再生服の夜


 こんばんは、場面耕太郎です。

 アパートの脇に、ごみ捨て用のネットボックスがあって、大家さんがまえの晩から組み立てて置いておいてくれるので、夜のうちに捨てられるので助かります。となりのアパートは、回収当日の朝にならないとごみを出しちゃいけないってルールが厳格で、違反しているごみは住人を特定するブツを中から探しだしてさらす主義みたいで、そこに住んでたらたいへんだったなーと、毎回思ってしまう。

 この日も中野ブロードAの仕事から帰って、もう明けがたに近い時間、おれととりふ丸はごみを捨てに部屋を出ました。ごみはいつも、大きさや量にかぎらずふたりで出しにいきます。おおいときはふたりで行くのもわかりますが、すくないときもとりふ丸はついてくるんです。「一個だからいいよ」というと、「ふたりで出したごみだからふたりで捨てるんだ」といっていました。こんやも、洗い髪がまだ乾いていないというのについてきました。

 おれの手には、可燃ごみの四十五リットルのふくろひとつ。とちゅうでとりふ丸がもとうとしたので、「だいじょうぶよ」というと、「そう?」というように、へらっと笑いました。

 買いものに行っても、とりふ丸はまず自分で荷物をもてるだけもとうとする人で、おれがもつと、すぐに交代しようとします。夫婦になってもまだ遠慮しているのか、とにかく人に甘えたり任せたりするのが苦手みたいです。「重いものはおれがもつからいいんだよ」というと、「もちたいんだ」といっていました。

 月を透かしながらぐんぐん動く雲を見あげて、ことしの後半はあまり余裕がなかったなあと気づきました。職場の古書店の、気楽なバイト店員だったころは、閉店ごの深夜に近所を散歩するのがすきだったのですが、店長になってからは忙しさにかまけているうちにすっかり冬でした。この相棒とりふ丸と、もっとあちこち行きたいんですけど。

 それにしても、こんやの木枯らしの冷たさよ。おれはわりと寒いところ出身ですが、あまり寒さに強くありません。サンダルの中の、ルームソックスの中の、五本指靴下の中の指が縮こまっています。

 おれはパジャマにトレーナーを重ね着し、首にはしっかりマフラーを巻いていました。首は守ります。まえに、ゆっくり歩いても往復一分の距離だからと甘くみて、肌寒い夜に首をむきだしでごみを捨てたら、帰り道にかぜをひいたからです。おれははじめて、自分がかぜをひく瞬間というのを自覚しましたよ。スウッと、空気といっしょにへんなものが入ってくるんですね、あれは。一瞬あればじゅうぶんでした。こんやのとりふ丸は、たぶん素肌のうえにくたくたの再生プラスチック上下だけという薄着で、裸足に下駄ばきです。

 彼女はどこで生まれ育ったのか不明ですが、暑さにも寒さにも不満をいうのを聞いたことがありません。というか、彼女がなにかに文句をいうことじたい、あまり聞かないのですが。やたらとがまんが利くせいで、虫歯もほんとうにひどくなるまで放っておいていましたし。忍耐強すぎるというのもよしあしだと思いますね。

「耕太郎さん」

 声がして、ふりむくととりふ丸がネットボックスの前に立って、おれを呼びとめたのでした。物思いしながら歩いていたら、通りすぎてしまっていた。

「おおう」

 ネットボックスにごみを入れてふたをとじると、キシンと冷たい音がしました。ふたたび無言でふたりとも歩きだします。

 とりふ丸の着ている再生プラスチック服は、先日、洗って干したのをたたむとき、ずいぶん布地が薄くなっていることに気づいていました。再生服は洗濯で痩せやすいんだな、毎シーズン買い替える消耗品か、そうか、と納得しながら、おれはたたんだのでした。

 小さいころに祖父がいっていたのですが、再生プラスチックの衣料品が出はじめのころ、祖父がそうとは知らずに着ていた、軽くてフワフワで暖かい新素材服が、ペットボトルから作ったものだというのでおどろいたそうです。当時はとても燃えやすいものだった、たばこの火が燃え移ってやけどをした人がいたとも聞かされました。いまは燃えにくい素材になって、あぶないものなんか売ってないんですが。

 子どものころに植えつけられたそのイメージが強くて、おれはいまも再生服を着ている人を見ると、一瞬、その人が炎に包まれる情景が目に浮かんでしまいます。それはふしぎに妖しく、美しい光景です。

 人が炎を身にまとって歩く日も来るのかもしれないなあ。すでに現代のおれたちは、古代の人たちからは、流れる水や油、虹のような光を着ているように見えるかもしれませんから。

 ごみ捨て場から部屋までの、数十メートルの道。おれはとりふ丸の肩に手をまわして、彼女もおれの腰に腕をまわして、向かい風の中を歩きました。うすい再生服越しの彼女の肩は、なんて熱いんだろうか。来年はまた散歩もしよう、といおうとしたとき、街灯に照らされたとりふ丸の顔が、ひどくなつかしいものに見えて、いつの記憶だろうと思ってその顔を見つめました。

 とりふ丸は、故郷の星で毎日眺めていた遠くの山のようにしっかりとなつかしい。その星では、山は心をもっていて、おれが悲しかったり寂しかったりして入っていくと、だまって優しくなぐさめてくれる。そんな安心感をくれる魂が、こわれやすい体をもつ小さな人間として表現されている、この地球では。そんなことを想像すると胸がはりさけそうになります。

 玄関のドアをあけるとき、やはり寒かったのでしょう、とりふ丸が「へびし」とくしゃみをして、ちょっと恥ずかしそうにしていました。

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