あの鳥、口にジュース入ってるみたいな歌いかただ/それはおまえだろう



 うちはおばけ屋敷と呼ばれていた物件だけど、はたしてほんとうにおばけはいた(いる?)んだろうか。散歩に行く身じたくする楯を庭で待ちながら、白壁の家を見あげてそんなことを思った。

「お待たし」

 敷石のうえで、スニーカーのつま先をけんけんして履きながら彼が出てきた。彼がおれとおなじドアからあらわれることがあたりまえとは思えず見とれてしまう。ここに来て半年はたつんだけど。

 五月で、晴れているけど寒くて、おれたちはライナーをはずした防寒つなぎを着ていた。アクエリアスジャンパーというおれが十代から愛用しているアウトドアブランドのもので、今シーズンは未来北海道限定モデルが出たのでふたりぶん調達した。楯は白地にピンクの大きな花が咲いている「ハマナス・リスペクトスタイル」、おれは紺地に白樺の林がすくすく伸びている「シラカバ・リスペクトスタイル」。夜空に浮かぶ白い木々はまるで星の林、星の林はおれの中で、愛しあうときのおまえの声の比喩なんだよ……と、夢見ごこちで通販サイトのカートに入れたのに、彼はおれのつなぎを見て「えーと、雑木林スタイルだっけ?」などとのたまったのだった。

「おばけ? そういえばいたかな」

 彼の答えは歯切れがわるかった。

「いたんだ?」

「俺がここに来たときはいたんだけど。さいきん見ない……」

「いたことはいたんだ。じゃあ名実ともにおばけ屋敷だったと」

「うん」

 となりで彼が歩きながら飲んでいるバナナフェンネルフォーミュラの、甘く爽やかな香りが鼻に届く。

「どんな人たちだった」

「ちょっと古そうな人たち。あれは平成時代のなかば……くらいかもしれない。大人ふたり子どもふたりで家族かなーと」

「あの家で死んだの」

「いや、近くで事故に遭ったみたいだ。痛いし苦しいし寒いしで、空き家に避難して、ずっと救急車を待ってた感じ」

「何十年待ってんだよ」

「俺が水風船のあいだは確実にいたんだけどな、いつのまにかあがっちゃった」

「おまえが成仏させたっていうか、あの世に連れてってあげたんじゃないの?」

「そういうのは学生時代にボランティアでたくさんやったけど、やめた」

「なんで」

「あのときはそれがいいことだと思ってて、正義のヒーローっぽい気分にもなれるし、面白くてやりまくったんだけど。でもその人たちにはその人たちの、そこにとどまってる理由があるんだろうし、頼まれてもいないのに手当たりしだいステーションにあげちゃうのはちがうんじゃないかって気が」

 そこまでいって、楯は「あー」と、ひらめいたらしい声をあげた。

「たぶんあれだ、緑が俺を看病してたとき、それを見てたあの人たちもいっしょに癒されたんじゃないかなー」

「そんなんありうる?」

「うん。それで俺がぶじ回復したのを見届けたとき、あの一家も満たされてステーションに行けたんだと思う。緑が助けてあげたようなもんだね」

「霊感はないけどね」

「なくてもできる。真心をこめて生きることで、見えない人たちのことも人知れず救ってるのかもしれない」

 道の両脇から、おたがいを求めあうように梢の先を伸ばしあっている背の高い木がある。それはおれたちの頭上で大きなアーチを形作っており、そのしたを通るとき、いつもふたりとも口をつぐんで見あげてしまうのだった。

「しかし……うちにそんな人たちが四人もいたとは。やっぱおれ鈍いんだな、なにも感じなかった」

「いや、緑は自覚ないだけで敏感だよ、未来東京でほとんど毎晩オーラ真っ黒にして帰って来てたし、時どきあれこれくっつけてたし」

「真っ黒? 黒いのってなに?」

 おれはぞくぞくとして腕をさする。

「人の暗い思念ていうのかな。怒りとかいらいらとか、攻撃心とか無気力さとか。直接かかわった相手にかぎらなくて、電車で近くの席の人のとか、すれちがった人のとか、おまえはもらっちゃうらしい」

