俺たちフェアリーている


 深夜、すこしぬるくなった湯の中で、家の中がとてもしずかだと気づいた。もう彼は寝てしまったかな。そう思ったから、風呂をあがったときに居間にまだ彼がいるのを見たときにはうれしくなった。
「緑、起きてたんだね」
 俺はいった。テーブルのキーボードに指をおき、周囲にいくつもウィンドウを浮かべて作業をしていた彼は、こちらを見てうなずいた。なかなか暑くならない未来北海道の七月にしびれをきらして、家ではアロハシャツと短パンですごしている彼だった。
「仕事か」と、俺はショーツのうえからパジャマズボンをはきながら問う。
「もう終わる」と、彼は眼鏡をはずして目をこすった。
 この人となにかいっしょに飲みたいという気持ちが起こり、俺はキッチンに立って湯を沸かし、彼のすきな紅茶の茶葉の缶をつかんだ。アイスティーを二杯作って、ひとつにト音記号の形のストローをさして彼に持っていく。
「みど君、おつかれさま」
 と、キーボードのわきにレースのコースターを敷いてグラスをのせると、むずかしい表情をしていた緑ははっとしたようにおもてをあげた。そして、「……デジャヴだ」という。
「え?」
「まえにもこんなふうに夜、おれが仕事してたらおまえがアイスティーを持ってきてくれたことがあった、感じがする」
「仕事ちゅうのおまえにアイスティーを運んだことくらい何度もあるでしょう」
「いや、この部屋で、暑くねえのにアロハ着てるときに」
 俺たちがこの家に引っ越してきてまだ二回めの夏だ。彼のいう状況はいまが初めてかもしれなかった。
「そりゃふしぎね」
「うまい」
 と、彼はト音記号を何度もピュルピュルと赤い色にして飲んだ。俺はストローなしで飲んだ。
 ドライヤーで髪を乾かす俺をソファーから眺めている彼と目があう。耳もとの筒を大量の空気が通過するのを感じながら、しばらく温風の中で彼と見つめあっていた。そして、俺がハンドルのスイッチを切るのを待っていたように、「楯、散歩に行こう」と、彼はいった。

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雪舟えま!

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日々のよろこびに使います💗🤗💗

🦐🦐🦐わーいわーい🦐🦐🦐
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雪舟えま!

ひとくち小説集

甘くめでたい短篇・ショートショートです。

コメント2件

みどたてワールドに包まれている週末です。
ふたりを知って、雪舟さんのことばに触れて
わたしの幸せ感知アンテナが増設されてるみたいです☆彡
みどたてと週末を過ごしてくださってありがとうございます! アンテナ増設よかった、笑。私も彼らのお話だけを書くようになって、ほんとうに楽になりましたよ〜🍑
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