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昨日の夢

きのうは、どうにも体調がすぐれなかった。

泉鏡花の龍潭譚という作品を、少し読んでは寝て、起きて、また少し読んで寝る。
そんなことを繰り返していた。

この龍潭譚。
小生には特別な物語である。
そのゆえは特に語らないが、ひとつ、小生の根っこの太い部分にあたると思っている。

それを頭痛と寝疲れで気だるい、もうなんだか全てが疎ましくなった気分でもって、読んで寝て読んで寝て、茶をごくごくやって、また読んで寝てと、どうにも苦しい休日であった。

そうこうしていると。
うつら、うつら。
めずらしく夢を見た。
さいきんは、めっきり見ることもなかったが、あるいは見たというのは分かるが、その内容はこれっぽっちも思い出せないといった具合。

今回のがまた、なかなか幻想的だった。

小生は、晴れの日が苦手である。
どうしたってどうにも騒がしく、忙しなく感じてしまい、鬱々苛々として楽しまない。どうも良い天気とは言えない、そんな具合である。
もちろん常にそうというわけでもなく、春の陽気は、おそらくは人並みに心地よく、あまい匂いと生命の芽吹き、おっとりとした活動にうとうとと微睡むこともある。夏には神社参りがよい。それも森の中みたいなところに、うっそりとして建つ村の小さな社が良い。木漏れ日と、木々、葉の隙間をすり抜ける風に、せみしぐれのこだま。

なんとも、ため息が出るほど美しい。

だが、晴れの日は苦手だ。
やっかいな人間である。
ト、その夢では好ましい陽気だった。騒がしい感じも、忙しない感じもなくて、ただ忘れ去られたように、のんきな娘のようにおっとりだった。

小生は畳にごろんと寝ていた。
だれか知らないが、奥方様が、これまたおっとりとして、周囲をゆっくりとさせるような手つきで湯呑みを出してくれて「あなたはどうなさるの?」と、小生にそう訊く。小生は枯山水の庭をぼうっとして眺めながら「それをじっと考えている」と応えた。奥方様は小さくお笑いになった。ト、すうっと齢二十歳ほどのお嬢さんが、庭の松をちょっと見上げて、そのまま動かない。

「おや、なにをしてるんだろうね。奥方様、あれはどこの娘さん? あなたの?」と訊けば「迷子なの」と返ってきたので「ちょっとこっちへ呼んでみようか。話をしてみようか」とこぼすと「やめておあげ、怖がりなの。もう口も利けなくなったのよ」奥方様が悲しんだようだった。

それから小鳥のさえずりを聞きながら、小生と奥方様は屋敷の中から、松の木を見上げるお嬢さんをぼんやりと眺めていた。のそりと起き上がって、上等な座卓机の上にちょんと置かれた湯呑みをありがたくちょうだいして、ぬるくなった茶をすすりながら「なんだか、わびしいね」と、小生がそう言った矢先、すずめが五、六羽ほどお嬢さんへワッとたかって、きれいに整ってまっすぐに背中へ流れていた黒髪と、お嬢さんのかわいらしい丸い頭が嵐に吹き乱されたようになって……。

そこで夢は終わった。
寝過ぎて背中が痛かった。
頭痛も相変わらずだった。

それだけである。

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