「そんなのいらねー」

「まあそのぶん、相手は気分が軽くなるんだけど。緑と会った人やとなりに座った人なんか、あれ? なんか楽になったなって思うかも」

「なんでおれそんな体質? すげえ損してねえ?」

「すごく優しい人ってことなんだけどね」楯は思い出すように遠い目になって、「俺も緑の黒いやつ、見つけしだい抜いてたけど追いつかなかった」

「抜くってどうやって」

「こう」

 楯は片腕でふっと、羽根の軽さでおれを抱きよせ、抱擁した。

「俺の体を通して、外に出す。緑を抱きしめると俺、咳やあくびやげっぷが出たりした」

「あれはおまえが吸い取ってくれてたの」

 彼はうなずき、抱擁をといてまた歩きだす。

「そうだったんだ」おれはすこしどきどきしながらいった。

「うん」彼は子どもみたいに頭をかくんとさせる。

 未来東京での日々に、彼がそんなふうに地味におれを助けてくれていたことも、おばけ屋敷のことをたずねたりしなければ知ることがなかったのかもしれない。

 ピルピル、ピロロロロという、野鳥の可憐な鳴き声がした。あたりの木を見あげてみるも、すがたは見えない。

 鳥はもういちどピルピルピロピロと鳴いた。この種類の鳥はたくさんいて、どこでも聴けるはずなのに、いまここでしか聴けないいちどきりの歌声のように胸にしみいる。彼と暮らしてそんな感じかたをするようになった。

「あの鳥、口にジュース入ってるみたいな歌いかただ」と、楯はたぶん口にフォーミュラが入ったまま、あごをあげて奇妙なしゃべりかたでいった。

「それはおまえだろう」と、おれ。「飲んでからしゃべれ」

 ごくんと飲みくだし、楯は目を輝かせていう。「ピロピロピロって、水笛の音に似てる。ということは、小鳥の鳴き声は水が震えてるっぽいんだ。だから切ないんだ」

「ていうかそもそも水笛が、小鳥の鳴き声に似てるってことで、鳥の形にしてる」

「鳥が先ね」

「鳥が先」

 といったおれは、自分の言葉にひっかかるものを感じ、ふと思いいたる。

「もしかしておれ……『ていうか』とか『そもそも』って、おまえの話をいつも否定するところから入ってる?」

「あはは」

「ねえそうじゃねえ? おれいつもこんな話しかたしてない? そんな気がしてきた」

「いつもじゃないけど」

「おおい?」

「んー」

 楯はあいまいに笑う。彼がこういう笑いかたをするときは、おれにとってきついほうの答えであるとき。

「くせだったんだ、これ」おれの脳内では過去のあれこれの場面がよぎる。「可愛げがないとか生意気だとかよくいわれるの、なんでだろうと思ってたら。こういうしゃべりかたのせいかもしれん。や、それだけじゃねえだろうけど」

「ふふ」

「鳥と水笛、どっちをどっちに似てると思ってもそれはその人にとっての発見なはずだ。つまらんこといってごめん」

「気にしないよ」

「気をつけるけど、たぶんすごくむかしからのくせで、またこんな憎たらしいしゃべりかたするかもしれん」

「小学生の緑が目に浮かぶ」

「可愛くねえ~」

「いや、なかなかめんこい、めんこい」

 楯はぽんぽんとおれの頭に手をおいた。そして散歩はつづいた。


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*本作は『幸せになりやがれ』(講談社)の続篇「猫舌クッキ割れて三月」などの続篇です。このつづきは「ユーアーマイあやうラッキーグリーン」をおすすめします。

シリーズ作品はたくさんありますので、ぜひお読みください! →こちら☆ 短いものはたいていnote「ひとくち小説集」内にあります。




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コメント2件

ラララ。
みなさんありがとう! つづぎをお楽しみに。
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