生き残ったニンゲンは砂と鉄にまみれた焼け焦げた大地で、砂煙を上げながら旧時代の遺産を走らせた。
荒れ果てた荒野の果てには頭のおかしい悪党がいて、同じように頭のおかしい連中を次々に仲間にしていって、あっという間に世界最強で世界最悪の荒くれ集団を結成した。
でも全員頭のおかしいイカレ野郎だから、鉄クズよりも価値のない理由で殺し合いを始めて、ボクのご主人様は何十発も何百発も仲間だったやつに鉛玉をぶち込んだ。

「ねえ、フライデイ。もしも私が死に損なって、もしも頭を殴られたショックかなにかで何もかも忘れちゃったら、その時は全部忘れたまま荒野を旅したいな」
ご主人様は手にべったりとこびりついた血を拭いながら、ボクに向かって疲れたような悲しそうな顔を見せた。
「もう仲間同士で争ったり、賞金額を吊り上げるために街を襲うような生活はうんざりだ。荒野をのんびり酒でも飲みながら……そうだ、犬も連れていこうじゃないか! 大丈夫、お前を捨てたりなんてしないよ。私たちは友達だからね」
ご主人様は微笑みながらボクの頭を撫でて、その時だけは他人に見せないような優しい顔をしていた。

ボクの名前はフライデイ。かつて世界で一番幸せな人の多かった日の名前をつけられたロボットだ。

そして何もかも忘れてしまったご主人様は――


「もう歩くのやだー! 休みたーい!」
荒野を歩きながら甘ったれた弱音を吐いてる人間のクズは、ボクのご主人様のハナ様。
せっかく苦労して手に入れた戦車を、カスみたいな金額の賞金首相手にぶっ壊して、修理代もろくに払えずに没収された、どうしようもないボケナスのウスノロだよ!
そんなゴミクズさまのおかげで、ボクタチはもう3日も歩きっぱなしだ。太陽はそんなボクタチをえらそうに見下してるし、こういう時に限って悪党も旅商人も賞金稼ぎも通ってくれない。
世の中ってうまくいかないね!

「フライデイ! 次の町に着いたら、ふかふかのベッドで眠って、次の日は朝から浴びるようにお酒飲むから!」
「酒カスが街道の飲み屋でお酒飲み過ぎたせいで、お財布はスッカラカンだよ! 空気よりも軽いから世紀の大発見だね!」
そう、ボクタチはお金がまったくない。ハナ様はお酒の飲み過ぎで頭と肝臓が壊れてるけど、最近はお財布のヒモまでぶっ壊しちゃって、稼いだ矢先に穴の開いたバケツよりも豪快に出ていく。
それも全部お酒代なんだから、バーは今頃きっと大金持ちになってるはずだよ。

「だったら、どうすんの!?」
「知らないよ! 酒カスをぎゅーって搾ったらお酒が出てくると思うから、それを売るといいよ!」
「そんなのでお酒が出てきたら、出てきた先から私が飲む! やったぁ、永久機関の完成だ!」
歩けども歩けども先の見えない荒野のせいで、ボクタチはだいぶ頭がおかしくなっていて、空気感もサツバツだ。普段から仲が良いわけでもないけどね!

うわーんと泣き始めたハナ様が、リュックの中から最後の1本を取り出して、豪快にラッパ飲みしていく。
「駄目だよ! 喉が渇いてる時にお酒飲んだら!」
「水分補給なの! だってお酒は25%しかアルコールじゃないんだから! 残りは水でしょ!」
なんて戯言を言ったかと思うと、予想通りに目を回してぶっ倒れて、地面にキスしてそのまま夢の国まで飛んでいった。
すやすやと安らかな寝顔をしているウスラボケを見下ろして、このまま捨てていっても誰も怒らないし、きっと許してくれるに違いない、と判断して、ボクはひとりで先を急ぐことに決めた。

その時だ。
ボクタチの背後から、キュラキュラとキャタピラを動かしながら1台の戦車が近づいてくる。
戦車は車体の上にでっかい箱を載せたような妙な形をしていて、車体からは5分で忘れてしまいそうなオジサン顔のオジサンが、箱からは1匹の雑種黒柴系の犬が顔を出している。
「おい、そこの……えーと、倒れてるお姉ちゃんと酒樽?」

