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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(34)

第三十四章
 ~人と人の信頼とは何か?~

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 欧州大戦の引き金を引いた独裁者アドルフなどを見てきたアメヌルタディドにしてみたら、女子生徒たちの願い、或いは要望は可愛らしいと言えるもので、世界征服などとは程遠い願いを真剣に相談してくるところに笑みがこぼれるほどだった。
 友情や恋愛の悩み、親の不仲の悩み、憧れのアイドルに近づく方法など、十代の女子にありがちな悩みや要望が提示され、一つ一つ丁寧に叶えていったら、すっかり兄・ルキフェルと間違われたまま信頼されてしまったのだ。
 だから、インキュバスのユータリスが「人間の信用、信頼、愛情はどこまで本物か」と疑問を呈した時、その限界を試してみようと思い立ったのだ。
 友人間の信頼、親子間の愛情、夫婦間の信頼・愛情、子を育て、守る存在としての学園の限界など、学校という閉鎖社会を実験場とすると同時に様々な人間の価値観が試せた。

 これまでのところ、夫婦間の信頼・愛情が最も脆いのは分かった。ユータリスがサーキュバスのナアマを誘って、生徒の父親ら男性関係者を誘惑させたら、一人を除き、すべての父親が自分の選んだパートナーである生徒の母親を裏切り、ナアマが乗り移った性欲盛んな肉感豊かな女性に惹かれ、不実を働いた。キリスト教国ではないこの国で結婚は神前の契約ではないので、簡単に破られるのかもしれない点が興味深かった。

 似たようなところで、女子生徒と恋人などのパートナーとの関係も脆いものだった。これは夫婦間の関係の前段階だからある程度は予想できたものの、相手の行動でこうも簡単に女子生徒が悩み、傷つき、極端な行動に出るのかと、こちらが驚くほどだった。
 法的にこれらの女子生徒が男性と性的な関係を結ぶことに問題はあったが、肉体が成熟した女性に性欲を抑え込めということにそもそも無理があるとアメヌルタディドは思っていた。

 予想に反して意外と堅かったのが、友人間の信頼と生徒と学園間の信頼だった。

 マサミン達女子生徒は互いを信頼し、助け合い、これまで学園生活を過ごしてきた。学園の先生たちとの関係も安定していた。

 マサミン達が通う聖アナスタシア学園の学園長は本心から生徒のことを思い、学園改革を進め、生徒が安心して通える環境を守ってきた。しかも、ナアマの度々の誘惑、はっきり言えば複数の女性に乗り移って、何度誘惑しても彼だけはパートナーを裏切らず、生徒も裏切らず、清廉潔白な男性だった。

 この島国は特異な発展の仕方をしてきたので、天界の住人が慣れている行動パターンから外れることはあっても、これほど極端に違うのは社会性が理由なのか、確認したくなったのだ。
 何せ、人間自体、いや人間の欲望自体はそれほど変わらないし、地域や時代が変わっても大きく変わらないはずだとの思いがアメヌルタディドにはあったからだ。

<さて、安定した小さな閉鎖社会は何をきっかけに崩壊が始まるのか、どうやって崩壊していくのか、どのような結末を迎えるのか、じっくり観察するとしよう>

 ナアマが今回知ったように、パートナーが決まっているのに、そのパートナーの性的要求に応えなくても問題がない、或いは答える必要がないという事実をどう利用するか。パートナーの求めに応じないことが当たり前に近いこの国で、ナアマに男性側を誘惑するのは楽だった。

 元々ユータリスの計画では、マサミン(マサミ)の親友のケラスース(サクラ)に父親殺しを仕掛けるはずだったのが、手違いで独眼巨人族キュクロープスのアルゲース、別名稲妻いなづまが誤って電撃で殺してしまったので、もう一人の親友ヴィオラ(スミレ)にその役を担わせることになった。
 ナアマはヴィオラの父親を誘惑し、母親を疑心暗鬼にさせ、喧嘩するよう仕向けた。その喧嘩を止めに入ったヴィオラが父親に逆上して、彼を殺してしまう展開になるはずだった。
 ヴィオラは父親の浮気を悩んでいた母親を元気づけてきた。父親を信じていたのに、父親は浮気を認め、母親が爆発したところで、仲裁に入るはずだった。しかし、そこで母親が台所の包丁を取って父親を刺したところから計画が狂い、最終的にはヴィオラが母親を刺してしまったのだ。
 人間界の裁判ではどのように裁かれるか予想できたアメヌルタディドにしてみたら面白くない展開だった。精神鑑定だの、情状酌量だの、人間同士の甘さがこの国の厳密さを失わせていることが分かっていた彼はユータリスに命じてヴィオラが希望を失うようにさせた。
 予想以上にヴィオラは意志が強く、留置場ではなく取調室で首をくくって自殺した。極悪犯でも実行できないような行動にメディアのみならず全国の子を持つ親が警察の失態を批判した。

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