『シシリアン・ゴースト・ストーリー』

本日22日公開初日だった『シシリアン・ゴースト・ストーリー』をシネマカリテに観に行く。予告編が非常に幻想的でありながら、文学的な感じがして気になっていた。

また、『週刊ポスト』12月20日発売号に掲載されている「予告編妄想かわら版」で『シシリアン・ゴースト・ストーリー』を取り上げました。以下に原稿を添付します。


 一九九三年シチリアの小さな村を舞台にした『シシリアン・ゴーストストーリー』(12月22日)。この作品は実際に起きた誘拐事件をベースにしたもののようです。13歳の少年ジュゼッペがある日、姿を消した。彼に想いを寄せていた少女ルナ。彼のことを「マフィアの息子だから誘拐された」というクラスメートをビンタするルナや、「出してくれ!」と薄暗い部屋で叫んでいる彼の姿を予告編で見ることができます。
 ジュゼッペを探すビラを配るルナと友人の髪は気づけば青色に染まっています。「もう帰れないかも」と彼が手紙を書いているボールペンも青色です。少年と少女が水の中で出会うシーンもあり、「青さ」がこの作品のベースなのかもしれません。
 ここからは妄想です。少年はおそらく殺されてしまうでしょう。だからこそ、少女の「せめて夢の中であなたを助けたい」という台詞が物悲しく響くのではないでしょうか。さきほども書いた水の中のシーンは「青春」やエモーショナルな感じもしますが、どこかあの世とこの世の境界のような雰囲気があります。彼女はきっと、肉体を失って魂だけが彷徨っている彼を救いたいと願ったのでしょう。彼女によって、彼の魂はきっと向こう側にいけるはずです。こんな寓話のような物語にはなにか救いがあってほしいです。


と予告編だけを観て物語を妄想する原稿を書いたのですが、この『シシリアン・ゴースト・ストーリー』はルナのジュゼッペに対する想いと助けたいという気持ちがどこかファンタジーのような感じの世界で展開されてもいるのですが、全体的にトーンはダークなものでした。

馬や犬、冒頭近くでルナの足を舐めるあの動物はリスでもないし、もっと大きめのなんていう動物かわかりませんが出てきます。また、最初と最後に出てくるのはフクロウ(あるいはミミズク)であり、なにかのメタファなのでしょう。フクロウは智慧の象徴みたいなものでもあるはずなのですが。北欧系の映画とかには動物がよく出てくる感じがします。たぶん、動物が身近なということもあるとは思いますが、やはりメタファというのが物語として組み込まれているように思えます。

最近だと『心と体と』もそういうものを感じました。タイトルに動物や生き物がというのもあります。ヨルゴス・ ランティモス監督『ロブスター』『聖なる鹿殺し』なんかが浮かびます。僕はこういうメタファがあるものも好きですが、これらに共通しているのはどこか文学的なモチーフがあることです。


『シシリアン・ゴースト・ストーリー』は実際に起きた誘拐事件を元に作られていますが、主人公のルナの視線によって物語はどこか連れ去られてしまった少年と会えない少女の行動と思いによって、場所的にも離れている二人がまるで夢の中で会うように、彼女が救いに行くような構造もあります。レイヤーがいくつかあります。霊体のようなジュゼッペと手を繋いでも囚われていた部屋から森に逃げ出すのは、神話でよくあるあの世から恋人や妻を連れ出そうとするのにかぶりました。イザナミとイザナギのような、しかし、あの世とこの世では肉体を持つものと持たないものは長くは一緒にはどうしてもいられない。


また、作中では解決しませんがルナの母親はどう考えても精神的に病んでるかヤバイ状態になっています。毒母というのか、彼女の呪縛は間違いなくルナがジュゼッペを求める一因にはなったはずです。ルナが部屋の壁に書いていた絵、そして最後にはルナとジュゼッペは絵の世界では一緒であったりと世界がいくつか重なっていることで物語が多層的になっている。実際、現実に起きた出来事とこの映画というフィクションという二層ではなく、間にいくつか挟まれている感じです。


お客さんは年齢層も幅広く男女も大きく乖離していないようでした。どういう層に届いているのかちょっとわからない。ただ、『ロブスター』とか好きな人は観に行ってもきっと好きな作品だと思います。


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