酒樽はボクのことだ。ボクは酒樽にドーム状の頭と、先端がCの形をしたアームをくっつけた形状をしてる。どれだけ世界が荒れても酒樽だけはみんなから大事にされる、という開発者の心がけのタマモノだ。
「ボクはフライデイ、こっちのシニゾコナイはご主人様のハナ様」
「あー、戦車だー! フライデイ、見て見て、戦車が落ちてる!」
シニゾコナイは起きたと思ったら寝ぼけて寝言を吐いてる。出来ればそのまま起きないで欲しかったよ!

「えーと、その、なんだ……とにかく乗りなさい。町まで運んであげるから」
「いいのー!? ありがとー!」
捨てるゴミあれば拾う神ってやつだね! 不思議なことに捨てたはずのゴミも一緒に乗ってるけどね!


オジサンは賞金稼ぎのドノバン、ちょっとは名の知れたハンターらしいよ。自称だけどね!
戦車はナグマホンっていうのをベースにしたもので、車体の上に載せたドッグハウスっていう箱型の戦闘室が目を引く、結構珍しいタイプ。

犬はボロっていう雑種犬にピッタリな名前で、犬のくせにタクティカルベストを着ていて、おまけに背中には小型のバズーカなんて背負ってる。とんでもなく物騒なケダモノだよ!

荒野には2種類の犬がいる。普通の犬とバイオニック犬。
バイオニック犬は頭だけは最高で倫理観は最低な博士が遺伝子改造して作った犬で、見た目は犬だけど人間が束になっても勝てないくらい凶暴で、戦車の大砲で撃たれても死なないくらい頑丈な犬。科学技術の使いどころがおかしいよね!
普通の犬は普通の犬だ。いわゆる普通のイヌチクショウだよ!

荒野を旅するニンゲンは寂しがり屋でいつまでもママのオッパイが恋しいから、バイオニックチクショウでもイヌチクショウでも、とにかく犬を連れて旅をしていることが多い。
きっとオジサンもチチ離れができない甘えん坊だね!
「わんわーん! わんわん! わおーん!」
酒カスが酔っぱらって犬を抱えて、犬の鳴きまねなんかしながら遊んでる。こっちはただのクソバカだね!

「で、君たち、まさか荒野を歩いて渡るつもりだったのかい?」
「歩いて3日くらいって聞いてたから、いけると思ったんだけどねー」
ハナ様の能天気な返事に、オジサンは呆れたように溜息を吐いて、
「ずいぶん古い情報だな。その集落は1年ほど前に襲撃を受けて、今じゃすっかり廃墟だ。ここから5キロくらいの地点だったかな。次の町はそこから150キロは離れてる」
と新しい情報を教えてくれた。
どうやらボクタチの仕入れた情報はだいぶ古いものだったようだ。治安の悪い荒野ではよくあることらしい。

「俺たちは、その襲撃犯をぶっ殺してきたところだ。ちょろちょろと逃げ回って苦労したよ。だが俺もそれなりに腕利きのハンターだ。逃げた先を予測して狙いをつければ、どうってことはない」
オジサンが長々と自慢話を始めたので、ハナ様のほうを見ると、イヌッコロを抱えたままスヤスヤと眠っている。ニンゲンのくせにスリープモードがあるなんて便利だね! ボクも今すぐその機能欲しいな!

「奴は岩場に逃げ込んだが、こっちは連射可能な特製の対戦車砲だ。初弾で岩を粉砕して、2発目で相手の装甲車をズドン! 剥き出しになった操縦席にとびきりでかいやつを叩き込んでやったわけさ!」
オジサンの自慢話がまだまだ続いている。話の長いオジサンは若い女の子に嫌われるよ! ボクはロボだから性別とかないけどね!

オジサンの話はその後もダラダラ続き、夕暮れになったので今日はもう野営をすることになって、焚き火を囲んでさらにダラダラと話が続いた。
戦車を手に入れた話、犬を拾った時の話、数々の武勇伝、四十肩で腕をあげるのが辛いから、そろそろ賞金稼ぎを引退したい話。戦車に乗り続けると痔が出来て辛いって話。
ニンゲンは焚き火をすると饒舌になる性質があるけど、それにしても話が長いと思うよ。
よっぽどオシャベリが好きなんだね、でも99%はムダ話だから、ボクも聞き流してあげるよ! 時間がモッタイナイカラネ!

