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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(27)

第二十七章
 ~インキュバスを止めろ~

 ユリはラインの電話機能ボタンを押して、音声通話を選んだ。マサミはラインのユーザー登録に名前ではなく絵文字「💖💖」だけを登録していた。

Yuri🌸:遅くにごめん、アタシ、昨日からおかしいみたいなの。
💖💖:どうしたの?具合が悪くて保健室に行ったのは聞いていたけど。
Yuri🌸:自分の記憶にはないんだけど、斉藤先生としているみたいなの。
💖💖:ん?降霊以降、斉藤とエッチしているってこと?
Yuri🌸:そう、でも、それが、夢の中じゃなくて、本当にしているみたいなの。
💖💖:え、どういうこと?
Yuri🌸:昨日の夜、アタシの部屋でしたの。
 それは夢の中って感じだった。
 でも、今朝、学校に行ってからまたしたみたいなんだけど、その時間の記憶がないの。
💖💖:それで倒れたの?
Yuri🌸:それは分からないんだけど。
 運ばれた保健室で横になっている時、夢の中でまたしたみたいだった。
 授業に戻った後もやたら濡れて、化粧室に行ったら、斉藤先生がいて。
 そのまま個室で後ろからされたの。
 そして、教室に戻る途中でまた倒れて、また保健室に。
 放課後、たか子のところに寄ってアフタをもらうはずだったのに、夕方は帰宅後に自分の部屋で寝落ちしちゃったみたいだったんだけど、その時も斉藤先生としたみたいで、たか子のところに行くのがかなり遅くなったの。

 "アフタ"はアフターピルのことで、ありがちな略語だった。似たものに"アフタヌ"というのがあるが、これはアフターヌーン・ティーのことで、女子同士でオシャレなカフェで楽しむ贅沢なお茶だった。

💖💖:ちょっと待って、記憶がない時と夢の中で斉藤としている時が一致しない気がするんだけど。
Yuri🌸:そうなの。
 私も記憶を失っている時に必ず斉藤先生としているわけじゃないの。
 鮮明に記憶している時もあれば、夢の中というか、意識していなくて、した痕跡があったりで
💖💖:した痕跡って?
Yuri🌸:アソコが濡れていた時もあれば、実際にアソコから精液が出てきたこともあったわ。
💖💖:出てきたの?本当に?
Yuri🌸:もう何が何だか分からない。
 一番怖いのが斉藤先生がインキュバスって名乗っていて、私の体が彼の声に反応して、彼を受け入れてしまっていること。
💖💖:何?インキュバス?
Yuri🌸:そう、インキュバスって名乗ったの。
💖💖:夢魔<むま>の一種よ、インキュバス。
 夢の中で、女性を誘惑して、性行為をする低級な悪魔よ。
Yuri🌸:ねぇ、どうしたらいいか、ルキフェルに聞いた方がいい?

 ピピ、ピピ、ピピ、ピピ

💖💖:何の音?
Yuri🌸:ごめん、タイマーの音。
 今、お湯を冷ましていたの。
 湯冷ましで薬を飲むところなの。
💖💖:アフタでしょ、飲んで!
 早い方がいいわ。
Yuri🌸:うん。
💖💖:今週、降霊会をして、ルキフェル様に聞こう。
Yuri🌸:彼にどうやって聞くの?
 下手に聞くと逆鱗に触れて、アタシたち首が体から引き千切られるわ。
 ゆり子のちょっとした質問でアタシたち危うく命を落としたのよ。
 彼を疑うような発言をしたら、どんな罰が下されるか。
💖💖:でも、聞かないとどうしたらいいか分からないよね?
Yuri🌸:そうだけど、他の子たち、怖がるんじゃない?
 梨花も優子も躊躇しそうで…
💖💖:じゃぁ、これはどう?
 正直にユリの状況を説明して、ルキフェル様にどうしたらよいか相談する。
Yuri🌸:でも、降霊が発端だと言えば、それはアタシ達が望んだことで、彼はアタシたちの望みを叶えただけと言われる気がするわ。
 彼を批判したりしたら、もう降霊には応えないとか、最悪の場合、やっぱりアタシたちが彼を批判したことにならないかしら?
💖💖:それは私に任せて。
Yuri🌸:分かった、任せるわ。
 降霊に参加すると決めた時、こうしたことがあり得るって説明されていたから、逃げるわけにはいかないね。
 ただ、アタシが怖いのは、自分に何が起こっているのか分からないし、どうしたらいいのか分からない上に、このままいくとアタシは悪魔の子を身籠ることになるみたい。
 そのインキュバスの発言では、他の生徒やその母親たちもアタシと同じことになるような気がして。
💖💖:分かったわ。
 まずは私達だけで、ルキフェル様にお伺いを立てよう。
Yuri🌸:ありがとう。
💖💖:まずは薬を飲んでしっかり体調を整えて。
 スミレにまず連絡するわ。
 それから優子と未希にお願いすることになるかな。

