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月と六文銭・第十八章(20)

 竜攘虎搏リュウジョウコハク:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 武田の恋人・三枝さえぐさのぞみはだいぶ年下だ。会話の流れでまさかの浮気疑惑。武田は自分の交際の記録をのぞみに見せた。のぞみは自分のあの時の姿を文字にされ、戸惑い、赤面していた。

~竜攘虎搏~

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「本当に、絶対に、その手帳、落とさないでね。
 ワンチャン、私が哲也さんと結婚せずに、他の男性と結婚した場合、リベンジポルノどころでは済まない内容だから…」
「ワンチャンね」
「ワン・チャンスの略よ。
 万一ってこと」
「言葉も意味も知っていますよ。
 のぞみさんがそういう言葉を使うのが珍しくて」
「確かに!
 親の躾と哲也さんとの交際で、あまり悪い言葉を使わないようにしていたけど、誰でも使う言葉くらいは、いいかなって思って」
「否定も批判もしていないよ。
 ただ、珍しいと感じただけだよ」
「そうよね、珍しいというか。
 でもね、昔、哲也さんに私のレポートの文言を推敲された時、正直驚いたのよね。
 今で言う『昭和な言葉遣い』とか、『上役への気遣い』とかに。
 もう私の世代では、いい悪いはともかく、『そういう気の使い方をするんだね』と全然気にしないところに気を使っていたことにびっくりしたわ」
「いやぁ、言葉遣いが古いことは認めますよ。
 ただ、批判的精神は衰えていませんので、誰が何をやったかを思い出してもらうには、事実を突きつけるのが一番なので」
「それは認めるわ。
 いやぁ、背中を冷や汗が走っているのを感じるわ。
 私、顔、真っ赤でしょ?」
「お酒を飲んでいる時よりも赤いかな」

 のぞみはウンウン頷いて、ため息をついた。それから若干前屈みになって、声を落として武田に話し掛けた。

「ねぇ、私って淫乱?」
「ん、全然、淫乱じゃないと思うよ。
 ごく普通の反応じゃないかな」
「他の人のって見たことないから分からないんだけど、私の行動とか反応って普通だと思っていい?」
「特別、変だと思わないけど」
「よかった」

 のぞみは手帳を指して続けた。

「それを読むと、私って淫乱な女の反応をしているように思えて」
「淫乱な女の反応ってどんなものなの?」
「え、ここで言わせるの?」
「じゃあ、食後に実践しながら教えてもらうことにしましょうか?」
「うーむ、まぁ、その方がいいかもしれないわ」

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 武田は手帳を内ポケットにしまって、ポケットのボタンをした。

「いつも、どこにしまっているの、その手帳?」
「いつもここだよ」
「え、じゃあ、上着を忘れて、誰のものか拾った人がポケットを開けて手帳を見つけたら、その手帳を読む可能性があるのよね?」
「そうだね」
「いや、それはやめて。
 もう、絶対、持ち歩かないで」
「じゃあ、部屋の金庫に入れておくしかないな」
「え、部屋に金庫があるの?」
「ないよ」
「なんだ!
 でも机の上にポンとおいておかないでね」
「どうして?」
「誰かが読んだりしたらどうするの?」
「僕の部屋に君以外、誰が来るというの?」
「それもそうだけど…。
 あ、お掃除の人!」
「お、そうだね!
 掃除のおばさんは僕の部屋にとても若い女性がよく来ているのを知っているから、いつも二人でどんなことをしているのか、知りたがっているかもね」
「え、ホント?
 それはまずいわ」
「嘘です。
 ちゃんと鍵のかかる引き出しに入れて、誰も見られないようにしていますよ」
「よかったぁ!
 これからも保管をきちんとお願いします!」
「まかり間違っても君の家のポストに、お父さん宛ての小包に入って届くことはないから安心して。
 そんなことは、ワンチャン、ないから」
「ははは、使い方は間違っていないけど、微妙なニュアンスが違う気がするわ」
「そうか、現代語は難しいな」
「そうですよ、頑張ってついてきてね!」
「おう、君をしっかり後ろから突くぞ!」