まったく、こんなに喋ってたら余計なオキャクサマまで引き寄せることになるよ。
例えば夜盗とかね!

焚き火の明かりに誘われて、荒野のハイエナ共がやってくる。荒野のハイエナはだいたいバイクやジープに乗っていて、たいだいおそろいの皮のジャケットを着て、ボウガンやライフルで武装してる。そしてだいたいバカ。
バカだから夜なのにライトでしっかり道を照らしながら近づいてくるし、バカだからヒャッハーと叫びながら襲撃のタイミングを教えてくれるし、バカだから戦車からの砲撃で一網打尽にされる。

戦車の上に載せたドッグハウスから、ハナ様がバイクのライトを頼りに機関砲を連射する。30ミリのでかい弾をバカスカと吐き出して、ハイエナ共をあっという間に追い払う。
「お姉ちゃん、戦車を扱えるのか!?」
「ごめーん! 勝手に撃っちゃった!」
「いいや、それでオーケーだ!」
オジサンがビシッと親指を立てて、ドッグハウスのノライヌに向ける。

それがオジサンの最後の雄姿だった。

オジサンが後ろを振り返った瞬間、ボシュッと乾いた音を立てて、オジサンの頭から血が噴き出る。

スナイパーだ!
ハイエナ共、一丁前にスナイパーなんて用意してたよ! 油断ならないね!

噴き出た血とオジサンの倒れ方から、方向を逆算して、ドッグハウスのポンコツシューターに教える。
「2時方向!」
「わん!」
同じくドッグハウスのイヌッコロが照明弾を飛ばして、ボクの指し示した方向に動く人影を発見した。
ポンコツシューターは手当たり次第に乱射するアッパーシューターになって、人影をバラバラに粉砕して名誉狙撃勲章を授与された。

「逃げるよー!」
ハナ様の合図で、ボクは素早く戦車に乗り込んで、操縦桿を握って荒野を爆走する。シートの後ろにドッグハウスから降りてきたハナ様とイヌッコロが座り、とにかく少しでも遠くへと向かう。
スナイパーがひとりとは限らないからね!


慌ただしい夜は静けさと共に深まり、ボクタチは町のゲートをくぐり、どうにかこうにか安全地帯まで滑り込んだ。
真夜中に戦車が走ってきた時は住人もびっくりしてたけど、こっちが襲撃者じゃなくてたまにお小遣い稼ぎをする旅人だとわかると、手の平をアタッチメントくらいグルグルと回転させて、ふかふかなベッドとお風呂を用意してくれた。
幸いなことに、お金は戦車の中にたんまりあったからね! 宿代と燃料の心配はいらないよ!

誰かの残してくれたものは、ありがたく使う。偶然拾ったものでも、目の前で死んだ賞金稼ぎのものでも、荒野の落し物は次の誰かの命を繋いでいく。それが荒野の掟だ。
戦車とお金と食糧と犬。今回の落し物は、とってもたくさんだね!

「あー、生き返ったー……おふろさいこぉー……」
「わん!」
ハナ様とイヌッコロがお湯に浸かって、ホッカホカのポカポカになって出てくる。
え? イヌッコロもお風呂入ったの? このスケベチクショウめ!

ボクがイヌチクショウをじーっと睨んでいると、イヌッコロはなんだか勝ち誇ったようなふさふさの毛並みで、ボクのほうをちらっと見て、フフンと鼻を鳴らす。
おおう、やんのか、この駄犬! 毛玉! バタードッグ!

「宿のおばあさんから聞いたんだけど、町外れに犬牧場があるんだって。朝になったらモフモフパーティーだ!」
ハナ様がイヌッコロを撫でまわしながら、テーブルの上にドンドンドンッと何本も酒瓶を置く。
さっそくムダヅカイだ! どうしようもない人間のクズだよ!

