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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(10)

第十章
 ~誘惑と困惑・ユリ~

 降霊会メンバーでクラス代表、つまり勉強もできて、スポーツ万能なゆり子は斉藤の放課後補習には参加しなかった。自分が目指すのはMARCHや早慶ではなく、国立だし、外語大なんて特殊だから、そもそもやっている勉強が合わないと思っていた。
 相変わらず学校と塾を真面目に往復し、必要に応じて、学内のフランス人の先生を掴まえて質問をしていた。ユリが補習に参加して本当に充実しているのか気になっていたが、補習にはあまり触れなかった。

 降霊会の中心メンバー四人の一人、ユリは楽しく補習をしていた。学内では知り得ない外の受験状況を斉藤が生徒及び親に月一回ほど「フィードバック会」と称して、情報提供してくれていたので、浦島太郎にならずに済んでいると考える親は多かった。
 今までだったら、生徒も親も「外はどうでもよい」という雰囲気だったものが、就職戦線にも変化が出ている昨今、大学を選ぶ基準も変わりつつあって、やはり外の情報の重要性を感じていたようだった。

 ユリは新しいことを知る度に感心し、斉藤を頼もしいと感じるようになっていた。これまで自分の身近に男性がいることがあまりない環境に身を置いてきた。父親(=親類)か近隣の高校の男子生徒(=全くの他人で距離がある)くらいしか接したことがないユリにとって、斉藤はちょっと違う種類の男性だった。自分のために頑張ってくれている男性で、年齢も少し上で尊敬できると同時に男性としての興味が持てるギリギリの存在だった。
 そうは言いながらも近くであの声を聞いちゃうと、自分の本能に訴えかけられているのか、うっとりしている自分に気が付いて、ユリは焦ってしまうことが度々あった。

「文系だと二次関数のグラフが書けて、頂点が求められれば十分だし、不等式は必ずグラフを書いて条件を確認し、今出した答えが条件にマッチしているか確かめること!」

 的確な情報と重要な項目に絞った説明、原理・原則の理解、或いは公理・定理の説明に十分な時間を掛けた後、演習を重ねた。頭と手に染み込むように何度も何度も繰り返し問題を解き、頻出問題は答えを暗記するくらいまで取り組んだ。
 斉藤のやり方が古いという教師や親もいたが、効果が出ていたので、そういった声はマイノリティに留まった。
 補習が始まってすぐにユリが気付いたのは、斉藤が気に入っている生徒と斉藤との距離がやや近いことだった。ほんのわずかな距離の違いなのだが、敏感な女性だったら何かを感じる距離間だろうと思われた。特に異性に敏感になっている高校生なら戸惑うかもしれない距離だった。そして、自分と同じように斉藤の声に反応している子が数人いるのをユリは発見した。

アタシと同じように菊池さんもうっとりしているわ。斉藤先生の声のせいなの?

 ちょっと意地悪な気もしたが、補習が終わった後、ユリは菊池がトイレに向かうのを見て、自分も向かった。補習の教室は4階の中央にあって、帰るには東階段の方が近かったが、トイレは西側階段の方にあった。多くの生徒は自分の教室のある階、3年生ならば2階、2年生ならば3階、1年生ならば4階にあるトイレを使った。放課後補習の参加者も帰宅をするために本来の自分の教室のある階に戻っていくのが普通だった。
 しかし、菊池は西側のトイレに向かい、奥から2つ目の個室に入った。ユリは静かにその扉の前に立って、耳を澄ませた。

やっぱり、先生の声に感じていたみたい、菊池さん。

 トイレの個室からは菊池が声が出るのを我慢しつつも喘でいるのが聞こえた。誰もいないと思ったのか、途中から我慢するのをやめ、結構激しい声を出し始めた。

「んん、んん、んん、んん、んん、は、は、は、は、はっ、ううぅ!」

菊池さん、イったみたいね。悪いから消えましょ。

 そう思ってユリは音を立てないよう気を付けてトイレを出た。タイル張りのトイレだが、こういう時は柔らかいゴム底のローファーは役に立つ。

 斉藤の声は魅力的だと感じているのは自分だけではない。それは確かだ、とユリは思った。だからと言って、菊池と一緒になって補習後にトイレで自慰行為をする気にはなれなかったし、ボーイフレンドの聖也と頻繁にエッチするのは違う気がした。
 ゆり子や梨花みたいに、旧教会堂の西の部屋で思い切り声を出してイきたい!そんなことをユリは思うようになっていた。明日の降霊会、サクラの番だけど、どうするんだろう?あの子も男を呼び出すのかな?


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