田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~離婚編(第7話)~
<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。
<登場人物紹介>
①奥野文也(おくの ふみや) 35歳
大学卒業後に普通の会社員になる。
32歳で結婚、35歳で家を買うが仕事や家庭に辛さを感じ悶々としている。
後に退職、離婚、新築の家を売却し、古民家を買って移り住むことになる。
②奥野牧子(おくの まきこ) 3〇歳
奥野文也の妻。旧姓は前田。
小売関係の会社員。
<ここから本編>
退職したあとの文也は誰が見ても悲惨な状況であった。
なにせ3500万円のローンを抱えているし、ここ半年まともに会話をしてない妻がいる。そしてその上、無職なのである。
文也をこれまで追い詰めていた『仕事』『妻』『住宅ローン』のうち、『仕事』は消えた。
だがその代わり『将来の不安』が追加され、『妻』と『住宅ローン』の脅威を強める結果になった。
そんな状況でも、転職はしたくない。身一つで稼げるようになりたいという気持ちは変わらない。
退職後の2か月間はひたすらにブログ記事を作成してみた。毎日のように5000文字から1万文字をパソコンに打ち込んだ。
しかし稼げたのは1万円だけ。これからさらに稼げるような実感も湧かなかった。
かつては2カ月も働けば100万円近い収入を得ていたが、今では1万円だけという現実に閉口するしかなかった。
しかもその1万円も棚ぼたみたいなものだ。
「誰だよ、ブログは儲かるって言ってたの」
文也はパソコンのキーボードを叩いた。
会社からの有給休暇分の給与振り込みと失業保険を入れても、無収入状態でいられるのは貯金から逆算してせいぜい2年程度。毎月10万円の住宅ローンの返済が重い。
会社に属したくないし、かといって一人で稼ぐ能力も無い。タイムリミットは刻一刻と近づいてくる。
頑張らないと、という気持ちがある一方で、それを上回る無力感と虚無感が文也を襲っていた。
退職から3カ月もすると、カーテンを閉めた暗い部屋でベッドに腰掛け、放心状態でいることが多くなった。
そんな時、仕事が休みの牧子が文也の寝室のドアを開けて中に入ってきた。
「でさ、どうするの」
「・・・・はあ?」
力なく文也が答える。
「私もそろそろ歳だから子供も欲しいし。次の仕事就いてもらわんと困るわ」
「・・・・」
我が物顔で牧子が自分の部屋に入ってくることが気に入らないし、そもそもとっくに夫婦関係など壊れているというのに、一体どの口が言うんだ、と文也は思った。
さっさと「離婚したい」と言って欲しかったが牧子はなかなか言わない。根比べになっている。
文也にはもはやこれ以上根気もなく
「・・・・もう、離婚しましょう」
と返した。
「分かった」
案外、牧子はあっさりしていた。
「じゃあ俺、今から離婚届取ってくる」
「はい」
「それと二人で貯めてた貯金だけど、半額を俺の口座に移してください」
「はい」
「じゃ、市役所行きます」
「はい」
二人とも他人行儀になっていた。
牧子は無表情で部屋から出ていき、文也は車に乗って市役所に行った。
*
―その日の夜
離婚届には文也と牧子の署名が書かれ、文也が手元に保管することになった。
証人二人のサインが必要だったので、牧子が
「お父さんとお母さんに書いてもらう」
と言ったが、変に牧子の両親から横槍が入ったり、廃棄される可能性を危惧し
「証人欄を書いてくれる機関があるから、俺がそこに依頼する」
と言って文也が半ば強引に保管する権利を奪い取ったのであった。
証人代理サービスは対応が早く、3日も経ったら証人署名入りの離婚届が文也の手元に届いた。
「じゃあ、これ市役所に提出してくるから」
「はい」
また市役所の戸籍課に行く。
戸籍課のカウンターで文也の前に二人の若い男女がいた。恐らく婚姻届の提出だろう。
それを見ると、つい数年前を思い返してしまった。
婚姻届を出した時は二人で行ったものだが、離婚届は一人だ。
「また一つ肩の荷が下りたな・・・・」
文也は市役所を出て車に乗った。
家に帰る車中で、牧子との馴れ初めから、プロポーズ、結婚式、そして現状までが走馬灯のように流れた。
「どこで何を間違えてしまったんだろう」
最近、何に対してもそう考えることが多かった。
次は、3500万円の住宅ローンをどうにかしないといけない。
続く
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