「じゃあ、死んじゃったオジサンとわんわんと戦車との出会いに!」
適当にでっち上げた理由を叫んで、酒瓶を握ってラッパ飲みしていく。
どうだ、イヌッコロ。これがボクのご主人様の酒カスだ! お前についてこれるかな、この酒チクショウのクズっぷりに!
「わんわんわんわん!」
イヌッコロは酒臭いのが嫌なのか、少し離れたところで吠えている。ボクに犬語はわからないけど、たぶん飲みすぎ注意って言ってると思うよ! 聞いてるのか、この酒カス!


4時間後――

「さあ、モフモフパーティーの時間だ!」
「酒カスが朝からしゃんとしてる! きっと今日は世界最後の日だね!」
「わんわん!」
お酒こそ抜けてないものの、珍しくシャキッとしてるハナ様とボクとイヌッコロは、ここ、通称イヌの町の大通りを歩いている。
イヌの町なんて名前だけあって、歩いてるおじいさんもおばあさんもみんな犬を連れているし、どの店の入り口にも必ず犬を繋ぐ用の柱が設置されてるし、奥には看板犬兼番犬が座っている。いわゆる――

「モフモフカーニバルランド!」

ボク、そんな風に言おうと思ってないけど!
ハナ様は脳ミソが3歳児とくたびれ中年のミックスの上に、お酒と犬が3度の飯と同じくらい好きなので、バカみたいにはしゃいでいる。
そしてイヌの町の住民は犬好きには優しいので、お酒の臭いにちょっと引きながらも酔っ払いを受け入れている。

「犬牧場? ああ、KO牧場のことだね! あそこなら町の南ゲートを出て10キロほど行った場所にあるよ。若い娘さんの見学は、あんまりおすすめはしないけどねえ」
ブルドッグを連れた犬専門店の老人が、イヌッコロの装備を見繕いながら教えてくれる。この町には時々バイオニック犬も訪れるみたいで、犬用の重火器とか防具が売られている。
もちろんドッグフードや首輪といった、普通の犬用の商品も並んでる。

「ねえ、フライデイ! 見て見て、犬用のタンクが売ってる!」
ハナ様はボケ面を晒しながら、店の奥にある全長1メートルくらいのタイヤやキャタピラのついた乗り物を指さしてる。
ねえ、ボケナス。ボク、イヌッコロを仲間にするって聞いてないんだけど?
「フライデイ、ちょっと乗ってみて! うわー、めちゃくちゃ似合う!」
そう言ってボクを犬用のタンクに乗せて、ゲラゲラと笑っている。酔っ払いはロボとイヌッコロの区別もつかないんだから! その目をピーナッツと交換するといいんじゃないかな!

「お買い上げありがとうございましたー」

酔っぱらったウスラバカは、まさかのお店で一番性能がいいスーパーな犬用のキャタピラタンクを買っちゃって、せっかく手に入れたお金をほとんど使いきっちゃったよ!
ウスラバカというよりマジモンバカって感じだね!

ボクが呆れてお財布の残金を数えていると、通りの向こうから見るからにガラの悪い二人組が近づいてくる。しかも生意気にバイクなんか乗ってるよ! しかもサイドカーなんて付けてる!
「おいおい、見てよ、アニキ~! こんなしみったれた町に、若い女がいるぜぇー!」
「ジジイとババアとジジババ予備軍しかいねえ町でも、たまに朝の散歩をしてみたらラッキーなこともあるもんだなぁ!」
おまけにお決まりの三下ゼリフを吐いてるよ。生きてて恥ずかしくないのかな、ボクだったら今すぐ溶鉱炉に沈んじゃう!

「俺たちはここいら一帯を仕切ってるブラントン一家のもんだ! 俺たちの言うことを聞いたら、色々とハッピーな出来事が起きると思うぜぇ! つまり俺たちの女になれってことだ! なあに、毎晩優しく扱ってやるからよぉ!」
ダセー! なんだか聞いてるこっちが恥ずかしくなる滑稽さだよ!

おまけにこの兄弟、弟らしき方はブクブクに太って、服装はドクロのワッペンが貼りついたオーバーオール。
アニキと呼ばれてる方は黒いライダースみたいな格好でサングラスをしてるけど、チンチンの毛が生えたお年頃のボーイみたいな背丈。でも髪には微妙に白髪が混じってるお年頃。
台詞と見た目が1ミリも合ってないよ! もし映画監督がいるなら1秒でクビだね!

