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レムリア興隆記~地下都市帝国の興隆02~

第二話 ~年代記『レムリア興亡記』~

 年代記作者が記した『レムリア興亡記』は国家が亡ぶのと同時に完成するはずだった。少なくとも作者はレムリアが衰退しはじめた時に危機感を持って書き始め、国亡き後、後世の人類への教訓となるよう考えて書いたものと言われていた。
 ところがレムリアは亡ぶことなく、復活し、現在まで命脈を繋いできたので、1500年前を中心にした800年ほどのこの国の歴史はこの書物で辿ることができる、一級の資料として残ることになった。政治家も行政官も最高神祇官しんぎかんも必ず考えの礎とする聖書のような書物である『レムリア興亡記』は不吉な題名はともかく、レムリア国民に指針を与える書となっていた。

 ウィレムとジョバンニは学生の頃、当然"聖書"『レムリア興亡記』の授業を受け、その中で特にレムリアの政治的後退を招いた『獅子達の死闘』の章は必須だった。
 この章は第二十二代ドージェ・アラン・パックスマーレと彼を追い落として第二十三代ドージェとなったマグリーノ・マルゲリーニを取り上げていたが、結局マルゲリーニは不正を暴かれて2年ほどで失脚した。当時は絶対権力者に近い「ドージェ」という役職の魅力とそれになるための暗闘や陰謀、粛清と殺戮、名誉回復などを教訓として学ぶことになっていた。

 結局、名誉は回復したものの、血縁が絶えたパックスマーレ家は再興されず、永遠に失われたが、マルゲリーニ家は責任の範囲が首謀者の3人に絞られ、ドージェ・マグリーノ本人と息子ジョバンニ国防軍少佐、ドージェの実兄シモーネに限定され、現在も軍人や政治家、優秀な官僚を輩出する一族として存続していた。
 これも年代記作者が意図したことかは不明だが、寛容と慈悲、選択と集中の精神が国民の間に広く浸透したきっかけとなった事件として語り継がれるようになった。丁寧に事件を追い、裏の裏までを描くことができたのは『獅子達の死闘』期をリアルタイムに生き、一次情報としての関係者への取材、公式情報へのアクセス、裁判の傍聴までを行った百年書記官(レムリアの公式な歴史記録を書く行政官)が残した膨大な資料があったからだ。年代記作者が『獅子達の死闘』章から『レムリア興亡記』を書き起こしたのも偶然ではなかった。
 なお、この章に『獅子達の死闘』と副題がついているのは、これも偶然なのか、姿・形は大きく違ったものの、パックスマーレ家もマルゲリーニ家も家紋が獅子だったことに由来する。

 難を逃れ、食料を求め、レムリアの民がより深く移っていく中で、偶然見つけた空間が『ガイルバイオ・カヴェア』という大きな空洞エリアだった。
 名称は当時レムリアの民を率いていた大統領ドミンゴ・ガイルバイオから取ったものだが、意外にも彼はもっと先に進めばより豊かな土地があると主張し、民に留まることを認めず、大統領の諮問機関だった元老院と対立してしまった。
 "逃亡・流浪生活"に疲弊していた民に早く安住の地を提供しなければとの考えから元老院議長、通称”第一人者プリンキパーレ"グスタフ・マーレアン2世はこの空間を国家安住の地にすると宣言し、長い放浪の旅に終止符を打った。
 一度自分たちの苦難の旅が終わったことを宣言されたら、国民は気持ちが晴れ、苦難の旅を忘れたかの様に新たな気持ちで力を合わせ、精力的に土地を開墾したり、生産設備を設置したり、発電用のダムの建設や水力発電タービンの設置を進めた。
 また、他国との国境との意味で、防火防御壁や天井部の補強を精力的に進め、約百五十年ほどで現在のような都市を築いた。天井に設置されたパネルは人工的に昼夜を作り出し、太陽のない世界に明るさと温かさをもたらした。農作物も育ちやすい太陽光を模した光の波長となるよう技術者は研究の成果をすぐに実用化し、その調整された光で作物は順調に育った。
 ところが、このカヴェアの真下にもう一つ大きな空洞があることが発見されたのが『獅子達の死闘』期の約三百年ほど前で、こちらは発電設備、生産加工設備、生活用水の浄化設備などを収容するスペースとして活用され、国防軍の訓練施設も各種高等教育機関や研究所もこちらに移された。
 ガイルバイオ・カヴェアは市民生活を豊かにするような使い方が可能となった。生産設備がかつてあった土地には森や平野が設けられ、地上を見たことがない人がほとんどのレムリア国民に地上の生活とは何かを知る機会を与えた。歴史書の記述にある"地上"とは、彼等には楽園のイメージだったが、少なくともガイルバイオ・カヴェアは彼らの故郷となり、家族を育てていくことができる土地を得たことになった。

