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《迎春、香.》

 紅白なます、海老、数の子、昆布巻き、お煮しめ、八頭、栗きんとん、花豆、黒豆。大晦日までにこれらをつくり揃え、いざ元旦。のこすお雑煮をコトコトと炊くだけとなった年明けの朝です。

 お正月なので抜かりなく!と思いながらも、何かを忘れる。これを今回もしでかしたわけですが、案外そのことが大切なことを想い出させてくれたようでした。


 わが家のお雑煮のオールスターは、大根、白菜、金時人参(お花型)、青菜(今年は菜の花)、百合根、油揚げ、寿のなると。祖母が高齢のため、お餅はなしです。

 前日からお水にひたしておいた鰹節と昆布のお出汁。これで煮ると、先ほどのお野菜が甘く優しくなってまいります。お雑煮用の蓋つきの器に盛れば出来上がり。せっかくお花型に抜いた紅いにんじんを昨年は底のほうに沈めてしまった反省をいかし、最後になるとの横へと並べました。



 「明けましておめでとうございます。」

 祖母に慣れない敬語で挨拶をしてから、元日の食事が始まります。お雑煮の蓋をあけると、無事に「寿」の文字をお花が囲んでいて一安心。ところが食べ進める中で、何か物足りなさを感じるのです。

 「!!!」柚子の皮でした。小さく切って準備しておいたのに、入れ忘れているではありませんか。食べている途中ではありますが、慌ててその黄色のかけらをみんなの器にポンポン投げ入れます。(失礼。)

 これが、温かなお汁にひたるといい香りがしてくるのです。さわやかで、清らかで、お上品なそれが鼻をとおる心地よさといったら。「あー、これこれ!祖母のお雑煮だぁ。」と顔がゆるみます。そして、一気に遠い記憶がよみがえってきました。



 幼い頃から祖母の家で過ごしていたお正月。食卓いっぱいに手づくりのお節を並べてくれていたのは祖母でした。もちろんお雑煮も。中学生くらいまでは、田舎から送られてきたお米のつぶつぶののこるお餅が入っていたこと、そのお餅をわたしの器には一番大きなものを入れてくれていたこと、好きだと言った百合根もたっぷり装ってくれていたこと、そして蓋を開けた瞬間に柚子の香りがふわっと広がったこと。奥底に染みついていたお正月の想い出が体中をかけ巡りました。


 祖母のお正月の味を継ぎたくて、四年前から始めたお節づくり。クリスマスの日から少しずつ食材を買い揃え、大晦日に9品を完成させる。ほんとうはもっと早くから始めたらよいのでしょうが、祖母のお出汁をきかせた薄味をもたせるには、やはり前日にまとめてつくるのがいいようなのです。

 今年は四度目のこともあり、事前に包丁を包丁研ぎに出していたこともあり、今まででになくスムーズにお節づくりが進んだように思います。盛り付けには、庭の南天の葉を飾ることも忘れませんでした。


 それなのに、入れ忘れてしまった柚子の皮。レンコンの穴ほどの小さなそれは切ってのせるだけというとても簡単な工程しか必要ないのに。

 ところが、このささやかな失態のおかげで、あのすこやかな香りが祖母の味の大きな部分を占めていたことを、わたしの中につよく印象づけたのでした。


 家族そろって、こうして家でお正月を迎えられること。これがどんなに有難いことか、痛感した令和六年の始まり。祖母が授けてくれた柚子香るお正月料理のあることが、そこへそっとぬくもりを加えていることにも気づかされたのです。静かな歓びが心身の芯にまで響き渡った年始めでした。



✴︎


皆さま、明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いいたします

そして、この度の震災の被害にあわれました皆さま
ご家族の皆さまにお見舞いを申し上げます

一日も早く平穏な日々が戻りますことを
心よりお祈りいたします


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