デブ弟のほうがハナ様に近づいた瞬間、酒瓶の底を大上段から脳天に叩きつけられて、派手に血と酒をぶちまけながら頭を地面に向けて、そこに割れた瓶のギザギザが容赦なくコンニチワする。
つまり顔面スクラップ! でも見ようによっては、さっきよりオトコマエかもしれないよ!

「ごめーん。君たちどっちも、私の好みじゃないんだー」
ハナ様も選ぶような側じゃないけどね! ルックスはともかく、人間性はクズそのもので、酒の量はドラム缶だから!
ドラム缶は手に持った酒瓶をグリグリと右に左に回しながら、笑顔でセクシーなお誘いをお断りして、酒瓶をぶんっと引き抜いて、チビグラサンのアニキに向かって投げつける。

アニキのほうは多少は肝が据わってるらしく、飛んできた酒瓶を頭突きで叩き落して、ダラダラと血を流しながら、
「こいつは俺たちへの宣戦布告と受け取っておくぜ。逃げれると思うなよ、まな板女」
微妙にハナ様の平べったい部分を揶揄する捨て台詞を吐いて、スクラップデブをサイドカーに載せて、町の南ゲートへと消えていった。

「あーあ、お酒がもったいない」
「激ギレ単細胞に飲まれるよりは有効活用されたと思うよ!」
そんなことより、今大変なのは割れた酒瓶ではなく、ボクタチが騒ぎを聞いて駆け付けた保安官に囲まれてることだけどね!

「あー、そこのアルコール度数の高そうなお嬢さん。ちょっと話を聞いてもいいかな?」
保安官のリーダーらしき口ヒゲがモサモサな男が、アルコール度数の高い女とその横の酒樽型ロボットを見て、絵に描いたように心底嫌そうな顔をした。
「マジかよ、お前ら……」
おや、ヒゲのシェリフ、ボクタチとお知り合いだっけ?


ボクタチ+イヌッコロはヒゲのシェリフに招待されて、留置場でも刑務所でもなく、町一番のステーキハウスに案内された。
シェリフの名前はズィーワット・ドープ、かつては世界最強で世界最悪の荒くれ集団【イノプネヴマ】に属していた悪徳保安官で、金さえ積めば何でも許してくれることで名の知れた銭ゲバだ。賞金額は9500G、正直下から数えた方が早いミソッカスだね。

「でだ、俺の言いたいことはふたつだ」
「ステーキなら好きなだけ食べてくれ?」
「それを入れるなら3つだな。いや、酒も好きなだけ飲んでくれってことで4つだ」
それを聞いたハナ様はステーキを口いっぱいに頬張りながら、ワインをぐびぐびと流し込む。
いつも思うけど、こんなに好きなだけ食べて飲んでしてるのに、なんでお肉がつかないんだろうね、特に胸に!

「いいか、食いながらでいいからよく聞け。俺は過去とはすっぱり縁を切ったし、もう忘れちまうことにしたんだ。つまりお前らとも他の連中とも一切無関係だ」
「私たち、知り合いだっけ?」
「オーケーだ。話が早い、その調子だ」
ハナ様は完全に忘れてるだけだと思うよ、きっとアルコールで脳ミソがヒタヒタなのが原因だね。

「そして俺はこの町で平和に暮らしたい。町の連中は悪党でもなんでも、治安を守ってくれるならオーケーだ。それが賞金首でもだ。この町の保安官は全員、よそではちょっとしたお尋ね者だ。そして俺たちは平和にやってる。食後に煙草を吸う余裕だってある。言いたいことはわかるな、ビッグトラブルはごめんだぜってことだ」
なるほど、つまりボクタチにとっとと出ていって欲しいわけだ。

