見出し画像

天使と悪魔・聖アナスタシア学園(12)

第十二章
 ~倫理観と距離感・ユリ~

 アメヌルタディドは降霊会場の屋根の上で、インキュバスであるユータリスに話しかけていた。インキュバスとは人間の女性を誘惑したり、人間の女性と性交したりする男性版の夢魔であり、逆に男性を誘惑する女性版はサキュバスと呼ばれている。共に下級の悪魔だが、人間の夢に登場して誘惑するところに特徴がある。

「聞いたか、ユータリス?マリア・ファービウス・ユーリカウは斉藤先生の霊に抱かれたいんだと」
「はい、しっかりと聞きました。斉藤優斗さいとうゆうとの霊に抱かれたいと言いましたね」
「そうだ、斉藤優斗の霊だ。連れてきてやるかのぉ。しかし、それだけでは趣向が足りない」
「降霊はアナタ様にお任せするとして、夢の中と外で女としての悦びを教え、最終的には破滅させるというのはどうでしょう?」
「ほお、夢の中ならばお前にとっては赤子の手をひねるよりも簡単だろう?あの程度の小娘、お前の性技には到底勝てまい。趣向を凝らするのは、夢の外だ」
「一度交われば、屈服させるのは簡単です。降霊で斉藤に身を任せるだけでなく、夢の中でも気持ちを許すようになれば、あとは夢の外でも彼女が斉藤に気持ちを許すようにして、本当に身を任せるようにすればよいのです。あとは月の位置が良ければ、彼女の身の破滅は21日以内に」
「悪ければ?」
「7日もかからないでしょう」
「ほお、ならば見せてみよ、小娘を篭絡するお前の性技と気持ちを堕落させる煩悩の発露を」
「は!まずは今宵の降霊の際に、彼女が斉藤に夢中になるかどうか見極め、可能性が高いなら、夢の内外も攻めましょう」

 ユータリスは頭を下げながら影が薄くなり、消えた。

 アメヌルタディドは腰を落ち着けて今夜の降霊会を見学するつもりだった。そのため、彼は西の部屋の南の梁に自分用の特別席を設けていた。
 今回は、地上でユリと呼ばれている女子生徒、"大天使ルキフェル"にはマリア・ファービウス・ユーリカウと名乗っている、がどのような顔をして呼び出した霊に抱かれ、喜びの声を上げるのかじっくり見るつもりだった。
 何せ、降霊会の主要メンバー四人は今まで肉欲に動かされて、それを満たすための望みを出してきたことがない。それが今回はユリがどうしても気になるからと言って、放課後補習の斉藤という学園の先生を呼び出すというのだ。もちろん、西の部屋で交わりたいともはっきり自分の欲求を他の三人に表明し、今回の降霊の実行を実現した。

 アメヌルタディドは初めて降霊した時のことを思い出していた。

 正直なところ、異教徒である東洋人が絶対神である兄貴=ルキフェルを呼び出すとは僭越にもほどがある、と初めは思った。
 あの「神の代理人」と称している教会の最高権力者でさえ、床に跪いて兄貴を迎え、終始兄貴とは目を合わせないように気を付けているのに、あの小集団のリーダー的女子生徒、マリア・フェライヤ・マサミンは真っ直ぐ兄貴のふりをしている儂を見つめ、真剣に質問し、真剣に儂の話に耳を傾け、教えを乞うのだ。
 儂もこの状況が面白いので、付き合っているが、あの慎重なフェライヤ・マサミンは、いまだに降霊した神が兄貴ではないことに気がついていないようだ。それはそうだ、東洋人が儂も兄貴たちも見たことがないのだから。
 儂が兄貴の代わりに降霊しているのに気が付いていないのだから、既に地上ではユータリスが何をしているのかは思いもしないだろう。
 ユータリスはあの美声を活かして、儂らの目的のための先兵となる女子生徒を集めているが、声だけが武器ではなく、肉体的にもコントロールしておくことを忘れていない。月の満ち欠けを見ながら、ひとりずつ篭絡し、忠実なしもべにしている。
 ユータリスは智恵が働く。すっかり斉藤先生のファンとなっている娘達だけでなく、保護者の母親達までも虜にしているケースもある。インキュバスの中でも、ユータリスは特に声で幅広く女性を虜にできるのだ。その後は性技を活かして、これらの女性をすっかり自分のモノにしている。
 人間界ではこれを不倫と呼んでいるらしいが、生徒の母親が先生の一人と肉体関係を結んでいる。しかも一人や二人ではなく二・三十人が先生と交わり、家庭での伴侶を裏切っていたなど、家庭崩壊の原因となることは間違いない。
 この聖アナスタシア学園を土台から揺るがすスキャンダルとなるだけでなく、母親と生徒本人も先生と関係を持っているケースもあるだろうから、母子共に同じ男性と交わっていたなど、学園を揺るがすどころか崩壊に導く可能性があった。人々の心は荒み、互いを信用することがなくなり、社会システムが継続しないだろう。
 これが本当の「悪魔のささやき」であり、「悪魔のなせる業」と呼ばれる事象だろう。人間ではないユータリスには体力の限界がないのだから、女性、若いのも、そうでないのも、いつまでも快楽の渦の中で藻掻くしかなく、その様子がまた見ていて楽しいのだ。今回は楽しい企画になったなぁ。
 お、降霊を始めるらしいぞ。じっくり見せてもらおうじゃないか、マリア・ファービウス・ユーリカウの戸惑う顔と快楽に歪む顔の表情の違いを。そして、斉藤優斗に抱かれて妊娠したユリの人格と人生が崩壊していく様子、助けようとする友人たちが自分たちの無力さを思い知る瞬間の表情も見逃せない瞬間となろう。

サポート、お願いします。いただきましたサポートは取材のために使用します。記事に反映していきますので、ぜひ!