ワイルドファンシー・オブ・マロンラテ

ワイルドファンシー・オブ・マロンラテ


 三泊以上の出張はぜったいにぜったいにしない、と緑は、勤めを辞めて自営に切り替えるとき、そういっていた。

 彼はネクタイを結びつつ、「いまからでも部屋変えられるからさ、楯もおいで」

「一泊じゃないか。ひとりでお行き」と、俺は、彼の前にカフェオレをいれたマグカップをおく。

「楽しいぞ未来札幌、いまオータムフェストやってるし」

「人がおおくて」

「よさそうなベジキャンプもある」

 それには答えず、俺は彼の手からマグカップをとり、ひと口飲んだ。彼は窓の外を見つめ、「なんで誕生日にひとりで出張しなきゃなんねえの……」と、ぼやく。

 一泊二日の研修テーマは「月法のいま」。月の各国都市に人口が増え、実情に即したものにするべく宇宙法や月法の改正がすすんでいるそうな。緑が数年まえに勉強していたときとは様相も変わっていて、この研修を受けなければ月では弁護士の仕事ができない。

「さ、みど君時間だ、電車に遅れるよ。飲まないならもらう」

「飲むよ」

 彼はふいっと俺の手からカップをもいで飲んだ。俺は一泊ぶんの下着とシャツも収めた、彼のランドセル型リュックをもって玄関に移動する。

 洗面所からもれる歯みがきの音を聞きながら、俺は玄関ドアを見つめる。

 厚くて重い木製ドア、塗装がはげててっぺんと裾に黒ずみがあるのが気になる。午後にでもきれいにしよう。

 彼がやってくる。

「おいでよ」

「行かないよ」

「来いよ」

「行かない」

「たぁてぇ」

「かぜがまだ抜けないんだ」

 と、俺は緑にランドセルを背負わせていう。彼はふり向いて、細い目をちょっとひらいて、「ぐあいわるいの?」

「のどが痛い。あと耳のしたがまだ腫れてる気が」

「なんだ。はやくいやいいのに。それならむりなこといわなかった」

「うん」俺はパジャマのポケットに両手を入れた。「元気なら行ったよ」

「ごめん」

「いや」

「だいじにして。きょうはバイタル気にしておくから」

「研修に集中しなさい」

 彼は俺に、体温や脈なんかを計ってデータを送る、シール状の送信機をつけている。

「じゃあ」

「じゃあ」

 緑は俺を抱きしめ、長い口づけをして出かけた。

 きょうはジープでここ、未来鹿嘗町字鶴寝という田舎を出発して、未来帯広に車をおき、そこから未来札幌まで列車でゆくんだそう。楯がいっしょならずっとドライブするのに……とか、ぐちゃぐちゃいっていたけど、ひとりなら電車で資料でも読むわ、とのこと。

 俺は二度寝し、午後に目ざめた。

 未来北海道ではじめての夏が終わり――ここってほんとに盆をすぎたら残暑もなくいっきに秋になるんだけど――秋分の日を前にして、目がさめて、窓をあけて浴びた朝一番の涼風で俺は華麗にかぜをひいた。

 しょうが入りの熱い紅茶を入れた魔法瓶をシューズボックスにおいて、玄関ドアの汚れ落としを始める。洗剤をつけたたわしで黒ずみをこすり、水洗いをし、から拭きをする。休んでしょうが紅茶を飲む。立ちのぼるからい湯気にむせる。

 周囲の森から聞こえる野鳥の声に耳をすませて、治りかけののどにしょうがが沁みていくのを感じながら、マグカップを両手に包む。緑もこんや研修が終わったら、熱いものでも飲んでよく休んでほしい。

 俺は端末から、彼にStarbucks eGiftを贈る。彼がひとりで出かけることをこんなにも渋ったのは、きょうは彼の誕生日――そしてあすが俺の誕生日だから。彼は、記念日がとてもだいじなたちなのだ。

「緑くん二十七歳おめでとう。未来札幌の夜、君の間抜けな相棒宜しく風邪など召さぬ様」とメッセージを添えて。

 翌朝、のどの痛みもリンパの腫れもひいて数日ぶりにすっきり目ざめた。乾いたドアに塗料を塗っていると、端末に緑からメッセージが届いた。

「え?」

 なんと、彼は俺にもStarbucks eGift を贈ってきたのである。

「どうしろっての」俺は笑ってしまう。ここはとても田舎で、スターバックスはない。

 メッセージにはこうあった。

「楯くん二十七歳おめでとう。新しい知識で頭がぱんぱん。そのギフトをもって午後五時、未来帯広のスターバックスまで来てほしい。みやげがたくさんあって、とてもひとりで車まで運べない」


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あとがき

TOKYOWISEさんに、誕生日にまつわる「Birthday Stories」シリーズのショートショート、「ムーンライト・ジンジャー・フォーミュラ」が掲載されました。掲載日の1月18日は、ちょうど東京では大雪が降ってとても寒い一日となり、このお話にもぴったりだなーと、掲載ページを改めて読み返してみたところです。

このシリーズには、登場人物が Starbucks eGift というギフトを贈りあう場面が出てきます。私はそのシーンを書くのがあまりにも愉しくて、勢い余って、雪舟学級の緑と楯で「ワイルドファンシー・オブ・マロンラテ」、とりふ丸と耕太郎で「エセンシャル・ビバレッジ・クールメロン、クールチェリー」も書きました。飲食物の名前を考えるのが大すきなので、もうほんと、寿命が延びる気がするほど面白かったです。

この2作は、スターバックスと本シリーズへの愛をこめた、二次創作だと思ってお読みいただけたらうれしいです。出てくるメニューは、創作上のもので、実際の店舗にはありません。

で、その Starbucks eGift、私も掲載まえに身内やお友だちに実際に贈ってみました。私はtwitterのメッセージ経由で送ったのですけど、手軽で、相手もよろこんでくれてとてもよかった。あまりに手軽なんで、あの人も、あの人も、と際限なく贈りそうになってしまった。また贈りたい!

どうぞひきつづき、「エセンシャル~」もお楽しみください!


2016年1月18日現在、スターバックスのない小樽にて 雪舟えま

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雪舟えま!

ひとくち小説集

甘くめでたい短篇・ショートショートです。
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