「なるほど、つまりさっきのガラの悪い奴らをぶちのめして欲しいってことだね!」
「全然違うわ、この脳ミソアルコール漬けが! いいか、俺はビッグトラブルはごめんなんだ。ビッグトラブルの意味はわかるよな。この町に金の首飾りはいらねえってことだ!」
ズィーワットは賞金首リストの束をテーブルの上に置いて、上から3枚目、つまり上から数えて3番目の賞金首の写真の刷られた手配書を叩きつける。
「わかるか! お前に今すぐ出ていって欲しいってことだ!」
「えー、でもこいつ、全然私と顔が違うよー」
写真に写っているのは、顔中傷だらけの全体的に四角いコワモテの男だ。

ボクは知ってるけどね、こいつがいわゆる影武者で、返り討ちにされた上に整形までさせられた可哀相な元賞金稼ぎだって。
そして、そんな可哀相なことをさせてまで、悪党から足を荒いたかったのが誰かも。

「とにかく、街で暴れたことに関しては無罪放免! ここの食事は依頼金だ! 足りなかったら食糧と燃料もくれてやる、だからお願いなので今日中に町を出ていってくれ!」
「話がよくわかんないけど、補給がタダで出来るのはラッキーだね、フライデイ!」
そうだね、ラッキーだね! 食料も燃料も戦車に積めるだけ奢ってもらおう!
「わんわん!」
イヌッコロも上機嫌だよ! ところでこのイヌッコロは、ほんとに仲間にするの? 


3時間後――

「さあ、今度こそモフモフパーティーの時間だ!」
「わんわん!」
戦車にありったけの食料と弾薬と燃料と酒瓶を積み込んで、ボクタチ+イヌッコロは町の南ゲートから10キロ地点、犬がたくさんいるモフモフカーニバルランド、もといKO牧場までやってきた。
KO牧場は犬の飼育と繁殖がメインのいわゆるブリーダーで、イヌの町で飼われている犬のほとんどはKO牧場産らしいよ。
宿屋のおばあさんが教えてくれた豆知識だよ。豆というよりゴマ粒くらいだね!

「たのもーう!」
ハナ様が大声で呼びかけるけど、牧場から誰も出てこない。ただ小汚い毛並みがバッサバサの犬がうろうろしてるだけ。
町にいた犬はみんな毛並みがツヤッツヤだったから、飼い主の愛情がよくわかるね! この牧場に住んでるのは鬼かなにかだと思うよ!

「よし! 誰も出てきてくれないけど、モフモフパーティーを開催するよ!」
「わん!」
そう言って戦車のまま牧場に入っていくハナ様とイヌッコロの様子を見かねたのか、奥から牧場主とは思えない派手な格好をした、初老の悪い顔のオジサンが走ってくる。
「おい、どこのどいつだか知らねえけど、勝手に戦車で入ってくるんじゃねえ! このダボスケが!」
この男が牧場主のオールドマン・ブラントン、宿屋で貰ったパンフレットにそう書いてる。

「今日は休みだ、クソッタレが! 下の息子は顔を怪我して帰ってくるし、従業員は夜中に犬探しに出てったきりひとりも帰ってこねえ! 猫の手も借りたいくらいだ、犬牧場だがな!」
なんて口の悪い大人だ! ニンゲンはバカだから知らないと思うけど、暴言をひとつ吐くと寿命が1日縮むんだよ!
ボク? ボクはロボなので例外だよ。そんなことも知らないの、バーカ。

暴言ジジイは不機嫌そうに葉巻に火をつけていたけど、ボクタチの連れてるイヌッコロに気づいて、
「おや、そちらのわんちゃん、ずいぶんと珍しい犬種ですねえ。どうでしょう、うちの牧場に売ってくださいませんか? そうですね、お代はこれくらいでどうでしょう?」
手の平ドリルジジイは、高くもないけどギリギリ安くはない値段を提示してきた。

「えー、そんなことしないよー。このわんわんは私と旅するんですー! フライデイ、この子なんて名前だっけ?」
「ボロだよ! イヌッコロにはお似合いの名前だね!」
酒カスはイヌッコロをこれからも連れていくみたい。ボクへの相談がないんだけど、このウスノロはホウレンソウって言葉を知らないのかな!
「そうそう、ポロちゃん。かわいいねー、モフモフだねー」
ビミョーに名前を間違えながら、記憶力もろくにないボケナスがイヌッコロを撫でまわしてる。イヌッコロも名前間違えられてるのに尻尾を振るんじゃない、このバイオニックチクショウめ!

