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イスラエルがガザでやらかしてしまった200年の歴史の再生


2023年12月1日 newleader

西欧に対しては何をやっても

 「さて今日、二十一世紀の前夜においても、アラブ世界の政治的・宗教的指導者は、相変わらずサラディンやエルサレム陥落およびその奪回を引き合いに出す。イスラエルは、一般大衆の受け取り方においても、またある種の公開演説においても、新たな十字軍国家とされてしまっている。……中東のアラブは西洋のなかにいつも天敵を見ているということだ。

 このような敵に対しては、あらゆる敵対行為が、政治的、軍事的、あるいは石油戦略的であろうと、正当な報復となる。そして疑いもなく、この両世界の分裂は十字軍にさかのぼり、アラブは今日でもなお意識の底で、これを一種の強姦のように受けとめている」。

 レバノンのジャーナリスト、アミン・マアルーフが1983年に刊行した「アラブが見た十字軍」(牟田口義郎・新川雅子訳)の最終章の中の記述です。世界はこの意識が歴史ではなく生きたものとして再生し続けている様を、今、目の前で見せつけられています。

「The New Middle East」よりも

 9月22日、ニューヨークの国連総会での一般討議演説でイスラエルのネタニヤフ首相は、サウジアラビアとの歴史的な和平という突破口の一歩手前にいると信じている、とアメリカの肝煎りで進んでいる「歴史的」な宥和を誇らしげに語りました。さらに、アラビア半島とイスラエルを横断してインドからヨーロッパをつなぐ経済回廊構想に触れ、イスラエルとアラブ穏健派諸国を他と色分けし「The New Middle East」とタイトルをつけた地図を手に持ち、自ら赤ペンでインド洋から地中海への矢印を描き、イスラエルはこれら大陸間の和平と繁栄の架け橋になれると語ったのです。

 世界を振り回し続けた中東の対立の一半を占めるイスラエルとパレスティナの後ろ盾・アラブ穏健派諸国との平和共存となれば、世界中の多くに期待を抱かせる大団円です。しかし、そうとは思えない人々がいました。この地図のイスラエル部分には、実にご丁寧なことにヨルダン川西岸地区とガザ地区のパレスチナ自治区が描かれていなかったのです。

 ガザ地区を支配するパレスチナ内の政治勢力ハマスの軍事部門がイスラエル領内で突如大規模テロを実施したのは、このわずか15日後の10月7日のことでした。ハマスは、全く無警戒だったイスラエルに数千発のロケット弾を撃ち込み、さらに、ガザ地区に隣接するイスラエル領内に戦闘員が侵入し、多数の民間人を殺害、拉致。イスラエル軍は直ちに反撃しガザ地区を空爆、さらに地上戦に入ってガザ北部を南部から切り離し、ハマスの戦闘部隊の掃討に入りました。

 ハマスの戦闘部隊は、地下深くの壕に籠もっており、イスラエルの空爆は、地上に住む一般住民に対する無差別攻撃に。病院や学校、集合住宅なども連日爆撃。多くの住民が被災する姿がメディアを通して世界中に流れ、イスラエルへの非難が満ちあふれることになりました。

「200年の歴史」の方が

 2022年12月に発足したネタニヤフ政権は、原理主義的ともいえる極右派諸政党を取り込み脆弱な政治的基盤を補強することで成立しており、入閣した極右政党党首たちは次々とパレスチナ占領地でのこれまでの取り決めを踏みにじる発言や政策を強行、イスラエル、パレスチナの分離共存という「2国家解決」を頭から否定していました。その政権が打ち出す「The New Middle East」はパレスチナにとって居場所がない新体制なのです。

 こうなるとハマスのテロの意図は鮮明になります。反発や抵抗などという微温的な次元ではありません。これだけ強烈なテロ攻撃を受けたらどう反応するか容易に予想出来るでしょう。まして「極右政権」です。当然、見境のない報復です。そしてイスラエルは注文通り、地下深くのハマス戦闘員を攻撃するといいつつ地上に住む一般住民の大量虐殺を続けています。

 ハマスが行ったことは、自国民を犠牲にした文字通りの「自爆」テロです。

 かつて第2次世界大戦でナチスが、ポーランドでのゲットー蜂起、ワルシャワ蜂起に対し、住民もろとも、地下水道に逃げ込んだ者たちまで徹底殲滅した姿を想起させます。この姿を世界に見せたことで、イスラエルは国際社会の支持を失い、アラブ穏健派諸国もムスリム世界での立場を失いかけました。つまり「The New Middle East」潰しには成功したわけです。

 ハマスの「自爆テロ」はもっと本質的な打撃をイスラエルに与えたのかもしれません。

 実は今回の件で、政府のある中東ウォッチャーが親しいパレスチナ人たちの世界観を紹介し「100年、200年のタームで考えている」と警鐘を鳴らしてくれました。

 100年、200年、何のことでしょう。実は、第1次十字軍による最初の中東侵略であり残虐行為であるアンティオキア虐殺が1098年。そして、十字軍勢力を中東地域から完全に駆逐することに成功したマムルークによるアッカの攻略が1291年。「200年」とはこの歴史を意味しています。

 どうもネタニヤフ政権はこの歴史を再生してしまったのかもしれません。


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