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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(23)

第二十三章
 ~四人四様の悲劇へ~

 学園の教会堂の屋根の上でアメヌルタディドがユータリスと話していた。

「昨晩、今朝、昼、午後と四度交わっています。
 今晩も一度交わります。
 明日までにユーリカウについては目的を達成できます」
「あとは儂がちょうど良い時の彼女の時間を取り上げ、子を手放すことができないようにしてしまえば、悪魔の子を産むしかなくなるだろう」
「は、おっしゃる通りです」
「彼女は儂にいつでも儂の望む時に時間を提供すると約束したのだから、約束を互いに守らないとな」
「は」
「大人しいユリには肉欲の種をまき、知的なスミレには激情を注ぎ込み、活動的なサクラからは行動の自由を奪い、平和第一のマサミには闘うことを強いてみると言ったが、まずは、ユリが陥落したな」
「は、彼女は暗い影を背負って生きるしかなくなります」
「次はサクラ、フラミニア・ケラスースと呼ばれる女子生徒だ。
 彼女は行動できなければ人生に絶望するだろう。一生病院のベッドから離れられない生活か、一生監禁されるか、一生軟禁されるかのいずれが良いかな?」
「一生監禁が良いかと存じます」
「ほぉ、それはどういう趣向だ?」
「サクラの母は斉藤先生にぞっこんで、夫の目を盗んでは斉藤と不貞行為を重ね、気持ちは夫と娘から完全に離れています」
「母に父を殺させ、娘が敵討ちで母を殺すという筋書きか?」
「はい、既にそのように動かしております」
「見せてもらおう、母子相殺の惨劇」

 ユータリスは革のカバーの手帳を取り出し、中のページに今の筋書きを書き足した。

「さらに、スミレ、マンデシュリカ・フラビニア・ヴィオラ、ですが、彼女は大人しいタイプの女子生徒です。真面目で皆の信頼を受けてきました。その信頼をなくすような行動をさせ、孤立させれば、精神が行き詰まるでしょう」
「ほお、何をさせる?」
「女子学生なので、先生との関係、試験の不正、お金の問題に敏感です。
 しかし、友人の信頼をなくさせるには、恋愛問題で仲違いさせることが良いでしょう。一時的にせよ、スミレが孤立すればマサミも降霊で貴方様に助けを求めるのも難しくなり、一度動き出した我らの計画は止められなくなります」
「マサミンは最後に何をさせよう?」
「グリフォンか次兄のルキフェル様と戦わせるというのはいかがでしょうか」
「ん、どういう趣向じゃ?」
「マサミンはこれまで降霊でルキフェル様の助けや指導を受けてきたと思っています。しかし、ユーリカウ、ヴィオラ、ケラスースが順に自分の下を離れれば、ルキフェル様の助言が原因と考え、ルキフェルから離れていくでしょう。最終的にはルキフェル様に戦いを挑むかもしれません。地上人の小娘が大天使に戦いを挑み、布切れのようにズタズタにされて死んでいくのを見たいと思いませんか」
「それは面白い。兄者への当てつけにもなる。しかし、儂が直接手を下すのは大人げないぞ。人間など儂なら息を吹きかければ吹き飛び、壁に体をぶつけられ、体中の骨が砕けて死に至るのに、細々<こまごま>と手を出すのは好かん」
「ならば先日、地獄を抜け出たキュクロ―プス兄弟に命じてはいかがでしょうか?」

 独眼巨人族キュクロープスの中で、アメヌルタディドの父である全能の神と対立して、雷を繰り出して反攻を重ねた、アルゲース(稲妻)、ステロペース(雷光)、ブロンテース(雷鳴)の3兄弟は、結局は父に負け、地獄に押し込められた。
 ところが、アメヌルタディドが地獄の門を少し開けておいた間に抜け出し、この地上で自分たちの雷の力を使ってあちこちで火事を起こし、人間の財産を灰に変えていた。

 ユータリスは自分の発案がアメヌルタディドを満足させるだろうと思い、続きを話した。

「あの兄弟、地上のあちこちに雷を落として、地上に火事を起こさせています。
 アメリカ大陸西岸の森林は毎年大火事を起こしていますが、あれはアルゲースが投げる雷をブロンテ―スがアテナイの盾で跳ね返して適当に地上に落ちるようにしているものです。
 時には海に落ちて、大地が火事に至らない時もありますが」
「跳ね返して遊ぶ必要はない、聖アナスタシア学園の寮に落とさせよ。
 どのように女子生徒たちが振舞うか見たい」
「は、アルゲースに命じて、まずは学園の女子寮に落とさせましょう」
「危機の時になって初めて人間というのは本性を現すと父が申していたが、学園の教育が浸透しているか、あくまでも動物的な反応を示すかで人間に進化度合いが分かろうというものだ」
「は、お望みのままに」

