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月と六文銭・第十八章(13)

 竜攘虎搏リュウジョウコハク:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 日本潜入中の中国特殊部隊・白虎バイフーの部隊長・チェン中佐は暗殺部隊・明華ミンファの一員・コードネーム・藩金蓮パン・ジンリャンと情報交換をした。若干お調子者の李班長が他の嬢に余計なことを言っていないか気になっているだろうと察した藩金蓮は同僚嬢に対し、田中さん(=李班長)とどんなことを話したかを探り、陳に報告して、安堵させた。

~竜攘虎搏~

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 メトロ地下鉄日比谷線は東京の中心を横切り、恵比寿まで藩金蓮こと李静妹リー・ジンメイを運んだ。姉と妹と一緒に3人で恵比寿のマンションで共同生活をしていた。ターゲットである月亮狙击手ユエリャンジュジシャウは隣の港区に職場があり、居所は転々としているが基本的には港区か渋谷区、目黒区内で暮らしているようだった。
 日本の場合、近年は監視カメラの設置が急速に進んでいるので、事件で亡くなると面倒だと思われた。やはり事故という形が良いだろうとの結論となり、幾パターンか作戦を練っていた。
 日本では電車との接触事故が一番確実と思われるが、通勤経路が毎回違って中々事故に見せかけられるポイントが絞れない。

 李三姉妹の長女・李林杏リー・リンシン、コードネーム・李瓶児リ・ピンウは上海の資産運用会社の営業ウーマンとして、ターゲットの会社に営業を掛けて、様子を見ようとした。
 しかし、ターゲットは商談には数分しか出席しなかったため、親しくなれなかった。女好きでグラマラスな女性が好みとの分析だったから、初めは長女・林杏がハニートラップを仕掛けて、密会現場で殺そうと思っていたが、この作戦は現時点では後順位になっている。
 副作用として、その間、上海の投資会社の投資案件を複数の日本の資産運用会社に売り込めたので、営業成績は右肩上がりだった。このまま日本で定職にしようかと思い始めたところだった。

 李三姉妹の三女・李晨曦リー・チェンシー、コードネーム・龐春梅パン・チュンメイはターゲットがオフィス以外で唯一定期的に通っている場所、聖アナスタシア学園の女子大学部に留学生として通っていた。ところがこちらは彼が担当する金融授業が高校生を中心に設定されているため、肝心の接触ができていない。
 晨曦は姉二人と比べスリムでボーイッシュなため、ターゲットに警戒されずに近づけるかもとパンツルックにTシャツでキャンパスに通っていた。姉達には敵わないものの、胸はDカップあるため、学校に行く時はスリムなイメージを保つことができる「スレンダーブラ」を着用して、逆にボリュームを落とすようにしていた。
 大学では文学部中国文学科に在籍し、中国人留学生と仲良くしつつ、他の科にいる学生とも親しくなって、コネクションを作っていた。裕福な家庭の子が多く、海外生活を経験している子も結構いた。本国にいたのでは吸収できなかった知識がどんどん増えていった。

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 アルバイト先のベーカリーでも母や祖母くらいの年齢の女性に可愛がられ、何人かの若い男性とも親しくなったが、日本人男子学生の覇気のないことに驚いていた。姉たちと違い、自分は男性経験がないため、優しい人と経験しておきたいなんて思ったこともあったが、これでは交際に発展することすら難しいだろうと悲観的になっていた。やはり中国人留学生を探して親しくなった方がいいのか?でも変なのに捉まると任務に影響が出かねないとか、悩みは尽きないところだった。
 ランチが終わり、教室に向かう途中でスマートフォンのアラートが鳴った。大学の教務課からだったが、高校で展開中の金融授業の特別版を大学部でもやるらしい。月亮ユエリャンも登壇するから、近づくチャンスかも?晨曦は姉たちに相談して、近づく作戦を練るつもりだった。

***
 武田は専用端末を開け、田口からの通信を読んでいた。

『<張敏正に関するアップデート>
 張敏正チャン・ミンジェン、通称「鉄矢ツィーシー」は貨物船の船員に扮して、3日前に上陸した模様。上陸地点は神戸港、パスポートはそのまま張敏正名義。残念ながら、神戸市内の船員宿泊施設に投宿した記録は無し。』

 飛行機で移動したら記録が残るから、新幹線で移動した可能性が高い。いや待てよ、神戸には南京町があり、元々中国人コミュニティがあるから匿ってもらうには東京よりも都合がいいかもしれない。
 神戸から東京までなら新幹線で三時間だが、新横浜で降りて横浜中華街に移動すれば、融け込んで絶対見つからないだろう。神戸に比べたら横浜中華街のコミュニティの方が数倍大きく、町の広さも考え合わせると懐はもっと深いだろう。東京よりも横浜の方が監視カメラが少ないから潜伏するには楽だという点も考慮しないといけないだろう。
 気になる点は台湾と人民共和国との関係がこの地に及ぼしている影響だ。両国の関係は複雑だから、横浜中華街に鉄矢を匿う協力者が多数とは限らない。神戸にいた方が良いという結論になってもおかしくはない。

