「君はだれのためにやっているんだ❢」

がんに効くと言われるものは片っ端からやりました。
勧められるサプリメント、お米は玄米に変えました。

街を歩けば、「高濃度ビタミンC点滴」「血液クレンジング」などの

看板が目に飛び込んできました。

ビタミンなら体にいいはず。
血液が奇麗になったら、転移しないんじゃないか。

特に突っ込んだのは【にんじんジュース】でした。

有機農法のにんじんを低速スロージューサーで絞るもの。

アメリカでは、専門病院もあるらしいし、日本にも専門施設があるみたいだし、何といっても、ジュースで末期と言われたがんが消えたという人がいる❢

それが、例え奇跡でも、夫に奇跡が起こるかもしれないのなら

やらない選択はないと思ったのです。

街を歩いては、有機ニンジンを買いあさり、ネットでも注文しました。

冷蔵庫の中はニンジンでいっぱいになり、ニンジンが少しでも減ると

不安になって、またニンジンをもとめました。

3食、ジュースを作り、その他に玄米を炊き、ニンジンの搾りかすで

パンケーキを作りました。

夫は抗がん剤の副作用で味覚障害になり、手足の皮膚もボロボロになり、

口の中も荒れていました。

スキルス胃がんで胃が固いところに、玄米を食べさせる…

『自分は死んでいく。こんなに苦しめているのは自分のせいなんだ』

夫は、私の想いを、受け止めようとしていたのです。

しかし、ただでさえ食べられないところに、ジュースを何回も飲まされ

消化の悪い玄米を出される毎日は、夫にとっては地獄のような日々だったのです。

身体も辛い。病気を受け止め、治療を受け止めていくことだけでも

精一杯だったでしょうに…。

この私の行為は、かえって、夫の栄養状態を悪くしてしまいました。

抗がん剤が奏功していたのに、副作用に身体が耐えられなくなってしまいました。

虚ろな目でソファーに横たわる夫に背を向けて、それでも私はニンジンを絞り続けました。

きっとニンジンが足りないんだ

その背中に向かって、ある時、夫が絞り出すような声で叫びました。

「もうやめてくれ❢ 目をさましてくれ ❢

君はだれのためにやってるんだ❢ 僕のことなんか見ていないじゃないか…

お願いだから、ちゃんと病気を、治療を、科学を理解してくれ❢」

本当は、私も怖かったんです。

今、やっていることを信じられなくなったら、夫の余命を

治療法がないことを認めなくちゃいけなくなる。

それが怖くて、信じたかったのです。

『私の存在が、夫をさらに苦しめている』

夫は泣いていました。

私は言葉もなく、そのまま夜の街に飛び出しました。

『どうすればいいの?どうすればよかったの?』

ぐるぐると夜の街をひたすら歩き続けました。

帰ってこない私を心配して、ふらふらの夫が私を探しました。

私を見つけた時、絞り出すような声で、静かに言いました。

「そばにいてくれればいい。幻を追ったって事実は変わらないんだよ。

僕はスキルス胃がんになった。手術はできない。それが現実なんだ。

僕が君に望むことは、いつか、僕の病気が進み、自分で判断が出来なくなった時、僕の代わりに僕の想いを考えて決断をしてほしいということ。

それは、君にしかできないんだよ」

哀しい、哀しい、現実でした。

変えられないことがある。

どんなに頑張っても、変えられないことがある。

だったら、幻を追わず、最悪を考え、最善をつくそう。

それは諦めることじゃない。

私の中で、凍り付いていた固いものが弾けたのはこの時だったと思います。

科学を理解しようと、情報を調べ、がんのセミナーにも行きました。

臨床試験というものがあることを知りました。

先進医療というものがあることを知りました。

でも、次にぶち当たった壁は、知らなかったことへの後悔でした。

(つづく)


全国胃がんキャラバン、多くの人にがん情報を届けるグリーンルーペアクションに挑戦しています。藁をもすがるからこそ、根拠のある情報が必要なのだと思い、頑張っています。