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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(07)

第七章
 ~声に濡れる~

「わ!」

 ゆり子が急に止まり、ユリも慌てて自転車を停めた。一緒に塾に行くため並走していた道を横切るように、青いBMWが急ブレーキで目の前に停まった。
 窓が開き、例の斉藤さいとう先生が顔を出した。

「ごめんなさい、お二人、大丈夫だった?」

 自分たちがぼおっとしていたわけではないと思っていたが、もしかしたら話に夢中で、直前まで車に気が付かなかったのかもしれなかった。

「斉藤先生!危ないじゃない!アタシたち轢かれるところだったよ!」
「やあ、本当、ごめんなさい!」

 ゆり子が悪戯心を出して斉藤をいじった。

「学校に届けますよ、斉藤先生の乱暴運転で轢かれそうになったって!」
「いや、それは困るよ」
「冗談ですよ、二人とも大丈夫です!」
「そうか!」

 ユリは車から降りてきた斉藤を見て、動きが停まった。斉藤は何と綺麗な手をしているのだろう!青白いわけでもなく、日焼けして真っ黒でもない、スーツの袖から出ている手が健康的な色をしていて、それにまず目が行った。
 次に顎のラインが気になった。結構イケメンなんだ、斉藤先生。そして、その声。私、聖也せいやもそうだけど、声フェチというか、素敵な声に反応しちゃうのよね。
 ゆり子には言ってなかったけど、この間のカラオケで聖也が歌っているのを聞いていて、アソコが濡れたのよね。小さいサイズのナプキンを持ってなかったから、トイレで生理用の大き目のを当ててきたんだけど、カラオケが終わるまでに結構濡れていて…。
 初めて近くで聞いたけど、斉藤先生、いい声している。体も鍛えているのか結構いい感じだし。

「気を付けてくださいよ!私たち受験生なんですから、怪我でもして受験を棒に振ったら、先生の責任ですからね!」
「そうだね、ごめんなさい!」
「分かればよいです!ねぇ、ユリ?」

 話を振られたユリは例の補習について聞こうと思って、口にした。

「うん、そうだね。ところで、斉藤先生の放課後補習って、まだ空き、あります?」
「え、あ、あると思うけど」
「私、A大目指しているので、入れてください」
「はい、分かりました。校長先生に話しておきます」
「お願いします」

 ゆり子がきりっとした顔で、斉藤を見つめながら言った。

「行っていいよ。安全運転でお願いますよ、斉藤先生!」
「は、はい!」

 先生が生徒から交通マナーで注意を受けているのが若干滑稽だったが、確かに事故に遭ったら、怪我もそうだが、斉藤の評判も落ちるだろうし、ユリとゆり子の受験に影響が出たら大変なことになるのは確かだった。

「近くで話すと意外といい先生なのかもね、斉藤先生」

 ユリは遠ざかるBMWを見ながらそう言った。ゆり子は自転車のスタンドを立てて、ふうと息を吐きながら、最近の学校の変化を口にした。

「熱心らしいよ、斉藤先生。毎年A大とM大に数人、一昨年は慶応に、去年は早稲田に一人ずつ合格者がいたけど、皆斉藤先生の放課後補習を受けていたらしいよ。ほら、うち元々女子大に行く子多かったじゃない?一般入試で上位校に受かるような生徒が増えれば、志願者も入学者も増えて学校の評判が上がることに繋がるからということで、今の校長になってから、優秀な先生をスカウトしたり、放課後補習を始めたり、のんびりした女子高から御三家に追いつけ的な雰囲気になってきているんだよ」
「それは感じているけど、本来ののんびり女子大まで行ける雰囲気が変わっちゃうのは…」
「優秀な子が来て、親からの寄付が集まれば学校の設備がもっと良くなって、結果的にアタシたち生徒が得することになっているけど」
「ゆり子みたいに本当にすごい学校目指す子にはちょっとのんびりし過ぎているかもね」
「正直言うとね、自分の焦りって周りは誰もわかんないのよ。そのまま女子大に行けばいいというのは、私みたいに国立目指す子にはストレスで、授業の進みものんびりだし、進学先も私立メインじゃない?国立向けのノウハウが少ないのが弱点よ。制服が可愛くて、雰囲気も良くて、アタシみたいに高等部から入学する子が差別されたり、いじめられたりしないのはすごくよかったけど」

 幼稚部から通っているユリにしてみたら、学校が上を目指して変化するのをちょうど肌で感じてきた世代だった。典型的な例が、降霊会にいる自分、マサミ、スミレ、サクラは皆幼稚部か初等部で入学、クラス代表となっているゆり子、優子、梨花、帆波、そして未希は高等部からの入学で、多分国立とか早慶とかを目指している受験組。中等部まで仲良しだった子たちは自分たちと同じ幼稚部か初等部入学だったのに、高等部に来たら、私たちまで付き合う子が変わったというか、興味、関心が変わっちゃったのか…。

「ウチ、上位校進学に力を入れるようになってから、ゆり子みたいな子が差別されたりいじめられたりしなくなったのよ、多分。生徒も親も学校の変化を感じているというか。そのうち、進学バリバリの子がメインになって、あたしたちみたいにのんびりしている生徒は逆差別というか、肩身が狭くなる可能性があるよ」
「それはないよ。あくまでも聖アナスタシア学園はミッション系女子校の人気ナンバーワン校だし、お金持ちの親が行かせたい学校では毎年トップ、制服が可愛いランキングもいつもトップ3以内、ガリ勉少女が最も似合わない学校だもん」

 ガリ勉少女をメガネを掛けて三つ編みで、制服がダサくて、棒の様に細くて女性としての魅力がない子のことを言っているとしたら、スタイル抜群で性欲を持て余しているほど体の発育が良いゆり子に言われても、誰のことをガリ勉少女と呼んでいるのか、ユリには分からなかった。

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