見出し画像

月と六文銭・第十六章(17)

 武田は根本的な失陥を抱えていた。"好奇心が旺盛過ぎて"自分を危険な状況に陥れる関係にも平気で突入してしまうのだった。
 武田は恋人・三枝さえぐさのぞみに隠れて、田口たぐち静香しずかという彼の秘密の仕事での同僚と逢瀬を楽しんでいた。身長は同じくらいだが、スレンダーなのぞみに比べ、田口はメリハリのあるボディに加え、男性を虜にする様々な夜のテクニックを持っていた。
 その田口との逢瀬で思わぬ方向へ話が発展することに…

~充満激情~

65
 その夜の田口のオーバデゥ・タキシードは素敵だったし、口技も膣の蠕動も脳が痺れるほど気持ちが良かった。
 風呂を出た後のベッドでの田口は、ブリッジを形成したり、尻を突きあげて後ろから攻められて喘ぎ声を枕でごまかしたり、ロデオ・マシンに乗ったように腰を振って武田に支えられながらブルブル痙攣したりして、何度も絶頂を迎えた。
 セックスを楽しんでいたというよりも、ストレス発散だと思われた。彼女は武田に、誰が彼のテクニックを一番ありがたく享受している女性なのかを思い出させようとしていたようだったし、誰が彼に一番快感を与えられるかを刻み付けていたのだろう。
 武田はそんな田口が愛おしいと感じていたし、自分から口説いて獲得しに行った女性ではないのに、相性が一番良い女性だということも分かっていた。
 それなのに、こんな素敵な女性の願いはたった一つ、「あの子とは会わないで」というシンプルなものなのに、なぜ自分はそれを守れないのだろうか?
 銀座のホステスだって、レースクィーンだって、モデルだって、夜の相手には困らないのに、なぜそんな危険な女性に拘るのか。
 これまで自分の存在を隠してきたからこそ、生き永らえてきたのに、敵に自分を晒している状況を自ら作り出すのは愚かでしかない。
 仮に自分の主張する通り、リュウがそういう組織や人間たちとは全く関係のない、生活費に困っているただの留学生の可能性は残っているはずだ。
 ファイルの資料でではあったが、こういった手練手管でハニー・トラップに嵌っていった高官や官僚、ビジネスマンの例を幾つも見てきたのに、自分も嵌って破滅してしまうのだろうか?

66
 田口は息を整えながら、武田の頬にキスをして、甘える仕草をしながら聞いた。

「凄かったわ。
 哲也さんって本当にタフね。
 5回目までは覚えているけど、私、何回イった?」

 田口の額やデコルテの汗が二人の激しさを物語っていたが、田口が満足していることは確かだった。
 まだ、息が荒く、腹が上下に動いていたし、賢者タイムなのか目の焦点が定まらないまま武田を見つめようとしていた。
 武田は微笑んで、田口の腹に指で8の字を描いた。

「そんなに?」
「最低でも」

 武田はクスッと笑い、いつもキリッとしている田口にしては珍しく、恥ずかしそうに目を伏せてしまった。

「アタシ、このまま寝てもいい?
 もう動けないわ」

 武田はティッシュを数枚取って、丁寧に田口の女性の部分を拭いた。

「ありがとう、いつも優しいですよね」

 田口はそういう細かい気遣いが好きで、武田の頬にお礼のキスをした。

「毎回すごい体験をさせてもらっているからね、静香さんには」
「嬉しいわ。
 お休み、ハニー」

 おいおい、同僚に'ハニー・トラップ'を仕掛けてどうするんだ?と田口の発言にツッコミを入れたい気持ちになったが、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた彼女を見ていたら、武田は微笑んで彼女を見守っていれば十分だろうと思った。