 そう言ってユータリスは建物の屋根の上を跳ねて、北の方へ去って行った。

<ユータリスは人間の女を誘惑して楽しんでいるようだが、何が楽しいのだろう?儂は父やヤツのように人間の女に興味が持てないのだが>

 アメヌルタディドは特に人間を憎んでいた訳でも蔑んでいた訳でもなかった。興味深い観察対象であって、時間つぶしでしかなかった。
 マサミたちが教会式に則り、伝統的な方法で降霊術を展開した時、兄・ルキフェルがたまたま留守だったからどんなものか様子を見に降霊したのだが、意外と面白い展開に、その後も兄のふりをして降霊しては彼女らの願いを叶え、喜ぶ姿を見ていた。

 兄・ルキフェルが前回留守だった時、自分が代わりに降霊したが、呼んでいたのは大妄想家で後に世界を大混乱に落とし入れることになるオーストリアの元軍人でドイツの政治家となったアドルフ君だった。
 自分はどちらかというとイタリアのベニト君の方がローマ古式と呼ばれる形式にこだわっていたのが好きだったが、彼はローマ人ではなく軟弱なイタリア人だったからさっさと見限った。ベニト君とアドルフ君では妄想の大きさが違ったし、アドルフ君は科学力という新たな武器を手に入れて、世界征服を推し進めた。

 そして、約七十年後、今度は東洋の小さな島国から呼ばれたのだが、呼び出したのがあの娘達だったことに驚いた。世界征服とか、人類滅亡とか、そんなことは全く考えていなくて、進学の悩みとか、家族との付き合い方とか、誠に微笑ましい悩みの相談相手をさせられた。
 羽目を外しても、せいぜいが自分たちの肉欲を満たしたいことくらいで、これとて可愛い願いだと思って叶えてやった。
 面白くなったのは、降霊会の参加者が肉親と交わりたいと言った時だった。人倫に反する行為は神の罰に値する。しかし、彼女らは宗教が違って、神の罰を恐れないのだ。
 多神教の国に生まれると自分が信じる神、信じない神がいても許されるのだ。こんな国は共和制ローマ以外、見たことがない。地上では東洋と呼ばれる地域にはいくつかこういう国があるそうだが。

 共和制ローマが帝政に変わり、やがて帝国の礎が固まった後、キリスト教が帝国を覆い、イスラム教徒との一神教同士の争いが始まった時は愚かなことと笑ったものだ。
 こちらの民もあちらの民も絶対神である父を奉るのに、方法、方式、或いは言葉が違うというだけで絶滅戦争を始めるとは愚か過ぎるといえるだろう。お陰で儂は何もせずに見物したり、この東洋の小国で悪戯をしていられるというわけだ。

***
 数日の後、サクラが通学途中で自転車に雷が落ちて意識不明の重体となった。そのまま昏睡状態が続き、やがて心臓が弱り、2週間ほどで亡くなった。マサミもユリもスミレも呆然とするしかなかった。まさか自分たちが降霊で呼んだ神の悪戯とは思いもせず、意気消沈していて、降霊の会も休みとなった。

「大変だったね。すごく仲良かったんでしょ?」

 ゆり子がユリに言った。マサミ、ユリ、スミレとサクラは初等部以来の仲良しだから十年近い付き合いだった。もっと長い友人もいたが、四人が揃ったのは初等部からだった。

「雷が落ちる確率、雷に当たる確率、雷で死ぬ確率、どれもすごく低いんだよね?」
「天文学的って言われているけど、当たっても死なないケースが結構報告されているよね。映画でキリストの役をやった俳優なんて撮影中、十字架を担いでいた時に雷が落ちたけど、奇跡的に助かっただけでなく、今も元気に映画やテレビに出ているよ」
「なら、どうして若くて、健康で、何も悪いこともしたことがないサクラが雷に当たって死なないといけなかったの?」
「それはもう、運が悪かったとしか言えない」
「運の問題なの?」

 ユリはやるせない怒りをどこにぶつけたらいいのか分からなかった。友人でいつも心配してくれるゆり子に当たるのは筋違いだったし、正しくない行動だったが、どうにも自分を止められなかった。

「あ、ごめん。
 もう、どう考えたらいいのか、分からなくて」
「ううん、いいよ。
 私だって自分の中で消化しきれていないんだから、幼馴染のユリはもっとでしょ?」
「だからって、ごめんね、ゆり子に当たって」
「ううん、いいよ」

 どこまでも優しい友人であるゆり子に救われたユリだった。

「マサミもショックを受けていたけど、降霊でどうしたらいいのか聞いてみるのはどうかな?」
「マサミがその気になるかな?
 彼女、長いんだよね、サクラと」
「うん、しかも通学も一緒だったから、どうして自分と一緒じゃない時に雷が落ちたのか、自分が一緒にいれば応急処置か何かできたんじゃないかと自分を責めているみたいで」
「そうなんだ。
 仕方がないのに、そう思っちゃうよね」

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