1984年のエッセイをきっかけに日本の「無痛分娩」の歴史を調べてみた

いま、ブログで「育児漫画の歴史」という記事を書いています。

noteで書いている「子育ての歴史」も、この調査の一環を記録したものです。

育児漫画の成立には「随筆(エッセイ)」が関わるため、過去の随筆も調べています。

育児漫画成立の流れ

「育児漫画」は1990年代に増え、ベストセラーが多数現れます。例えば『あたし天使あなた悪魔』『ママはぽよぽよザウルスがお好き』など。

その前段階として「育児エッセイ(文章)が人気を得た」1980年代があります。

1984年に発売された、伊藤比呂美『良いおっぱい悪いおっぱい』が初の育児エッセイとされます。私の調査だと、今作は第一子の妊娠・出産・子育てを通して描いた、初の体験談(エッセイ)です。ベストセラーになり、文庫本、改訂版と3度出版されています。映画にもなりました。

じゃあ、1984年までに「妊娠・出産・育児について書いたエッセイはなかったか?」といえば、そんなことはありません。ただ、妊娠・出産・育児の一部を描いた短編しかなかったようです。

日本の名随筆77 ”産”

「産」は1989年に発売された随筆(エッセイ)集。1915年(大正4年)~1989年(昭和64年/平成元年)までに書かれた「出産」をテーマにした随筆を集め、選び、収録しています。

「産」は雑誌等に掲載された67編から、30編を選んでいます。執筆された年代を調べると、最も多いのが1980年代に書かれたエッセイでした(51編)。

80年代が多いのには、1980年に黒柳徹子さんのエッセイ『窓際のトットちゃん』が発売され、ベストセラーになったこと(日本史上最も売れた本で、800万部近くの売上です)。育児雑誌が多数登場した結果、育児系のムック本等の出版が増えたこと。1986年の男女雇用機会均等法の成立が関係するかと思います。

30年前のエッセイなのに、古びてない

『産』は悪い意味で、30年の時を感じさせない随筆集です…。日本の出産や中絶、避妊に関する話は、30年前、あるいは、それ以前から変わっていないことが分かります。

無痛分娩について

例えば、ジャーナリストの秋山洋子さんが書いた「モスクワ出産顛末記」(1983年)というエッセイが収録されています。

秋山さんは1975年にソ連で出産しているのですが、「無痛分娩」が話題に上がっています。

日本だと、最近耳にする機会が増えたように感じる無痛分娩。

私が無痛分娩の存在を知ったのは2013年で、第一子を出産後です。妊娠中だった2012年頃には「たまごクラブ」といった雑誌やムック本にも目を通しましたが、無痛分娩や和痛分娩は見かけなかったような…。記憶では、自然分娩一色で、帝王切開出産すら書かれていなかったと思います。

ちなみに、無痛分娩について知ったのも育児漫画です。アサナさんの無痛分娩レポ ↓ が初だと思います。ひうらさとるさんの『ヒゲの妊婦』も同じ時期かな。

無痛分娩の普及率

ネットで調べてみると、無痛分娩は1853年にイギリスのヴィクトリア女王がクロロホルム麻酔を用いて出産したことをきっかけに、ヨーロッパに広まったといわれ、アメリカでは1940年代から硬膜外麻酔が始まっていました。

各国の無痛分娩の普及率を調べてみたら、大きな差異があることが分かりました。以下は「うさうさメモ」の「日本では無痛分娩が少ない理由を制度面から考える勉強会に参加してきました」より引用。

”米国等では硬膜外麻酔を用いた出産がかなり広く行われているそうです(当日配布された資料によれば、フランス75%、アメリカ66%、イギリス23%等。イギリスではエピデュラルの他に助産師による笑気麻酔も使われ、麻酔分娩自体はもっとある。日本は2008年のデータで2.6%)”

