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『シスターフッド』

西原孝至監督『シスターフッド』を観に渋谷のアップリンクへ。一ヶ月前に映画美学校での試写会を観させてもらっていたので映画を観るのは2回目だった。あいにくの雨だったが、1回目の上映後に西原監督と作品に出演した兎丸愛美さんとBOMIさんのトークイベントもあったし、3月3日といえばひな祭りの日であり、今作『シスターフッド』を観るにはとてもいい日なのかもしれないと映画館へ。

試写会の時に観た感想から大きく変わっている点はあまりないのだが、トークイベントを聞いていて、完全に勘違いしている部分があったことに気づいた。劇映画パートで兎丸さんと友達の金髪の美帆を演じている遠藤新菜さんって、最初のLGBTパレードとかに見に行っていて自撮りしたりしていた女の子と同一人物だとなぜか思っていなかった。トークの中で撮影が4年ぐらいあって、遠藤さん急に金髪になっていてみたいな話があって、ああ、そうかずっと勘違いして観ていたと理解した。でも、LGBTのこともフェミニズムのことだったり、ドキュメンタリー作家の授業を取っているんだから、彼女は社会問題なんかに興味や関心が強いのはずっと一貫しているのに。途中の元カレとのパートの表情と金髪になってからの表情もだいぶ違うと勝手に感じていたのか、同一人物に見えなかった。

西原監督へ質問でカラーではなくモノクロで上映していることが挙げられていて、昨日の初日にもあったみたいで、答えられていた。昨日の質問者の人が男だから女だからこの色って決めつけないという意味でモノクロなんだと思ったみたいな話が出ていて、その意味の取り方はすごくいいもののように聞いていて思えた。

韓国では男女の対立を煽っていると言われたり、フェミニズム嫌いが怒り狂っているが百万部を越えて映画化も決まった『82年生まれ、キム・ジヨン』という小説がある。この小説は日本でも話題になっているが、韓国で論争や対立が起きるような受け取られ方はしていない。日本と韓国では近くても遠いと感じられる男女間の問題が違うということもある。『82年生まれ、キム・ジヨン』って解説にも書かれているんだけど、主人公のキム・ジヨンの夫以外の男性には名前がない。女性は少ししか出てこない人物でも名前が絶対につけられている。父は父で、会所の上司であろうが大学の先輩であろうが、名前はない。ただ、韓国の小説で韓国が舞台のものが日本語で訳されているのを読んでもあまり違和感は強くない。下手したら気づかない。ただ、当事者である韓国の男性にはひどくこたえるし、怒りが沸く要因になっている。これは隣の国の小説を日本語に訳して読むことで一枚薄いベールだったり見えているけどガラスが間にあるような感覚だ。軍隊がある国とない国では当然ながら男らしさや責任の問題や意識、男が損しているという感覚はまったく違う。だからこそ、日本の男性読者は怒らないし、読むと普段から知らずに男尊女卑のようなことをしているのかも、申し訳ないという気持ちになる人が多いのだろう。

この『82年生まれ、キム・ジヨン』という韓国の小説を日本語訳で読むということと、『シスターフッド』がモノクロで上映されていることはどこか通じているように思う。カラーだったらもっと生々しいものになっていたはずだ。

兎丸さんのヌードの撮影シーンだったり、ヌード写真なんかもモノクロで色が剥奪されていることでどこかフラットな気持ちで見ることができる。それは写真集やインスタグラムでもいいのだけど、兎丸さんのヌードの画像を見る時に感じるものもいい意味で抜け落ちていく。ただ、芸術的なものや性的なものを喚起させるだとかそういうものがないといえないけど、モノクロで薄れるからただそこに彼女が写っている、存在しているということとして見れる。

出演している他の女性の出演者の人たちもドキュメンタリーパートであろうが、劇映画パートであろうが、ただ存在している、生きているというのが観客に伝わってくることはこの映画をものすごく届くものにしていると感じた。

今週の3月8日は「全世界女性デー」でもある。『シスターフッド』やさきほどの『82年生まれ、キム・ジヨン』だったり、公開中の『金子文子と朴烈』など日本でもフェミニズムに関する作品が観たり読んだりできるし、男女平等について考えるきっかけになる作品が共感を読んでいる。

生きづらさを抱える人たちの声はそれを邪魔だとする大きな力や大きな声でいつも潰されてしまう。もっとやさしい世界であればいいな、と思うことやそのことを声に出すことがもっとゆるやかにひろく繋がって広がっていけば、いい世界になるんじゃないかなって思う。だけど、世界は逆にどんどん弱いものいじめをするような、余裕のないものになっていっているように思う。そういうのは嫌なんで拒否していきたいし、自分も考えて行動したり、言葉にしていかないとそういうものに取り込まれてしまうし、なりたくないものに同化してしまうのだけはお断り。

いつもは無理だけど、できるだけやさしい人でいたいんですよね。せめて自分の周りの人が幸せであれば、そしてそれが波状効果じゃないけど連鎖していくような。だから、やっぱり思考停止させようとするものにはいつだってNO!って言い続けないとダメだし、時代の変化と共に当たり前だったものが当たり前でなくなっていく際に、自分はどう思うのかっていうことを身近な人と話をするのも大事だし、考えていかないと思考停止する。難しいこともあるだろうけど。

こういう時代になってくるとなんか男性として発言しづらいって言っちゃったこともあるけど、そうじゃなかった。そこは自分の意見とかをアップデートしていればいいし、きちんと自分以外の人の立場にはなれないけど想像するなりなんなりはできる。そうしていれば、クソ野郎にはならなくてすむし、みんながもうちょっと余裕のある笑っていける世界が広がってくんじゃないかなってトークイベントを聞いて思ったりした。

アップリンク渋谷で兎丸愛美×豊嶋希沙『シスターフッド』記念写真展『お前の助けなんかいらない』も展示中。

トークイベント後に兎丸さんにご挨拶。2年前にメルマ旬報編集の原カントくんさんと一緒に神保町画廊で開催された写真展以来だったけど、元気そうでよかった。普段からカメラで撮られているというのもあって、観られること撮られることの意識が長けているし慣れているのもあって演技がすごい自然に見えるから、これからもっと女優さんの仕事増えていくんだろうな。自分でも写真や作品をどんどん撮るようになっていて、また写真に少し戻ってきてるとも言われているのでそちらもたのしみ。

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碇本学

82年早生まれ。ライターときどき「monokaki」編集スタッフ。 「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」連載中。「PLANETS」メルマガで「ユートピアの終焉 あだち充と戦後日本の青春」連載中。
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