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月と六文銭・第十七章(09)

9.呉:運転手
 Wu: The Driver

 人民解放軍海上特殊装備群第一軍玄武シュァンウー班出身のは噂では何でも操縦できるらしかった。車はもちろん、クレーン、ダンプ、中型船舶、小型艇、戦闘機、ヘリコプター、軍事に関連する乗り物は何でも運転・操作できる。

「少佐、待たせてすまん。
 すみれウィオラが気を付けて帰るよう言った。
 例の件、思ったよりもうまく進んでいるから米日の妨害をそろそろ気にした方がいいのかも」
「は、万全を期して運転します。
 その点は心配ありません。
 米日韓の情報機関がどこまで掴んでいるか、ですね」
「そうだ。
 一旦、大使館に戻ろう」
「了解です」

 秦が乗り込んだところで呉がドアを閉め、自分は運転席に収まった。呉は運転席、ミラー類を調整しながらルームミラー越しに大佐に話しかけた。

「今夜は別ルートで戻りますか?」
「いや、そこまでしなくても大丈夫だろう。
 スピードは出す必要はないからな」
「了解です」

 呉はエンジンを掛け、サイドブレーキを外し、慎重にマンションの前を出発した。

龍三ドラスリー、出発します」

 飯田はんだすみれのマンションから離れて待機していたオートバイのライダーがヘルメット内のマイクに向かってターゲットである秦江毅シン・コウキがマンションを出た事を作戦チーム全員に伝えた。この場合、中国大使館はドラゴン、略してドラ、ナンバースリー=スリーはそのまま駐在武官のことを指していた。
 オートバイはエンジンが掛かり、滑らかに車を追跡し始めた。中国大使館は中型のメルセデスの最強版を使っていた。車体が大きすぎるのは小回りが利かないから中型を、パワーがないと困るからエンジンだけはハイパワーな4リッターV8搭載版を採用していた。

「了解、通常コースか確認できたら離脱するよう」
「こちら、了解」

 通常コースとは、マンションから真っ直ぐ南下して、東武線とJR線の線路をくぐり、京成線の横を通過して京葉道路に向かうものだ。
 秦は明日、本国に一旦帰国する予定だった。在日米軍の第3分類の機密を入手したので、それを直々に運んでいく予定だった。外交郵便でも暗号電文でもなく、彼自身が運び屋となって機密を本国にもたらす予定なのだ。
 後部座席で秦は目を閉じて、自分が入手した情報の価値を再評価していた。この情報があれば、我が国海軍は台湾の横も沖縄の横も何も心配せずに航行できる。我が国の千年の念願である外海へのアクセスが叶うようになるのだ。

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