日本の無痛分娩の歴史

日本では無痛分娩はどう普及していったのか?を調べてみました。

日本初としては、1916年(大正5年)に歌人の与謝野晶子さんが五男を無痛分娩で産んだという記録があるようです(『 日本で最初に無痛分娩を受けた芸能人は、意外なあの人だった! 』麻酔科医情報サイト)。与謝野晶子、私は大河ドラマで扱うと良いと思っているんですよね…。12人子どもを産んでいて、夫婦仲も良くて、婦人運動も反戦運動もしていた歌人…。

さらに調べてみると、日本で本格的に無痛分娩が始まったのは1952年(昭和27年)。1952~1981年(昭和55年)までの30年間で計25,313例行われていたようです。

1952~1981年の30年間の出生数は52,999,895人です。無痛分娩出産の割合は0.05%程度です。

無痛分娩については1981年に書かれた論文がネットで閲覧できます。

無痛分娩30年の歴史と将来(長内國臣)(PDF)

”わが国の無痛分娩の普及をこの20年間のアンケート調査でみると,Table 2 のように全例に行なう施設は10.1〜15.5% と少ないが,希望すれば行なう施設は36.0〜59.5%と多い。しかし共に増加の傾向がみられないので今後はとくに増加してゆくとは思われない。
この理由は、おそらく産科医の多くが分娩は自然に行なわれるべきものであ ると考えているからであろう。”

”また麻酔に対する心配もあるからであろう。
そこで麻酔の危惧について新生児仮死と後出血量の増加および分娩遷延をとりあげ、これらの意識調査を行なってきたが、昔に比べると次第に麻酔の心配は減少している。それでも、現在なお仮死が増えるというもの 9 %、出血が増えるとするもの14.2%、分娩が遷延すると考えるものが 35.7 %にあることが認められた。”

産科が大変なうえに、麻酔の技術も必要だった無痛分娩は広がりにくかったようですが、「産科医の多くが分娩は自然に行なわれるべきものであると考えている」という文章には引っ掛かりを覚えました。

上述した「うさうさメモ」によると、現場の感情だけではなく、政治的、制度的な問題や産婦人科の人手不足といった問題もあるようですが、「自然なお産」を礼賛する風潮なのは、先進国だと日本くらいのようです。

無痛分娩が広がらない理由

日本で無痛分娩を選択できる施設は250か所と言われます。産科は日本全体で2700か所あるらしいので、10%以下です。

無痛分娩が広がらない理由は様々な方が考察していますが、大きく4つあるようです。

1.金銭的な問題

無痛分娩をすると手術費用が+20~30万円程度かかる。

2.麻酔医が確保できない

麻酔科医も産婦人科医が足りない。安全に無痛分娩を提供できる環境が構築できない。

3.医療事故・死亡率の問題

安全に出産できたことに対するメリットがない。死亡した時の訴訟リスク。日本の母子死亡率が低いことについても、色々な議論があるようでした。

4. 自然分娩礼賛主義

"お腹を痛めて出産してこそ母性が生まれる"といった偏見。帝王切開出産にもある偏見ですが、ただの偏見だと思う…。

無痛分娩に関して

私自身はこの先、お産をする予定はないのですが、子どもへの愛情と陣痛の痛み、出産の苦労は関係ないと思います…。

一方で、三歳児神話等もありますが、「子育ては親の責任」とし、社会の責任になっていない日本の実情として、「子育てが思うようにいかなかった原因探し」に躍起になっている親が多いのかも知れません。

この続きとして「避妊」や「中絶」について書かれたエッセイも扱う予定ですが、妊娠・出産・育児(教育)について調べると、日本て色々とチグハグしていると感じます。場当たり的というか、失敗を回避する(責めすぎる)文化というか、簡単に「失敗」だと決めつけて多面的な考え方をしないというか…。

長くなりましたので、また明日。

参考サイト

日本では無痛分娩が少ない理由を制度面から考える勉強会に参加してきました

どうして普及しない?日本における「無痛分娩」の考察

痛みを伴ってこその母性? 無痛分娩が少ない日本の出産事情を海外と比較

日本の「無痛分娩」リスクが欧米に比べて高い理由

無痛分娩は日本で普及しない


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