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働き蜂の夢(焼鮭、はりはり漬け)|酒と肴 その九十二

「鮭は薔薇より美しい」

ノートに書かれたメモ。
個人の意見ですし、諸説ございます。ただ言いたかっただけの気もします。

そもそも比べることに意味は無く、よく焼けた鮭の切り身を見て、とても美しいと感じたのです。薔薇の魅力を否定する気はなく、そこかしこに美があることを、忘れぬよう記しておきたかったのでしょう。

プロフェッショナルの料理が美術館の作品だとしたら、家庭料理には自然が生み出す「瞬間の美」があると思います。
計算され尽くし描かれた花の構図と、風に吹かれて見せる花の表情、どちらもいいもんだなと。

食卓の静物画①「焼鮭」

焼きたての鮭はグリルから取り出し、角皿に並べただけで一枚の絵画のようです。皮がじゅうじゅういっているその瞬間が頂点で、箸をつけると眼福は失われます。だけどまだ熱い皮をはがして口に運び、ぬる燗をひと口やれば今度は口福に満たされます。見てよし味わってよしは、食べ物が持つ美徳と言えるでしょう。

それにしても世界は極彩色で、刺激的なものに溢れています。だから気付かれにくいのかも知れませんが、私たちが普段口にする食材も、なかなかどうして煽情的な色をしているのです。

食卓の静物画②「はりはり漬け」

先日仕込んだはりはり漬け。
午後の光の中、漬け汁に浮かぶのは干し大根、昆布、生姜に唐辛子。蠱惑的と言いましょうか、琺瑯のキャンバスから妖しい気配が立ちのぼってくるようです。私には、これがモネの睡蓮を想起させるのです。

小皿に盛って冷や酒の肴にすれば、軽やかな歯触りと小気味良い音が五感を刺激します。盃を重ねるごとに陶然とした気持ちになってきて、心は遠く不忍の池のほとり、蓮の花を眺めるような感覚に包まれます。

呑みすすめるうちに、思いがけず心の旅が始まりました。せっかくなのて弁天堂を背に、記憶の中の上野の森に向かいます。月の松をくぐり抜け、正岡子規の野球を空から眺めたら、犬を連れた西郷どんとご挨拶。その後はアメ横で一杯やりましょうか、それとも美術館に入り込み、モノホンの睡蓮を観賞しましょうか。
いずれにせよ、甘いものが無けりゃ締まりません。夢の中、気づけばこの身は蜂に姿を変えていましたので、最後は甘味処のみつばちに寄って、小倉アイスを食べるとしましょう。

酒を呼び水に、心象風景を旅するのも乙なものです。

メニューと食材
・焼鮭(塩鮭)
・はりはり漬け(切り干し大根、昆布、生姜、唐辛子、醤油、酒、酢、砂糖)

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