 のぞみの目は漫画の様に点になり、口が真横の一文字になった。

「…最低!」

***
「あぁ、最高!
 もっとぉ!!」
「あれ、さっき『最低!』って言ったのは誰だっけ?」

 武田は意地悪をして、腰の動きを止めた。

「ダメェ!
 停めないでぇ!
 もっと、突いて!
 もっと、イかせて!」

 快感に顔を歪めていたものの、のぞみは何とか振り返り一瞬武田を睨んだが、再び武田が腰を動かし始めたため、快感に顔を歪め、波が押し寄せるのに必死に抗った。

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 その晩、のぞみは「birthday suit」に着替えて、お約束の後ろからと大好きな前から突かれ、バスタブや窓辺、或いはベッドで喘ぎ、上に乗って腰を振った後、ベッドで大の字になって息を整えた。

「最高の記念日だったわ」
「最低の男に後ろから突かれて?」
「根に持つ男はモテないぞ!」
「そうかな、他の子とこんな会話しようかなぁ?」

 のぞみはいやいやと首を横に振り、強く武田の腕をつかんだ。
 武田はそっとのぞみの女陰に手を添えた。

「だめ、もう濡れないわ」
「試してみる?」
「もう満腹あんど満足です」
「そうか、じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 のぞみは寝落ちするかのように寝入り、スースー寝息を立てた。

「お休みなさい、僕の姫」

 武田はのぞみの前髪を上げ、おでこにキスをして、ベッドカバーを掛けた。

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 エミリー・ ウォードシャイヤからHMSアルビオンが予定通り晴海ふ頭に寄港するとの連絡が入った。
 一部を公開するほか、船員の一部は上陸を許可されるとのことだった。
 上陸を許可されて都内に観光に出る海兵の中には当然ジャン・マイケル・ギリー英海兵隊少佐が含まれる。言わずもがなだが、ギリーは英国秘密情報部、通称MI6のエイジェントだ。
 彼は恵比寿ガーデンホテルのラウンジで中国人観光客・陳恒心チェン・グースィンから中国海軍の展開予定表を格納したUSBを受け取ることになっている。
 彼が現場から安全に去ることができるよう、周囲を警戒するのが、今回の武田への依頼だ。
 武田はこの機会を利用して、別のアサインメントで使用する予定の狙撃銃のテストを兼ねて劣化ウラン弾を使おうつもりだった。

 俗に「核戦争は既に起きている」とする学者の根拠はこの劣化ウラン弾の使用により環境と負傷した兵士に核汚染、放射能汚染が確認されているからだとされている。大量破壊兵器の大陸間弾道弾と違い、劣化ウラン弾では被害の及ぶ範囲は狭いものの、放射性物質の影響が残るような使い方をしているのは核戦争そのものと主張しているわけだ。

 陳とギリーの会合は恵比寿ガーデンホテルのセントラル・ティー・ラウンジで行われ、ギリーは西フロントのタクシー乗り場から去ることになっていた。

 武田はホテルの西棟のエレベーター機械室に新型銃を設置した。双眼鏡で周囲を確認し、屋根上にスナイパーなどがいないかスィープ(目で確認)した。
 司令官イヤー(=耳)からの呼びかけに各工作員(アイ=目)が状況を確認して、返答した。

「アイスカイ、感度良好」
「アイスィー、感度良好」
「アイランド、感度良好」
「アイトップ、感度良好」
「シーマン(海の男)イズ オン ザ ゴー(行動開始)」

 作戦開始だ。武田は再びホテル側からホテルに向かって狙撃できる地点を順にスコープで誰もいないことを確認した。自分ならここからホテルの入り口「西フロント」を狙うことができるビルをリストアップし、事前に地上隊に一つ一つ確認させ、センサーを設置していた。
 その屋上に人が来ればセンサーが反応するが、あくまでも予防的措置でメンテナンスの人が屋上に上がったりすることもある。
 狙撃手として、屋上に堂々と銃を設置するなんてことはしない。ビルが林立する都会地の狙撃の場合、ビルの部屋の中に銃を設置して、窓をわずかに開いて行う。そのため、屋根の上や屋上階のセンサーは気休めでしかない。
 武田は自分ならここから狙撃するだろうと思うビルに次々とスコープを向けて、怪しい窓や非常階段がないか必死に探した。
 こんなところから昼間に堂々と狙うことなんてしないだろう、と考えるのはナイーヴすぎる。仮にも自国海軍の展開が分かる資料=最高機密に区分される情報が他国の手に渡ることを知っていて、手をこまねく政府などいない。断固たる措置を取るだろう。


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