見出し画像

一度死んだから言えること


◉介護士のボスが変わって来た

前にも書きましたが、病院スタッフだって人なのです。人の介護は仕事であり、報われない事が多い現場です。

特に私の様な病棟は、患者さんは意識が混沌としていますし、寝たきりのままなので、毎日のオムツ交換だってお礼も言われないし、そのご家族だってそんな事は「仕事だろ」と思っているものです。

だから私の様な存在は、厳しくしようとするのです。いや私が甘えた存在かどうかを見極めようとしたのです。

そんな病棟で、皆んな幸せの実行としてリハビリを通して復帰の努力をしている私を、みてもらう必要があったのです。

おかげさまで色んな場所で、「まめぞうさんは頑張っている」と評判になり、彼も次第に態度を軟化させて来たのです。

最初はオムツの件から始まり、契約していた下着や部屋着の交換や、バスタオルの貸し出しの一つ一つに検閲が入るほどでしたが、私の変化を見て次第に何も言わなくなって行きました。

それどころか「オムツは気持ち悪いやろうから何時でも言ってください。交換するから」と軽やかに言ってくれますし、夜中の救急交換でも、嫌な顔をしないで交換してくれる様になり、お互いの気持ちがスムーズに伝わる様になって来ました。

やはり皆んな幸せの「ありがとう」は、とても良かったと思います。誰かだけの患者だけの幸せでなく、それに関わるすべての人が幸せであるのが一番です。

それを私から率先して始めた結果が、こうなったのです。

そして少し先の話ですが、退院が決まった頃に、ボスは私の入浴当番になり、早めにそして長くゆっくりと入浴できる様にしてくれ、何時も背中をゴシゴシと洗ってくれて、私の居心地が良い様にと色々としてくれるまでになりました。

人は誰もが楽しく生きたいのです。でも愚痴や不満に立ってばかりいると、皆んなの幸せなんて思えません。

また自分ばっかりと拗ねても、誰も助けてはくれません。そんな時だからこそ自らが動いて、人の気持ちを変えて行く、そんな努力が皆んなを幸せにして行く事を実践してみたのです。

それが「ありがとう」なのです。そうしていると何人かの看護師さんが、吸引や検温などの際に話しかけてくる様になりました。

まぁ死にかけた人が元気になって来た事を喜んでくれているのですが、自然と仕事や家庭の相談というか愚痴というか、ガス抜きをする様になりました。

看護師さんは、ほんの数分の時間しか居ないのですが、私が思った事を伝え、こんがらがった糸を解く様に話して行くと、泣きながら感謝されることもありました。

誰もが理解を求めているのです。些細な事だって傷ついているのです。だから私は心を込めて「ありがとう」を口にしていったのです。

そうするうちに、ようやくカニューレを外してみようと言う話になりました。喉の手術をしてはや5〜6ヶ月は経ったでしょうか。

カニューレが外れれば、次は経過を見て点滴から食事への移行していこうとなり、退院への状況が整い始めました。

まさに、「私も幸せ皆んなも幸せ」になったのです!


続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?