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 武田は田口に自分の意見を送った。本部にも見てもらえるよう、そして、田口に翻訳の手間を掛けさせないよう、日本語と英語で返信を用意した。

『<張敏正に潜伏先に関する意見>
1.神戸にいない場合。飛行機で移動したら記録が残るため、新幹線などの地上移動手段で移動した可能性が高い。新幹線の場合、新横浜で降りて横浜中華街に移動すれば、姿を消すことができる。
2.神戸に比べたら横浜中華街のコミュニティの方が数倍大きく、懐も深い。東京よりも横浜の方が監視カメラが少なく潜伏するには楽と思料。
3.気になる点は台湾と中華人民共和国との関係。両国の複雑な関係から、彼を匿う協力者が多数とは限らない。作戦実行直前まで元々中国人コミュニティがある神戸にいた方が良いという結論も有り得る。』

 田口から内容を確認した旨及び本部転送済みの連絡が入った。

『<内容確認及び転送済み>
 ありがとうございます。ご意見、拝見しました。
 英語部分を本部に転送しました。
 歴史的な台中関係は複雑で、現在も影響が及んでいると思います。台湾出身者が多い横浜中華街が鉄矢を庇うかは未知数。もちろん、庇う者は少なくないと考えるのが妥当でしょう。
 本部は大阪をはじめ、関西圏から中京地区、関東から東北までの監視を強めることにしました。
 返信不要』

 返信不要と書いてあったが、武田は田口にラインを通じてメールの返信を確認したと連絡した。

tt:鉄矢に関する情報メール、ありがとうございました。
st🐈:いいえ、早速意見を送ってくれたので、私も助かりました。
 やはり、中国と台湾は複雑なのですね。
tt:香港とも微妙ですし、大中国は力をつける度に
 色々抱え込んでいくわけで
st🐈:しかし、どこに行ったんでしょうね、鉄矢?
tt:それも疑問だが、狙いはなんだろう?やはり、ナインアイズか?
st🐈:それなら、先日話したように警察や外務省の仕事です
tt:警察にはどれくらい情報が行っているんだろう?
st🐈:ラングレーから内閣情報室へ彼らが持っている情報を
 すべて送っていると思います。
 あ、哲也さんや私の情報は行っていないとは思いますが…。

 ラングレーとはCIA本部のある地名からくる通称だ。現在、本部の正式名称は第41代米大統領となった元長官ジョージ・ブッシュを称えて、「ジョージ・ブッシュ情報センター」となっている。

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tt:それが行ってたら、困りますね💦
st🐈:あ、今、気が付いたんですが、「鉄矢(ツィーシー)」も
 日本語読みしたらテツヤですね。
 まさか、中国のテツヤが日本のテツヤを狙っているとか?
tt:いやいや、読み方が同じだからって、それは、シャレになりません💦

 武田はそうした中国人スナイパーの動向が気になりつつも、自分には狙撃の依頼が来ているので、それの詰めを行っていた。今回はかなり難易度の高い狙撃になると予想された。
 武田は丁寧にチェックリストを作成し、クリアできるか、クリアできているか、一つ一つ吟味した。
<概要チェックリスト及び対応>
1.ビルなどが林立する都会地でクリアな視界が確保しにくい
 →実地及び地図、建物設計図で位置関係などを確認
2.ビルが林立するため、風向きなどが複雑
 →天候予想、弾丸通過地点の実地確認
3.まだ夏の湿気が残り、弾が重い
 →細身の高速弾丸に換装、火薬量+6%
 →ロングバレルに換装、通常バレル+5cm
4.狙撃地点は人の出入りが多いビル
 →狙撃時はイベントを発生させて注意を逸らすか?
 →分解しやすい専用銃
 →サポートスタッフを1名増員(清掃員に扮装)
5.ターゲットが想定の位置に立ったとしても、前後の人の動きが想定通りか
 →サキュリティ・ディテール(警備計画)の確認。
6.警察などの動きは想定内か
 →本部から日本の警察の動きが通知される
7.中国人暗殺集団やスナイパーに邪魔されないか
 →本部からその他の工作員等の動きは通知される
8.ターゲット周辺の警備は予定通りか
 →本部からターゲット周辺のSPの配置等は通知される
9.今回は専用銃を使うが準備が間に合うか
 →イワダンがよさそう

 武田は今回イワダンと俗称される狙撃銃を使おうと思っていた。組み立ても分解も楽でロングバレルへの換装もしやすく、分解すると何だか分からず、銃には見えないところが良いと考えていた。使う環境を考えると自分が持っている時もサポートスタッフが持っている時も銃の部品だと気づかれないのは重要だ。

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