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23 おせちもいいけどとろろもね

 我が家の正月は「元日とろろ」である。世間では「三日とろろ」と呼ばれているようだが、うちの親父はかたくなに「元日とろろ」と言い続けて死んだ。

 三日とろろとはどういうものかというと、その名の通り一月三日に自然薯(山芋)をすりおろしたとろろ汁をめしにかけて食うことだ。主に関東以北や中部地方の一部でも食されているようだ。
 我が家では親父が元日とろろと言い続けていたように、一月一日の夕食に食べる。つまり元日限定の食べ物なのだ。朝と昼はお節料理で酒を飲んだり、お雑煮を食ったりして過ごし、日が暮れてきた頃合いで、おもむろに親父が山芋をすり始める。そう、我が家の元日とろろは家長の仕事なのである。

 うちには元日とろろ用に大きなすり鉢と、長いすりこぎがある。包丁で山芋の皮を剥いたら、荒めにざくざくと刻む。それをすり鉢に入れて、山椒の木のすりこぎですっていく。
 大根おろしなどと同様におろしがねで擦ってしまえば話は早いのだが、手がぬるぬる滑っておろしにくい。それと、山椒の木には解毒作用があり、すりおろす際にわずかながら山椒の木の粒子が混ざることで、食あたりを防ぐ効果もあるのだ。

 すりこぎで山芋をすりおろすのは簡単ではない。
 最初は、刻んだ山芋をすりこぎの先端でダンダンと突いて、丁寧に潰していく。ある程度細かくなったら、すりおろしの開始だ。左手をすりこぎの真ん中あたりに添えて支点とし、右手はすりこぎの上端に当てて円を描くようにしてすりおろす。このとき左手の支点は動かしてはならない。
 それだけだとすり鉢がぐわんぐわん動いてしまうので、誰かに押さえてもらう必要がある。昔は母の役目だったが、ぼくが高校生になってからは、ぼくが押さえる役をやり、親父が脳梗塞で倒れて身体が不自由になってからは、すりおろすこと自体がぼくの仕事になった。もちろん、すり鉢を押さえるのは娘の役目だ。

 ご~り、ご~り、30~40分ほどすりおろしていると、いわゆる「とろろ状」になる。だが、これで終わりではない。実は、山芋をすっているあいだ、母が台所で具なしの味噌汁を作っている。この味噌汁を少しずつすりおろした山芋に混ぜていくのである。
 山芋は、そのまま食べると口のまわりが痒くなる。皆さんも経験ありますね? ところが、熱々の味噌汁を混ぜる(味噌汁の熱で焼く)と、食べたとき口のまわりについてしまっても、痒くはならないのだ。
 ぼくはアレルギーというわけではないけれど、外食でとろろを食べると、口のまわりどころか、胃袋まで痒くなる。でも、我が家の元日とろろでは痒くなったことがない。まったく味噌汁は偉大だ。
 そりゃいいことを聞いた! と思っても、慌てて味噌汁をバシャバシャかけてはいけない。そうすると熱でとろろがダマになってしまう。まずは、おたまで一杯そっと流し入れ、すかざずごりごりかき混ぜる。ほどよく混ざったら、また一杯だけ流し入れる。そしてごりごりかき混ぜる。これを何度か繰り返す。どのくらいの分量を入れればいいのかなんて決まっていない。好きなだけ入れたらいい。入れすぎると、とろろ入り味噌汁になってしまうけど。

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