第十一夜

こんな夢をみた。
どうにも寝つきが悪い自分は知人の勧めで瓶詰の人形を買った。
硝子の中の人形は男にも女に見えたし、成人にも幼子に見えるものだった。
この人形を枕元に置いておくと確りと眠る事ができるらしい。
知人の勧めとはいえ、何とも妙な物を買ってしまったなぁと少し後悔しながらも瓶を脇机に置いた。
その晩、寝付けぬ夜を過ごしていると脇机から声が聞こえてきた。
その声は男とも女とも、成人とも幼子とも付かぬがしかし無性に心地よい声であった。
それを聞いて「ははぁ、あの人形が何か喋っているのだな」と思った。
人形の声に耳を澄ませてみると、どうやら人形が見た夢について話しているようであった。
「人形の癖して夢なんぞを見るのだな」と生意気に思ったが存外面白い話をしていたのでしばし耳を傾けることにした。
最初は死んだ女を百年待つ話だった。
二つ目は侍が和尚に馬鹿にされ、無を悟ろうとする話であった。
人形の声を聞いている内にいつの間にかふわふとした心持になり、気が付いたら寝入っていた。

翌日、これまでにない程に心地良い気分で目が覚めた自分は、夜更けが近づくにつれ、またあの人形は喋るのだろうかと楽しみにしていた。
寝る直前、よくよく考えてみると人形が喋るというのは何とも面妖で恐ろしい事の様な気がするが、昨夜は確りと眠れたようだし悪さをするものでも無いかと思い床についた。
そうして暫くすると、また人形の声が聞こえてきた。
三つ目は盲目の子供を背負い山道を歩く話であった。
四つ目は手拭いを蛇にするという老人の後をついて歩く話であった。
そんな話を聞いている内にまた自分は眠りに落ちていた。

人形を話を聞きながらだとよく眠れる事に気づいた自分は毎夜毎夜が楽しみになった。
ある日は死の間際に恋人を待つ話を、またある日にはゆく宛の無い船に乗ったという話を聞いた。
そして男が豚に襲われるという話を聞きぐっすりと眠った日の翌朝、ふと思った。
瓶越しに話を聞くだけでこれほど心地よく眠れるのならば、あの人形を瓶から出してやって直接あの声を聞いてやればどれほど心地よくなれるだろうかと。
そう思い立ってからは妙に心が浮つき日中の仕事などはまるで手に付かなかった。
そして夜更けになり、寝所を整えた自分が「どれ、人形を瓶からだしてやろう」と瓶に詰まった木栓をぽん、と開けると人形が男とも女とも、成人とも幼子とも付かぬ声で小さくあ、と呟いてたちどころに消えてしまった。

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