67
 田口のすごいところは、スウィッチを切るかのようにパタッと寝始められることだった。もちろん、鍛え抜かれた工作員なので、瞬時にスウィッチが入り、臨戦態勢になることもできるのだ。何人のターゲットがそれで命を落としてきたのか、数えたくなかった。
 しかし、今夜はそのスウィッチを切ることも入れることもせず、充実感と疲れに身を任せて、彼女は自然に寝入ってしまったようだ。
 スースーと寝息を立て始めた田口の顔を見ながら、武田はリュウとのことはやはり軽率だったと反省した。こうなったら、恥を晒すことになるが、田口の見えるところ、つまり完全監視下、でリュウと大人の関係に進むしかないと思い始めていた。
 田口が以前話してくれた彼女のセックステープは見たことがないが、彼女に言わせると「演技をしているのだが、迫真の演技のため、本当に自分がセックス好きなビッチだと思われてもおかしくない」内容なのだそうだ。
 そして、そうしたアサインメントがある度にそうしたビデオが増えていくらしく、監視とサポートを兼ねて同僚がリアルタイムで見ているらしかった。確かに自分は俳優でもないし、演技もできないので、完全に監視されていると知っていたら勃つものも勃たないだろうし、ターゲットとの行為ならば仕方がないが、恋人ののぞみとの行為を撮ることになったら、精神的にはとても耐えられないと思った。
 そんな状況でも田口は相手が満足するよう行動し、証拠となるような質疑を同時に行い、最終的には命を取ることもしていた。尋常な精神力の持ち主ではない。いわば鋼の精神力、鋼鉄のメンタルだった。
 そういう女性に「甘い!舐めている!侮っている!」と言われれば否定のしようがない。狙撃の時の自分の集中力は彼女にしてみたら大したことではないのかもしれない、と思うこともあった。

68
 武田は田口が本当に寝入っているのを知っている。彼女にしたら、偶にしかない「本当に眠れる機会」が武田と一緒にいる時だけなのだから。武田は静かに、独り言のように彼女の寝顔に語り掛けた。

「静香、ごめん、一度だけ君の忠告を無視することになると思う」

 後日、田口はこの言葉を聞いていたことを武田に告白した。そして、結局自分は武田を黙って見守っていたことも告げる。生死の境目を常に綱渡りしている彼女にしたら、裏切られたわけだったが、命の恩人のわがまま、一度だけ許したことを武田に伝えた。
 そして、そのまま、次にそんなことをしたらどうなるか、'さわり'を武田に披露した。
 武田と田口が'喧嘩'をしたその翌日、のぞみは'階段から落ちて、顔の左側が腫れ上がっている'武田の顔を見て驚くことになる。決してドジではない武田が階段から落ちるなど考えにくかったが、考えてみたら、彼が階段を上り下りするようにも見えず、足がもつれたのかと勝手に納得することにした。
 職場では、やっかみも手伝って、もっと辛辣な噂になっていた。スーパーモデルの子と揉めて、ボディーガードに痛めつけられただの、付き合っているゲイのボーイフレンドと揉めて殴られただの、相変わらず散々な言われようだった。
 致命傷を与えたり、仕事に必要な指や目を直接痛めつけることはしないものの、田口がいかに真面目に武田のことを心配しているかを思い知らせたと同時に、いかに正確に人間を痛めつけることができるかを武田に無料で講義した。
 泣きながら素手・素足で体のあちこちを絞めたり、叩いたり、殴ったり、蹴ったりして、自分がどんなに彼のことを心配しているのか、自分がどんなに純粋な気持ちで彼のことを思っているのかを、武田に示したのだった。
 そして、散々痛めつけた後はベッドで念入りに、何度も彼を快感に導き、布団に沈めた。
 興奮剤と弛緩剤を交互に注入されて、武田は田口の本当の気持ちを理解して、大いに反省し、二度と田口の忠告を聞かずに行動することをしないと誓った。
 黙って鉄拳制裁を受けた武田に対し、田口も「百歩譲って」、ずっと見られていると「勃つものも勃たたないよ」との訴えに応えて、一人だけ工作員を指名して、その工作員がリアルタイムで映像を確認しながら見守ることに合意した。問題が起こらなければ、3か月後には録画内容を消去することも約束してくれた。但し、誰がリアルタイムで監視しているのかは教えてもらうことはできない。つまり、自分の知らない誰かが自分のセックスしている姿を知っていることになるのだ。それが嫌ならリュウとセックスするな、という田口のプレッシャーとも言えた。
 そして、監視設備を整える必要があるため、中国人留学生とセックスする時は、田口が指定したホテルの部屋を使用することを約束させられた。
 指定された部屋は、夜景のきれいな場所であることが多く、リュウは東京中が見られる景色を楽しんだり、夜景にうっとりしたりした。武田はこうした部屋を指定されたことを良かったと思った。そして、組織のロジスティックス(兵站)部のセンスの良さに感心していた。
 尤も、こうした素敵な部屋でないと普通のアバンチュールはもちろんのこと、ロメオもハニートラップも機能しないだろうとは思った。

サポート、お願いします。いただきましたサポートは取材のために使用します。記事に反映していきますので、ぜひ!