「つまり、その犬を手放す気はないと……?」
「そうだよー」
ボケナスの返事を受けて、牧場のジジイはニコニコしていた媚びた表情を元の仏頂面に戻して、
「だったら帰れ、このボケナスが! 二度と来るんじゃねえ、このタコ!」
元の暴言ジジイに逆戻りしたのだった。


牧場の奥からサイドカーつきのバイクが走ってくる。
運転してるチンパンジーはさっきの兄弟、グラサンチビアニキとオトコマエデブ弟。
「パパ、この変な形の戦車、部下を返り討ちにしたやつだぜぇ!」
「昼間のまな板女! パパ、こいつだよ! 俺の顔をこんなオトコマエにしやがったのはよぉ!」
「こいつか! うちの犬狩り部隊を全滅させやがったクソッタレは!」

「……どういうこと?」

昼間の兄弟はKO牧場のオールドマン・ブラントンの息子で、兄のバイク・ブラントンと弟のウィリー・ブラントン。おまけに一家の部下は夜中に襲撃してきたハイエナ共、つまりイヌッコロの飼い主だったオジサンの仇ということらしい。
なんか全部繋がったね! 悪いやつネットワークだ!

「わうぅぅぅぅ! わんわん!」
脳ミソがアルコール漬けになって事態を察してない酒カスと違って、すぐに全てを理解したイヌッコロが噛みつこうと牙を剥くと、マヌケトリオはバイクに乗って一目散に牧場の奥まで逃げていって、武器を山盛りに搭載したバイクとトラックを駆り出してくる。

トラックの車体には大型な火炎放射器を載せて、両側のライトの下にも火炎放射器、荷台に載ってるロケットランチャーもナパーム弾、完全延焼仕様のイカレタトラック。その名もセントバーナー℃! 正面にしっかりクソダサネームが書いてあるよ!
バイクもデブ弟を乗せたサイドカーに大型の大砲を載せてるし、側面に小型のランチャーを備えて、こちらも攻撃力に全振りした感じだ。三下トリオのくせにやる気満々だね!

「部下と息子の顔のかたき、おめぇの体で支払ってもらうぜぇ!」
典型的な負け犬のセリフを吐いてきたよ! 戦う前から勝負はついてるね!

「わん!」
イヌッコロが犬用タンクを全開で走らせてトラックの側面に回り込み、背負ったバズーカを発射して荷台のランチャーと、火炎放射器の燃料タンクにロケット弾をぶち込む。
トラックは悲鳴のような音を立てて爆発炎上、タイヤからジジイからバラバラに吹き飛んだ。

「パパ!」
イヌッコロによる秒殺劇に呆気に取られた兄弟めがけて、復讐者と化した猛犬の牙が襲い掛かる。
デブ弟のオトコマエな顔は横殴りにタンクをぶつけられ、サングラスチビの腕はライオンにでも噛まれたみたいに、ぶんぶんと振り回されて、肩の関節が外れ、肘から先がへし折れる。

どうだ、これがバイオニック犬のパワーだ!

「ねえ、フライデイ。私たち今回なんにもしてないねー」
「真打は後ろに控えておくものだからね! マヌケトリオの相手はイヌッコロで十分だよ!」
あのイヌッコロ、絶対怒らせないようにしよう。

腕折られサングラスチビが、痛みでプルプルと生まれたての子犬くらい振るえながら、怒りでも身をブルブル震わせてる。
「生まれた時から世界がぶっ壊れててよぉ、家族3人悪いと思いながらも必死で生きてきて、こんなところでくたばっちまったら、天国のママンに顔向けできねえんだよぉ! まだ勝負は終わってねえぞ! バイオニック犬はこっちにもいるんだぜぇ! 来い、バスカヴィル!」
シニゾコナイチビの声が届いたのか、牧場の奥からオオカミのような遠吠えが轟き、真っ黒いシェパードが走ってくる。

