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よろしくたのむと彼は言った

田辺マモル
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並んで立ちションをした仲じゃないか
お金か何かで困っているのなら
何でも言ってくれてかまわないと
おそるおそる彼にたずねてみた

彼が打ち明けたのはお金のことじゃなく
仕事でもなく病気のからだのことだった
もしかしたらこの一杯が
最後の酒になるかもと彼は言った

からだの心配はしても
しかたがない 心配なのは
あとに残す息子と妻のことだ
二人を守ってやれないことだ

よろしくたのむと
よろしくたのむと彼は言った
言われて僕はわかったと言った
瞳の奥に静かな海が見えた

何度足を運んだだろう 彼の病室へ
そこにはいつも奥さんと息子くんがいた
薬品の匂いの憂鬱さを
吹きとばすほどあたたかい団らんがあった

僕には手に入れられなかった
幸せを彼は手にしている
それが命と引き換えなのだとしたら
人生はなんて残酷なのだろう

よろしくたのむと
よろしくたのむと言われて僕に
彼の魂が入ってきた気がした
彼の瞳で妻と子をながめていた

よろしくたのむと言われても
どうすればいいのかと聞くと
大丈夫 俺が導くから
何も考えずにいればいいと

よろしくたのむと
よろしくたのむと彼は言った
言われて僕はわかったと言った
僕のからだで妻と子を彼は見ていた
僕のからだで妻と子をながめている

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