 もう一つ下の空間は『セルヴォ・カヴェア』と呼ばれ、発電や生産設備のほか、墓地や教会も移され、最高神祇官は神官や宗教活動を担う人材(トリシアの構成員)と共に、"新地上"から見た"新地下"の教会領へと完全に移った。
 教会領の中に最高神祇官公邸も設置されていたが、公邸はトリシアの事務局でもあり、トリシアが重要な判断を行うために籠る建物、神祇官資料室(通称「アルク」)は公邸の裏、教会の基礎部分に当たる場所に設けられていた。いや、教会がアルクの上に建てられたというのが実態だったかもしれなかった。
 アルクと呼ばれたのは、レムリアに大きな事変があった場合に国家を再建できるよう情報を格納した、いわば箱舟のような存在だったからだ。レムリア共和国の記録(歴史、文化、言語)、動物の受精卵や胚や植物の種子、国民すべての遺伝子情報が収録されている記憶装置などが格納され、セルヴォ・カヴェアが浸水した時にも耐えられるよう、潜水艦を模した構造になっていた。
 元々は原発が暴走した場合、一旦セルヴォ・カヴェアを水没させて暴走を止める仕組みにしてあったためで、神祇官達は潜水艦にいるような形で救助を待つことになっていた。
 こうした構造は複雑でメンテナンスも大変だから不要との意見もあったが、『獅子達の死闘』時、最高神祇官達やトリシアをセルヴォ・カヴェアごと水浸しにして一斉に排除する計画になっていたことが、後の裁判で発覚した。
 実行に移されなかったものの、政敵排除と最高神祇官達の抹殺は全く別次元の暴挙と扱われ、『身体の不可侵権』を有する最高神祇官を殺そうと考えたことで既にマルゲリーニは死刑が確定していた。彼の計画では原発の暴走を止める名目でセルヴォ・カヴェアを水没させ、当時の最高神祇官達を一斉に排除し、自身がその職を兼務して、『身体の不可侵権』を宣言するつもりだったようだ。この事件をきっかけに最高神祇官および神祇官や神官となった者は、生きている限り、一切の政治行政活動を禁止された。
 行政アカデミーの教授会がフレア・スロステンを守り、軍の蜂起や政治や行政の脅威から守ろうとした場合、神祇官にすることを検討したのも彼女を守る有効な方策だったからだ。
 最高神祇官は、アルクを単なる図書館とデータ貯蔵庫から潜水艦へと改造する工事を進めることとなり、同じ時期に新たに教会庁守備隊を常駐させた。白基調の宗教施設の前では赤と黒に塗られたパワードスーツを着た守備隊は異彩を放ち、威圧的でもあったが、この国の歴史を考えた場合、必要な部隊と認識されるようになった。
 隊員は参謀本部からの推薦で候補者が絞られるが、最終選考権は最高神祇官が有していて、一種の個人崇拝に基づく信頼関係を築いていた。この結果、第二地下エリア『セルヴォ・カヴェア』にいて前線で敵と戦うわけではないが、選りすぐりの機械化部隊出身者の兵士達が最高神祇官達を守る役割を担っていた。

***
 ジョバンニは町役場の鐘が13時を知らせるのを聞き、再びウィレムに自分の考えを伝えた。

「ウィレム、お前は『国家安寧の祈り』に行ったことがあるか?」
「いや、ない。一生に一度は行くべきという人が多いが、どうせ死んだら地下の墓地に埋葬されるんだから、焦って地下に行くことなんてないんじゃないか?」
「まぁ、そうかもしれないが、俺はトリシアが何かあるとアルクに籠って過去の事例を文献から探すために膨大な教会資料を読み返して、智恵を出しているというのが信じられないんだ」
「ふーん、お前、面白いことを考えるな」
「そもそもトリシアは我が国の最高の叡智と言われる3人と補助をする神祇官で構成されている。
 あのフレアも参加する可能性のあった我が国の大切な諮問機関だ」
「そうだけど」
「しかし、実際には判断したり、決めたりしているよね、国の行く末を」
「うーん」
「俺たちの役割もトリシアが決めているし、まぁ大方は間違いはなさそうな感じに他人ひとの人生を操っているよね」
「随分批判的じゃん?給料をトリシアに減らされたとか?」
「ないない、俺は勲章授与軍人だし、この命で"血の税"をきちんと納める立派な小市民だ。
 トリシアが俺の給料のことを気にしているとはとても思えない。
 今の職業の適性だって適性試験をこれまで受けてきた膨大な人数の膨大な量のデータがあって、それらの人々の生きた人生と似たような人生を歩めるよう考えてくれているんだよね?」
「そういうことになっているはずだが、なっていないとお前は言うのか?」
「フレアのこともそうだけど、弟のルキウスはどこに行ったんだ?
 行方不明事件として届けないといけないんじゃないの?
 駅にも役場にも『この人、探してます』ポスターはなかったよな?
 地元なら必ずありそうなポスターだと思うんだが」
「確かフレアよりもルキウスの方が勉強ができたという印象だ。
 もちろん、勉強だけが基準じゃないだろうけどさ、フレアが秀才ならルキウスは天才だったような」
「確かにアイツはなんか違ってたな。
 悪く言えば、ちょっとズレているというか」
「でも、天才ってそういうもんだろ?」


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