 マサミはそういうとライン電話を切った。

 ユリは少し希望が持てた。ルキフェルに相談して、良き反応があれば、もしかしたらユータリスと名乗っているインキュバスが自分に関わるのをやめさせられるかもしれなかった。

***
 マサミは中等部の時から密かに何度も熟読した降霊関係の書籍の内容を思い出していた。
 大天使ルキフェルは自分の知らないところで自分よりも下位の天使や悪魔が勝手なことをしているのを極端に嫌うと『聖天使大辞典』に書かれていた。
 この『聖天使大辞典』は全ての天使と悪魔が記載されている書物で、六世紀末頃に初めてまとめられ、二百年毎に改訂されてきたものだ。百年毎に中間報告もまとめられてきたが、こちらは各教区に配付されず、バチカン図書館にしか記録が残っていない。奇蹟審査部(奇蹟の認定担当)と除霊部(エキソシズム担当)にとっては負担が大きい事務だったからだ。
 グレゴリウス歴が適用されるようになってからは、施行五年目の1587年10月、二百年後の1787年10月、そして、最も新しい版が1987年10月の物だった。四部構成の書物で、生きている天使、亡くなった天使、生きている悪魔、退治されて死滅した悪魔の四部から成り立っている。
 神の軍団と悪魔の軍団が天界で闘っている記録ともいえる書物で、戦いで亡くなった天使が「生きている」から「亡くなった」に記載が移され、同時に悪魔も「生きている」から天使との戦いに敗れたものは「死滅した」部に記載が移される。
 インキュバスもサーキュバスも記載がいろいろあったが、インキュバスが人間に対して行った記録はほとんどがちょっとした悪戯程度しか事例がなかった。社会を崩壊に導くとか、国を滅ぼしたという記録は少ない。ロシアの怪僧ラスプーチンなどは珍しく歴史に名前を残しているが、インキュバスそのものではなく、操られていたのかもしれない。
 反対にサーキュバスは傾城けいせいとなって為政者を誘惑し、国を傾けたり、国を滅ぼしたり、歴史の様々な場面に登場していた。為政者の多くが男性で、女性(実際にはサーキュバスやサーキュバスが操った女性)に惑わされたケースが歴史に刻まれていることが多いためといえる。

 マサミは次の日から自分の空いている時間のほとんどを旧図書館で過ごした。ユリのために何ができるか、必死に探した。もう十年近く仲良く過ごしてきた友人の一人を亡くして、もう一人が苦しんでいるのを放って置くなんてことはできない。もちろん、降霊に引き込んだのが自分だという責任を感じている部分もあった。
 それと他人の責任にしてはいけないが、やはり近親者や身近な者との性行為を認めるような降霊は間違っていたと後悔し始めていたところだった。一度実行された行為は元には戻せないことは分かっていたし、放置するのは問題をもっと大きくするだろう。
 過去の事例の中にルキフェル様が解決したものがないかを探していた。似たような事例があれば、同じように解決を依頼できるかもしれないと考えていたのだ。

 そうした時、マサミは一人でできる降霊術の記述を見つけた。まずは自分一人でルキフェル様にお願いしたらどうか。必要とあらば中心人物であるユリは次の会に出席させればいい。まずは自分が全責任を取る形で対応を依頼してみよう。

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