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墓標

優しかった父はどういう顔をして 祖母に金を無心したのだろう
笑顔の絶えなかった祖父はどういう気分で 祖母を殴ったんだろう
鬼の形相で私を叱る母は どんな仕草で男に欲情したのか
雨の日傘もささずに川面に佇む女は どうやって父を虜にしたのだろう
手袋を淑女のように握る祖母は 何を思い子を置きざりに男と逃げたのか
あの日わたしはどこにも存在しなかった
わたし不在の世界ですべてが周り
面白いように混沌とした
病床の父は無償の愛を求め
縋りつく曖昧さを受け止める私には感情など存在せず
からっぽの心で死を受け止めた
毒は美しく
曖昧さは醜い
母なる海の暴動は
彼の船ごと飲み込んだ
時限爆弾が止められた
いつかはもう永遠に消え去った
かつては永遠に存在をやめた
死によって永遠の孤独を手に入れた少年は
報われぬ老女の恋を絶望の淵で抱きしめる
あの日わたしは愛よりも先に憎しみをおぼえ
憎しみ無しでは真実の愛は存在せぬことを知り
壊れそうな心を抱え込み
ぎりぎりの速度で曖昧を突破しようともがいていた
想われる事を知るよりも
想い焦がれ殉死した僧侶のように
私はそれを求めた
罪など存在しなければいいのです
少年は連れ去りたかった
老女は思い出と心中し
母の愛は海の深くへ飲み込まれ
老人の牙はあっけなく崩れ落ち
父なる虚空は蝕み続けた
私ははかり知れない愛を蔑ろにし
今日も自分勝手に恋焦がれ
曖昧な夢をみるだけ
死体は全てを語れない
朽ち果てた墓標は変わらぬ言葉を紡ぎ終え
そこで辛抱強くたっている
永遠の愛は存在せず
流動的なわたしたちの生命は
風にのってこの世界を翻弄し続ける
愛がこの世を翻弄するように

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