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天使と悪魔・聖アナスタシア学園

※この小説は、下のリンクに掲載されている宇佐崎しろ先生のイラストをモチーフとして描いた、イラストストーリーです。概要はこちらをご覧ください。https://note.com/jump_j_books/n/n41a2046855d6


 マサミはハルカ先生が拳銃に銃弾を込めるのを見ながら話を続けた。

「先生、手震えているけど、大丈夫?」
「ええ、なんとか」
「私に任せたらいいのに」
「いや、教師としては、生徒だけに…」
「でも、アンタは普通の人、アタシには『悪魔のリュック』があるから」
「それでも、私にはこの学園を守る責任と義務が…」
「いいけどさ、死ぬことだってあり得るのよね」
「そうだけど」

 ハルカ先生は震える指でリボルバーに弾を込めようとしていたが、カタカタ音がするばかりでなかなかうまく入らない。

「装填できた?」
「あと一発」
「人間てさ、反応するのに0.3秒かかるってどっかで読んだよ。
 つまり、先生は『天使』を見つけて、反応して引き金を引き終わるまで少なくとも0.5秒以上かかることにならない?」
「ん?」
「悪魔のリュックを背負っている私ならその0.3秒の間にアイツの後ろに回って天使の翼を広げられないよう、この手錠を掛けられるのよ」

 マサミは銀でできたやや大きめの手錠をくるくる回して見せた。天使の羽の肘に当たる部分に掛けることができれば、羽を広げられず、天使は飛翔することができなくなる。

「そして、次の瞬間に私がこの銃を撃てれば、倒せるわ」
「そうね。
 銀の弾丸しか天使を殺せないからね」
「この弾、銀でできているの!
 だから重いのね」
「そうよ。
 ドラマなんかで銀は狼男や吸血鬼を殺す道具ってことになっているけどね。
 本来はヒ素なんかの毒に触れると濁る性質から毒殺防止のために毒を検出する役割があったけど、天使に触れると肌が黒く変化して化けの皮が剥がれるのよ」
「硝酸銀水溶液が肌に触れた時のように?」
「そう。
 だから天使は銀の弾丸で殺すの」
「私たちが天使を殺すって何か不思議というか、変というか」

 ハルカ先生はガムテープで拳銃を手に留めた。何かの拍子に手から落ちないように用心したわけだ。
 マサミは口を尖がらせて、不満を吐露した。

「でもさ、誰が天使が善で悪魔が悪って決めたの?
 現実に合わないよね?」
「ん、どうして?」
「天使は人間を誘惑して、誘惑された人間が悪事を働く」
「じゃあ、悪魔は?」
「これが大きな勘違いで、元の名はルシファーというんだけど、悪魔は悪事を働いた人間の魂を地獄に閉じ込めている地獄の門番でしかないのよ。
 悪魔が人間を誘惑するわけでも、堕落させるわけでもないのに、いかにも『悪魔のささやき』に従って犯罪を犯したみたいなことを言う連中が多いじゃん?!
 美空みそらなんていい例よ。
 『天使のような』って言われているけど、周囲を見たら犯罪者だらけじゃん」
「田中君も渡辺君も確かに、以前は美空さんの取り巻きだったわね」
「天使のささやきで、結局犯罪に手を染めた。
 数学の斉藤先生なんて、熱心でやる気の塊。
 礼儀正しく、挨拶もきちんとしているし、親からの評判もすごくいいでしょ?」
「そうね」
「でも、アイツがユリを妊娠させて自殺に追い込んだんだよ」
「え?まさか!」
「ほら、先生は何にも知らないんだから」
「あれは事故だったと校長先生が」
「親と校長先生と斉藤先生が隠したんだよ、何があったのかを」
「そんな…」
「熱心で礼儀正しく、親の受けがいい先生ほどセクハラ、というか生徒に手を出して、バレないんだよ。
 学校もそろそろ、そういうことに気が付かないかなぁ、ホント」

 マサミは唇を噛んで悔しがった。

「でも、斉藤先生のクラスからは毎年A大学やC大学への合格者が複数いるし、推薦枠も取れているし」

 ハルカ先生は斉藤先生を擁護する発言をした。

「そういうのに限って、先生の言うことを信じて、生徒も親もどうにもならないケースに発展するんだよ」
「それで、アナタが斉藤先生を?」
「そうよ、高速道路でスピンして事故らせた。
 そうしたら誰も疑われず、誰も巻き込まれず、誰も傷つかず、斉藤を葬れる」
「でも、それなら殺人よ!」
「ユリが自殺しなくちゃいけなかったのはアイツのせいよ。
 直接手を下さなくても、アイツがユリを殺したのよ!
 目には目を、歯には歯を、命には命を。
 太古の昔からある同害報復の原則に従ったまでよ」
「それってハンムラビ法典にある記述よね?」
「そうよ、太陽神シャマシュからハンムラビ王に授けられた原則よ。
 もっとも、同じ身分の者同士なら同じ罪と同じ罰で、身分が違えば当然変わってくるけど。身分の区別はあったけど、奴隷や女性と言えどきちんと権利が守られた珍しい法律よ。女性の権利なんて近代まで復活しないからね」