雑種黒柴系のイヌッコロとシェパードのバスカヴィルの戦い。
体格ではシェパードに分があるけど、それは普通のイヌチクショウのお話。バイオニックチクショウに限って言えば、あんまり体格の差は関係ない。より鍛えられて強い武器を持った方が強い。
こっちのイヌッコロとあっちのシェパッコロは、お互い背負っていた重火器を放して、後ろ足だけで立ち、真正面から前足をバシバシとぶつけ合う。

「やっちまえ! そんなクソ雑種、叩きのめしちまえ!」
「ヘイヘイ、アニキ、よそ見してる場合なのかなー?」
闘犬に夢中になってるマヌケグラサンチビの後ろから、酒カスがそーっと近づいて、ぼそりと一声かけて鉛玉を撃ち込む。
デブ弟は首の骨が折れて、ジジイはトラックの中でキャンプファイアーになってる。
キラワレモノ一家は地獄でもステキなワライモノになると思うよ!


イヌッコロとシェパッコロの勝負は夕方まで続いた。
オレンジ色の夕陽を背にバチバチ叩き合う2匹を眺めながら、畜生以下の酒カスは見物しながら飲み過ぎてぐでんぐでんのアルコール漬けになってるし、煙を見て集まってきたイヌの町の住人たちは呆れた顔で見守ってるし、ボクはボクで牧場の犬を片っ端から住人に売ったお金もとっくに数え終わった。
そして酒カスの酒瓶が空っぽになった頃、シェパッコロの右ストレートをしゃがんで避けたイヌッコロの、左のアッパーカットで勝負は決した。

「なかなかやるじゃねえか。へっ、おめーもな、ナイスパンチだったぜ。これから仲良くやっていこうぜ、俺たちもう戦友だからよ。しょうがねえなあ、よろしくな兄弟」
酒カスがひとりでなにやらブツブツと呟いてる。お酒の飲み過ぎでクルクルパーになったのかな。
「酒カス、いよいよ頭バグった?」
「なんかそんなことを言ってそうでしょー」
イヌッコロは疲れて寝転がってるし、シェパッコロはアッパーで仰向けになって気絶してるけど、この酒カスにはどんな風に見えてるんだろうね。

「よし、こっちの子も起きたら連れてってあげようか」
「ねえ、ウスノロ。いくらボクが優秀なロボでも、3匹も世話できないよ」
ウスノロが不思議そうに目を丸くして、イヌチクショウ共とボクの方を交互に見てる。

「3匹?」
「イヌッコロとシェパッコロと、イヌチクショウ以下のスットコドッコイの3匹」
スットコドッコイが首を傾げて、一丁前に納得いかないって顔をしてる。
そんな顔してもパーティー内ヒエラルキーは上がらないよ。
ボク、犬2匹、戦車、食べ物、バカ。この順番は決定事項!


荒野をドッグハウスと犬を載せた戦車が駆ける。

戦車の名前はウルトライヌゴーヤ、犬の名前は雑種黒柴系のボロ改めポロ、それと黒いシェパードのバスカヴィル。
どちらも荒野生まれのバイオニック犬。タクティカルベストとバズーカが似合う生意気なイヌッコロ共。
そしてドッグハウスで犬を撫でまわしているのは、ハナ様という名前の犬好きなこと以外はなにひとついいところがない、どうしようもない人間のクズ!

最後にボクはフライデイ。当然だけどパーティーで一番えらい、酒樽型超有能ロボットだよ!

「わんわん!」
「ウァン!」
「フライデイ、ピーナッツ取ってー」
あーもー、うるさい! まったく手間のかかるケモノ共だよ!


(続く)

੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒੯‧̀͡u\೨˒˒

短編を書きました。
私はメタルマックスシリーズが好きなので、メタルマックスみたいな話を書きました。って、前回も書きましたね。えへっ。

メタルマックス2Rでは、犬を3匹連れていく感じのパーティーを組んでました。犬が好きだからです。わんわん!
なのでハナちゃんも、パーティーは犬と犬とロボです。ロボも実質犬みたいなものです。わんわん!


前回の話はこちら。

「さすらいの暴飲王」

酔っ払いが頑張ってフォークリフトでパンジャン戦車を倒す話です。でもパンジャン戦車は使いづらいのでお話とお話の間で壊れちゃいました。イヌゴーヤは頑張って欲しいですね!
まあ、匙加減ですけど!