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公演のお礼の続き(翻訳と試演会の話。長文だけどちゃんと書きたい)

前回の続き
上演許可の申請しながら、並行して翻訳の作業も進めていました。
手代木さん(まりちゃん)は翻訳家として他の翻訳のお仕事もあるなか時間を割いて作業してくださいました。

今回上演するにあたり、新訳にしたいと思ったのは、私自身が翻訳が苦手だったからです。
言葉が硬いことで意味が取りにくいし、言葉に縛り付けられ過ぎていると思っていたから。

だからこの作品を上演するにあたっては、こんなオーダーをしていました。

  • 平易な、今の私たちが使っている言葉になるべく近づける

  • 「だわ」など、年齢や性別を特定するような言葉の使用は極力減らしたい

かなり大変なオーダーをしたと思います。
まず、誰が話しているかを明確にするために、キャラクターを特定する要素として性別や年齢を特徴づける語尾は必要だったりすることは、これまできっと大切にされてきた1つの翻訳のシステムなんだと思います(あくまで推察)

でもそれは演じ手からすると、選択肢を絞り、固定観念での芝居やキャラクターづくりになってしまいがちにする要素だったりします。

「多様性」や「他者を排除しようとする人間の本質」をテーマとして作品をつくるならば、あえて語尾などで性差や年齢を出さないことがより本質に近づけるのではないかと思いました。

まりちゃんが翻訳してくれたものを読みながら、自分でも原文と照らし合わせて、耳で意味が取りにくいものや、文字に起こしてスッと入ってきにくいものを2人で改善したり修正していく作業を何度も繰り返しました。

その過程で、翻訳することの難しさを知りました。
まず、文化的下地がないと理解できない言い回しが随所にあり、それを日本語にするとなにを言いたいかがわからなくなってしまう問題。

次に英単語の持つ特徴と日本語の持つ特徴が異なる問題。
例えば、単語の意味を重ね合わせていることで面白みがあるのが日本語にすると別の単語を使っているように感じること(双方が"sorry"を使うことで面白みが出ている:I'm sorry を片方はごめんなさいという意味で使い、もう一方は残念だよの意味で使っている)
英語特有の音のリズムがあって、原文だとテンポがいいけど日本語にするともったりしてしまうこと
このあたりは、私も英語をそれなりに学んで来たからこそ歯がゆく、ましてやまりちゃんにとっても、もっと良い表現があるはずだ!と腕の見せどころで、何度も練ってふたりが英語の面白さを残した訳になった!と思えるまで粘りました。

リーディング終わった後「訳がとてもよかった」というお声をいただけたのは、ふたりして時間をかけて、納得行くまで詰めることができたからだと思います。

作業していく中で、まりちゃんのこだわりにたくさん触れることができたのは一友人としてこれまで見れてこなかった姿なのでとても嬉しい出来事でした。

そして試演会。
そもそも試演会をやりたいと思いつつ、どうやったらこの作品を知ってもらえて、しかも無名の私が開催するワークショップに来てもらえるだろうか・・・
というかリーディングと本公演やりながら試演会できるのか?
中身は?
やりたいことと現実をどう繋げていくの?
どこから手をつけていい?
というかそもそもやるべきなのか?

一人ユニットなので、2023年3月の時点で割りと自分一人で考えるのが限界になってきていて、無理だ、今回は試演会は諦めようと思っていました。

そんなとき、リーディングの会場下見を一緒にしてくれた稽古場進行の前原さん(前ちゃん)が
「まなみがやりたいことはなに?」
「やりたいなら、それを実現する方法を一緒に考えよう」
って言ってくれました。

ほんとこの人の懐の深さというか、器の大きさはとんでもなくて・・・(今振り返ってもこの日はかなりのハイライト)
前ちゃんのこの一言に救われて、その場でどう募集して、どういう内容でやって、こういうことなら実現していけるかも!をばーっとまとめました。
祖師谷大蔵の大戸屋で定食食べて、コーヒー飲んでデザート行って、またコーヒー行って、さらにコーヒー行ってを繰り返して、閉店間際まで顔を突き合わせて話し合いました。

もう無理って諦めかけてたのに、この数時間で一気にいろんな道が整って。
もともととても頼りにしていたけど、ますます前ちゃんの存在の大きさに支えられました。

試演会は、とてもいい意味で気楽な空間でした。
12人全員が個性的で、その人達から繰り出される言葉や言動が美しくて、しかも全員が他の人達を尊重して助け合っていて、20歳〜84歳までが、この作品のテーマについて本音を隠すことなく話し合っている姿は、私が試演会を通して見たかった姿であり、信じられない美しさでした。

みなさんが意欲的なので、公演に向けて求めていくことが多くなってしまったことは自分の中での大きな反省です。
自由をどこかで奪ってしまったり、参加状況で満足に練習できない中、もっとこうだと良いを求めてしまったり、向き合い切れないところもあって、ファシリテーターとしての反省が今でもちくりと体に残っています。

ただ、メンバーのみなさんの結束力が強いことがなにより素晴らしく、しかも台本を形にしていく中で、個性が光りまくっている姿を何度も見れたことは、今後の演劇人生において得難い体験をさせていただきました。
本公演のメンバーにお披露目した日なんかは、もうこれ以上ないほどみなさん豊かで、メンバーに大いなる刺激になる瞬間の連続でした。

いきなりですけど、私の中での最上級の言葉って「動物みたい」なんです。
動物って自分の欲求に対して非常に敏感で、欲求を叶えるために全力だと思っていて、動物のように芝居できたり、その場にいれる人ってめちゃくちゃ目を引くんですね。

試演会のメンバーは全員が動物でした。
ライオンもキリンもウミガメもチーターもうさぎも、ほんといろんな種類の動物が自分を使ってそこにいる。

試演会メンバーにどれだけ感謝を伝えられたかわからないですが、この3ヶ月みなさんとともにできたことは圧倒的に幸せでした。

家で試演会メンバーの素晴らしさについて熱弁するくらい、みなさんに会える時間が好きで、嬉しかったです。

あるひとりの参加者の方が、これまで自分のことを「こうだ」と捉えていたけど、そうでない自分だということがわかった。これからは自分を愛していけるように生きていきたいと仰っていただけたことは、あーこの試演会がその人にとってとても大きいものだったのだと思いました。

今みなさんがどんな生活をされているかわかりませんが、いつかまた会って、みなさんが輝いている姿を見たいです。

振り返っている今になって、懐かしさとぬくもりが自分を襲ってきます。
どれだけ楽しかったのか。しあわせな時間を過ごさせてもらったのか。

盛りだくさんだったけど、こうして多くの幸せがあって、どこまでもやってよかったなと思っています。

本公演の話はまた次回。

お礼より、自分の思い出しが多いですが、全員の顔を思い出してありがとうと心から思っています。

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