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24 消えたどぶろく家

東日本大震災のあった2011年から数年間、ぼくは漫画家のしりあがり寿さんが率いるボランティア部隊に参加して、何度か岩手県を訪問した。最初の頃は瓦礫撤去のお手伝いもしたが、メンバーの大半が漫画家で構成されているチームということで、トークイベントやサイン会、あるいは子供たちを集めてのお絵描き大会などを開催するのが主な目的だ。

参加メンバーは東京の他に、岩手や北海道からも集まってくる。そのため、各自が勝手に新幹線や飛行機を利用して、決められた時間までに盛岡の駅前に集合する。ぼくは松戸市在住なので、東京駅スタートではなく、いったん大宮へ出て、そこから東北新幹線で盛岡へ向かうのがいつものスタイルだった。

ある年のこと。せっかく盛岡まで行くなら、岩手県内のブックオフ巡りもしたいな、と思った。とはいえ、みんながボランティア活動をしている最中に自分だけ中抜けしてブックオフへ……というわけにはいかない。そこで、集合日の前日に前乗りしてブックオフを回ることにした。

この酒エッセイでブックオフのことを細々と書いてもしょうがないのでそこは省略するが、一ノ関駅で下車してレンタカーを借り、4軒のブックオフをまわってから盛岡へ向かった。翌日は集まってきたみんなと旅館に泊まることになっているが、この日は自分一人なので駅前のビジネスホテルをとった。

さて、夕飯はどうしよう? 考えるまでもない。ぼくは夜はご飯を食べずに酒を飲む。問題は、どこの酒場に行くか、だ。

事前にきっちり下調べしておく場合もあるが、このときはそれをせず、行き当たりばったりでいくことにした。どんな酒場と出会えるのか、それもまた旅の楽しみ方のひとつだからだ。

そして、このときはずいぶん迷い、悩んだことを覚えている。盛岡駅の東口を出ると、東へスッと大通りが伸びている。これを進み、北上川を渡った先には歓楽街がある。そこへ行けば酒場なんかいくらでもあるのだが、どうもピンと来る店がないのだ。そこそこ良さげな店を見つけても、「もっとシブい店があるのではないか?」という酔っぱらいの欲望が、入店判断にどうしてもブレーキをかけてしまう。

ホテルを出てからたっぷり1時間は歩き回ったと思う。歓楽街の大通りを北側ヘ一本入ったところにその店はあった。「南部どぶろく家」という名前で、壁には蔦が這い、暖簾には「いわて南部民俗料理」と染め抜かれている。もう店の面構えを見た瞬間に、そこが名店であることが伝わってくる。よし、見つけた!

たとえば、店の外観はどうってことのないのに、内装が激シブだったとか、料理がミシュランレベルだったとか、そういう意外な驚きもいいだろう。でも、やっぱり面構えのいい店は、その中身も素晴らしい。

席について出てきたお通しは、汲み出し豆腐とアイナメの南蛮漬け。その時点で勝利を確信する。馬刺しが自慢とのことだったので、頼んでみたら薬味はにんにく味噌。これがまたうまい。豆腐の味噌漬けなんかもあって、どう考えてもこれは酒に合うだろうと、ビールから酒に切り替える。いや待て、ここのどぶろくが売りの店だ。

店主にどぶろくを注文したところ、なんと店主は自分が座っていたところの床板を開けた。どぶろくは、床に埋め込んである甕(かめ)から汲んで出してくれるのだ。密造酒ってことはないと思うが、その秘密っぽい提供の仕方が楽しいではないか。

酒も肴もいちいち個性があって、本当に最高の店だった。こういった素晴らしい酒場を引き当てる自分の嗅覚は天才的だなと自画自賛したのだが……。

2年後、また前乗りして盛岡に行き、あの素晴らしい料理とどぶろくを楽しもうと「南部どぶろく家」に行ってみたのだが、残念なことにあっけなく閉店していた。跡形もなければ、たぬきにでも騙されたかと思ってしまうところだが、看板などが取り外された跡が残った状態の空き物件になっていたので、確かに店はあったのだ。せめて、2年後と言わず、翌年にも来るべきだった。

名店は、いつも唐突になくなってしまうのだ。

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