 ハルカ先生はマサミを不思議な存在だという目で見ていた。

「それに太陽神シャマシュとは大天使ミカエルと同じと考えられていて、つまり悪魔の祖がハンムラビ王に法典を授けたってことになるの」

 ハルカ先生はマサミの話した内容を整理したが、これまでの観念と合わないところに戸惑いを感じていた。
 悪魔は悪くない?天使が悪い?好人物の斉藤先生がユリの自殺の原因?正義を成すための法律を当時の王に与えたのが悪魔の祖?

「先生だって私がちょっとおかしい子だと思っていたんでしょ?」
「え、いや、おかしいではなくて、ちょっと変わっているというか、個性的というか」
「いいの。
 私、悪魔と契約したからこうなの」
「え、どういうこと?」
「ユリとサクラとスミレの仇を取れるなら悪魔に魂を売ってもいいと考えて、町外れの古い教会に行ったの。
 そこで十字架に背を向けて大きな声で『悪魔と契約する、復讐ができるなら私の魂を悪魔に捧げる』と叫んだら、私の背後に大天使ルシファーが立って、私にこの悪魔のリュックを授けたの」
「それがアナタの『力』の源泉なの?」
「そう、天使たちに言わせれば『悪魔の力』の源よ。
 誰よりも速く、誰よりも高く、そして、誰よりも強く。
 人間離れした力を発揮できるのは、このリュックのお陰」
「それでアナタは斉藤先生の車を事故に追い込んだのね」
「彼は80キロ制限の高速道路を130キロほどで走っていたんだけど、そんな速度の時の車、特にタイヤの不安定な状態を知らない人が多すぎるわ」

 ハルカ先生は教習所の教官の説明を思い出そうとしたら、普段でもあまり運転しない人間には何のことかほとんど分からない。

「車はハガキ4枚分の面積で道路と接していると言われているのは知っているでしょ?」
「教習所で聞いたような」
「雨の日はもっと接地が悪くて、スピードなんて出そうものなら、ほとんど浮いている状態なの。
 そこで、車の前か後ろをちょこっと小突いたら、あっという間にタイヤが接地しなくなり、車は水面を滑っていく状態になる。
 ハイドロプレーニングと習ったかもしれないけど、正しくはアクアプレーニングね。
 ハイドロは油、アクアは水。
 アクアプレーニングは、つまり、『水の上を滑走している』状況ということ」

 ハルカ先生はマサミの説明に聞き入っていた。

「それで、後はアタシが軽く、ホントに軽く、彼の車のバンパーを蹴ったら、コマのように回転しながらガードレールに激突したわけ」
「でも、130キロくらいで走っていたのよね?」
「そうよ、アタシはその横を一緒に走って、まず彼の顔を覗き込んで彼だってことを確認したわ。
 彼の顔ったら、驚いて目が点になっていたわ。
 それでちょっとだけ彼に先に行かせて、抜かれたところでちょこんと蹴ったの」
「それでコマのように」
「レースとかで車がスピンしたらクルクルすごい勢いで回っているのを見たことはない?」
「あるけど…」
「まさにあんな感じ」

 廊下の先でマサミがばら撒いておいた割れた蛍光灯のガラスを踏む音がした。

「先生、来るわよ!
 準備、大丈夫?」
「ええ、行きましょ!」

 こうして放課後の学校を舞台にした、悪魔と普通の学校の先生と天使との戦争が再開された。相手は…

「マサミ君、ハルカ先生、ちょっと話そう。
 君たちは僕のことを誤解しているよ」

 そう、必ず悪い奴は相手を引っ張り出そうと「話せば分かる」と言って誘い出そうとする。

「先生、アイツがどんな姿をしていようと驚いちゃだめよ」
「どうして?」
「アンタの好きな人に化けたり、尊敬する人に化けたりして、躊躇させようとするから」
「そんな…」

 ハルカ先生は既に恋人・斉藤優斗、マサミが高速道路で殺したあの斉藤先生、を失っていた。しかも、今日初めて彼女の知らない彼の一面を打ち明けられショックを受けていたのに、これ以上どんなショックなことが起こり得るというのか?

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