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42 天七のセンターフォワード

 北千住は高校時代から馴染みのある町だが、酒飲みになってからはますます足を運ぶことが多くなった。加賀屋もあるし、かぶら屋もあるが、せっかく北千住で降りたのなら、老舗の有名店にも行っておきたい。
 なかでも有名なところでは、明治10年に創業したという「大はし」。豆腐入りの牛煮込みが素晴らしくうまいので何度か利用しているが、16時半の開店と同時にすぐ満席になってしまう人気店なので、せっかく行っても入れないことが多い。
 同じく北千住の有名店では「千住の永見」もいい。ここは「千寿揚げ」という名物があって、簡単に言えばオリジナルのさつま揚げなんだけど、生姜がちょっと効き過ぎていて、ぼくの好みとはちょっと違う。ただ、平日でも15時からやっているのはありがたい。
 千住の永見の斜向かいにあるのが、大衆酒蔵「幸楽」。こちらはさらに早く、午前11時からやっている。そんな時間でもだいたい半分の席は埋まっているという人気店。ここはつまみがどれも安くてうまいけど、注目すべきは「幸楽ボール」だ。特製シロップ入りの酎ハイで、亀有「江戸っ子」の特製ハイボール、綾瀬「大松」のハイボールと並ぶ〈常磐線三大下町ボール〉のひとつ。常連さんはみんな「ボール」と呼んでいる。

 という感じで、北千住には数え切れないほどの酒場があり、名店だけを挙げていってもキリがないのだが、ぼくがとくに気に入ってるのは立ち飲み串カツの「天七」だ。
 関西から進出してきたわけじゃなく、北千住が本店でありながら、生キャベツは無料、ソース二度付け禁止、吸い殻は床へ捨てるという関西スタイルの串カツ屋は実は珍しいかもしれない。
 店内は大きなコの字カウンターになっており、呑兵衛のお客がそれを取り囲む。立ち飲みのいいところは、多少混んできても一人客ならちょっと詰めてもらえば入れてしまうことで、ここで入店を断られたことはない。
 ホッピーはないので、ぼくはいつも酎ハイを頼むが、酎ハイ専用の蛇口からジョッキにジュワーと注いでもらうのが嬉しい。あの蛇口、家にも欲しいな。
 串カツはどのメニューも2本ずつが基本。できれば1本ずつ頼めるとありがたいんだけど、まあそこは許容範囲。
 ぼくが天七のとくに好きなところは、店員さんたちの配置だ。
 まず、コの字の最前面にスキンヘッドの兄さんが陣取っており、入店してきたお客さんをどこへ案内するか捌いている。その立ち振る舞いから(おそらく店主ではないか?)と思っているのだが、本当のところはわからない。ぼくはこの人のことを密かに「天七のセンタフォーワード(FW)」と呼んでいる。
 その左右に店員さんが一人ずつ。これがミッドフィルダー(MF)。さらにその後方にまた一人ずついて、彼らはディフェンダー(DF)。まあ役割はみんな同じで、自分が担当するカウンターの前にいる約4人ほどの注文を聞き、揚がった串カツを出すだけなんだけど。
 で、最後がコの字カウンターの中央やや後方寄り(宇宙戦艦ヤマトでの沖田艦長の位置)にフライヤーがあり、そこにはいつも一人の揚げ担当がいる。この人がゴールキーパー(GK)だ。
 お客さんの注文はすべてこのGKに集約され、揚がったものをそれぞれのFW、MF、DFの5人が自分の客のところへ届ける。状況によって手が離せないときは、隣のポジションの選手がパスを出したりする。サッカーに全然詳しくないのに無理してサッカーに例えてみたけど、いつも天七で飲むときはそんなことを考えながらニヤニヤしている。
 天七は店員さんが皆、背中に丸に天の字が書かれた揃いのTシャツを着ていて、日によって色が違う。曜日ごとに決まってるのではないか? と思って、月曜は黒、水曜は黄、金曜は青……とか手帳にメモしてみたこともあるんだけど、同じ曜日でも色が違ったりしていて、とくに法則はないようだった。
 ちなみに、天七のセンタフォーワードはBar Issheeのマスターに似ているような気がしていて、そんなところもぼくが愛着を感じている理由かもしれない。

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