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月と六文銭・第十四章(78)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 保険会社の営業ウーマン・高島都は逢瀬の相手であるネイサン・ウェインスタインに捕らわれ、車に乗せられた。
 なんとかウェインスタインの車から脱出し、猛烈な勢いで追いかけられながらも、なんとか無人の倉庫に逃げ込んだ…。

~ファラデーの揺り籠~(78)

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 ウェインスタインは同じ扉から倉庫に侵入した。ちょうど高島が向こう側の扉から出て行くところが見えた。

<間に合う!>

 そう思った瞬間、何かにぶつかり、跳ね返された。
 脳震盪を起こしたようにグラッとなって、ウェインスタインは床に座り込んでしまった。

ガガガガ、ギギー、ガンガンガンガン

 ウェインスタインの後ろで金属と金属がぶつかり合う音がした。何だろうと振り返った。暗くて分からなかったが、目が暗さに慣れると金属が網目状になっていた。

「What the...?」
(なんだ?)

 向かっていた方からもガンガンガンガンと音がした。

「What's happening?」
(ん、どういうことだ?)

 急に倉庫内が明るくなり、ウェインスタインにスポットライトが当てられた。
 ウェインスタインは手で目を覆うようにして、眩しさの向こうにいる人影を探した。

「What the f-ck is this?」
(なんだ、これは?)
「It's called a Faraday's Cage. It keeps electronic pulses from getting out.」
(ファラデーの籠と言うものだ。電磁パルスを外に出さない働きがある)

 ウェインスタインはしゃべっている方に顔を向けた。

「We know you use electronic pulses to control people's thoughts and actions.」
(お前が電磁パルスを使って人の考えや行動をコントロールしているのを分かっているんだ)
「Who the f-ck are you?」
(貴様は誰だ?)
「I work with Miyako.」
(俺はミヤコの同僚だ)
「You don't look like an insurance broker.」
(保険会社の社員には見えないが)

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「More like a paper-pusher to you, maybe.」
(君にはゴミ官僚に見えるだろうね)
「The CIA?」
(CIAか)
「Yes, the CIA. And we are here for you, Mister Mark Westin.」
(そう、CIAだ。そして、マーク・ウェスティンさん、君のために我々はここにいる)
「Where is Miyako, or Jane, or She-zoo-car, or whatever she calls herself」
(名前はなんでもいいが、ミヤコ、ジェーン、シーズーカはどこだ?)
「Here, you f-cking bitch!」
(ここよ、このくそ野郎!)
「Better get healed or you won't be able to f-ck another guy again.」
(早く治療しないと、二度とエッチできなくなるぞ)
「Don't worry, I'm gonna f-ck the guy who shot your fancy wheels to save me.」
(ご心配なく、アタシを助けるために、アンタの派手な車を撃った男に抱いてもらうから)
「Don't think that's gonna happen, because...」
(そうはならないぞ、なぜなら…)

 ウェインスタインは視線を高島と高島の同僚に向け、気合を入れたように唸った。

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「Sorry, Mister Westin, you won't be able to exercise your powers any more. These bars were made especially for you, courtecy of the Central Intellegence Agency」
(ウェステインさん、残念だが、もうこれ以上、君は力を発揮できないよ。この檻は君のために特別に作られたものだ。中央情報局謹製だ)

 ウェインスタインは再度視線を高島に集中し、口を堅く結んで何かを念じていた。
 高島は同僚の方を向いて、呆れた顔をしながら提案した。

「Can I just shoot him in the head?」
(アイツの頭を打ち抜いちゃダメ?)
「No, now he is property of the US Government and we are going to ship him back.」
(ダメだ、現在、彼は米政府の管轄下にあって、我々は彼を連れ帰る)
「And you had better get some medical assistance.」
(そして、君は治療を受けた方がいいぞ)

<うぅ、痛い、マジでこれどうしたらいいの?本当に誰ともエッチできなくなったらどうしてくれるのよ!>

 ネイサン・ウェインスタインことマーク・ウェスティンを捕らえたことから、少しずつアドレナリンが減り始めた高島都は、膣の奥の痛みを思い出したのか、実際に痛みが増したのか、だんだん猫背になり、腹を抱えるように姿勢が悪くなった。

「I truely believe you should get treatment.」
(本当に治療を受けた方がいいと思う)
「I agree.」
(私もそう思う)

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 そう言って、高島はスタンバイしていた組織の指揮車の隣にある装備運搬車に行き、医療スタッフにガーゼや薬剤を薬品棚から出してもらった。心配して医療スタッフが尋ねた。

「Are you alright? You look pale.」
(大丈夫?顔色が悪いわ)
「Son-of-a-bitch shoved a rod up my snatch, four or five times.」
(くそ野郎が4、5回、ま〇こに棒を突っ込みやがって)

 高島はわざと下品な英語でいかにウェインスタインが「くそ野郎か」を強調した。実際、女性器をsnatchというのはかなり下品な英語で女性はまず使わないといわれるスラングだ。淑女ならば、女性の陰部はprivate areaというのが望ましいことを高島も分かっていたが、かなり怒っていたのが言葉に出ていた。
 女性の医療スタッフもいろいろな事件に立ち会って、いろいろな怪我には慣れているはずなのに、自分がされたかのようにお腹を押さえて青くなって言った。

「Good Lord! Have the doctor check you up soon.」
(なんてことを!医師になるべく早く診てもらって)

 高島は奥まで進み、カーテンを閉めて、取敢えず自分でできる応急処置を施した。腿についている血を拭き、大人用のおむつを着けた。ドレスの内側に自分の血がついているのが見えたが、証拠として、拭かずにそのままにした。
 痛み止めの注射を自分で打ったが、それが少し効き始めたのか、高島は冷静に状況を思い返すことができた。

<アルテミスにお礼を言わなくちゃ。本当にすごい狙撃の腕だ。あんなに車がスピンしても、ぴったりAE8の非常口の前に停まったんだもん。しかも、私の側のドアが近いように…。こんな計算ができるということは、もしかして彼は「α(アルファ)」と呼ばれる種類の人間なのか?>

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