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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(38)

第三十八章
 ~二人だけの降霊~

 マサミは立ち上がり、洗い場に出て、ポンプからソープをボディタオルに出して、体を洗い始めた。
 ユリも湯から出て、体を洗い始めた。
 体が洗い終わり、湯船に戻った二人は無言だった。

<髪は乾かすのに時間がかかるから、今回は省略しちゃったけど、大丈夫だろうか?>

 この後、大天使に求められたら身を任せるしかないのだ。降霊を始めた時から大天使に求められたら断れないことを説明されて、参加してきたのだから、驚くような新しい事態ではないのだが、これまで求められてこなかったため、緊張はしていた。

「まず、私にルキフェル様と話をさせて。それから、事情説明をユリがして」
「うん」
「ユリの知っている範囲をそのまま説明して。嘘や隠し事は後でバレた時の方が問題になるから。しかも、ルキフェル様に言っても外には漏れないから何でも話して。その方がもしかしたらいい知恵を授けてくれるかもしれないし」
「分かった。なんか自分の性生活を晒すみたいで恥ずかしいけど…」
「アタシはほとんどを知っているから、今更驚かないわ」
「そうね。ちゃんと話した方が、いい解決策をルキフェルが授けてくれるよね。正直に話しちゃった方がいいよね?」
「うん、しかも、聞いているのはルキフェル様と私だけだから」
「マサミが言いふらすことは考えられないもんね」
「だから、大丈夫よ」

 ユリはコクンと頷き、体を濯いで、再度湯船に浸かった。マサミが続いた。

「ねぇ、ユリ、間違っても、ユータリスとルキフェル様の関係は?みたいな質問はしないでね。もしこちらのルキフェル様が本物だった場合、私たちは彼でない者を彼だと思って崇拝し、頼ってきたことになるの。大天使ルキフェルは自分よりも地位の低い天界の住人が自分の許可を取らずに一般庶民とかかわることに一番怒りを感じるそうよ。降霊参加者の首を掴み、その場で体から引き千切った記録がたくさんあったから」

 ユリは体がぶるっと震え、背筋を冷たい液体が流れていったように感じた。

「うん、私も昔、読んだよ。まずは事実だけを伝えるよう、努力するわ」
「うん、ありがとう。もう時間だから、このまま修道着を着て、降霊を始めよう」

 マサミは髪をポニーテールにして、さらにクルクルとまとめ、コイフ(ベールの下に被る帽子=修道帽)の中に入れた。やや華奢な体型を包む修道服は良く似合っていて、日本人が好む清楚な修道女のイメージにまとまった。もちろん、マサミたちがこれからやるのはコスプレではなく、限られた時間ではあるが、ある意味、本物の修道女になるのだ。
 ユリはセミロングの髪を幾つものヘアピンを使ってまとめ、コイフの中に収めた。マサミが用意してくれた少し大きめの新しい修道服を身に付けた。
 最後にベールを被って降霊の準備はほぼ完成した。割と大きめな胸のユリはわざと胸を張っていた訳ではなかったのに、それでも胸のところが自己主張していて、大天使を誘惑しようとしているように見えたので、マサミが注意した。

「ユリは大きいけど、猫背にする必要はないから。自然体でいてね。それと前髪、少し出ているよ」
「あ、ごめん」

 そう言ってユリはベールとコイフを取り、前髪にもう一つヘアピンを付けてコイフの中に収めた。これまでも降霊の参加者はきちんとした服装で臨んでいたが、今回は何か粗相があったら取り返しがつかない気がして、マサミはユリの恰好を何度もチェックし、自分自身の姿も鏡の中で何度も確認した。

 降霊を始めた頃、メンバーはその場の出来事を面白がっている面があって、ブランド物の革の紐でウェストを結んでいたが、いつの間にか清楚・純潔を主張する白い麻の紐に変えたいったり、ストッキングを履いていたのを素足に変えたし、サンダルもブランドものを履いていたがこれもやめて、わざわざ近くの教会で教わった本物の修道女用のサンダルを履くようになった。
 今夜は修道着と腰紐だけだったが、それでも大天使に指摘を受けるような些細な事柄がないように注意した。

「OK!行きましょう」
「うん」

 二人は浴室を出て、階段を上り、屋根裏部屋に入っていった。既に前の晩にセッティングを終えていた五芒星、ろうそく類、膝立ちする時の座布団も定位置に置いてあった。

「これ、一人で全部準備したの?」
「そうよ、間違いがあってはならないと思って、初心に返って、『神との対話』の第七版に沿って忠実に配置したわ。寸法がローマインチだったのに戸惑ったけどね」
「すごいわ」
「ありがとう」
「私はこっちに座ったらいいの?それともこっち?」

 ユリは幾つも置いてある座布団を見回しながら、マサミに聞いた。

「いつも通りよ。西の端に私が座り、大天使様をお呼びする。告白する者・ユーリカウは私から二つ目のその席ね」
「はい」
「ルキフェル様はいろいろ質問すると思うけど、必ず私が質問の内容を確認するからね。そこから私がユーリカウに整理された質問をするから、それから答えてね。すぐに答えられることでも、よく考えてから答えてね」
「うん、分かったわ」
「じゃあ、始めるね」
「うん」

 二人でろうそくに火をつけ、ユリは東側の座布団に座り、マサミは西の端に座って、手に例の短刀を当てて、少し掌を切った。握った手から血が垂れ、五芒星の西の端から青い炎がサッと上がり、サッと消えた。
 マサミもユリも目を閉じて、これから起こることに驚かないように心を落ち着かせた。窓から柔らかい風が吹き込んだのを頬に受けたマサミが話し始めた。

「大天使ルキフェル様、アナタの忠実なしもべであるマリア・フェライヤ・マサミンでございます。
 今宵はお聞き届けいただきたいお願いがありまして、方陣を組ませていただき、結界を閉じました。安心してご降臨ください」

 再び窓の方から風が吹き、マサミもユリも自分たちの横或いは斜め上に誰かがいる気配を感じた。

「マサミン、儂に何の用だ?」
「幾夜か前に、私の心の友人であるユーリカウが、ユータリスと名乗るインキュバスにに悩まされていることをご報告申し上げました。彼女は心の不安を重ねているため、ルキフェル様のお力をお借りして、その不安から解放してあげたいとの思いは変わらず、今宵は本人からご報告し、ご相談申し上げさせたいと考えています」
「ユーリカウが自ら報告し、儂に相談したいのだと?」
「はい」
「どこにおるのだ、ユーリカウは?」

 ユリは顔を挙げ、目をゆっくりと開けて大天使ルキフェルを見つめた。次に顔を横に向け、マサミを見た。
 マサミはダメという意味で顔を横に振った。

「マサミンでございます。ユーリカウはオリーブ油の風呂にて、身を清め、真新しい衣を素肌に着け、私の横に控えております。ユーリカウに発言させてもよろしいでしょうか?」
「ユーリカウ、そこにおるのなら、自ら置かれた状況を説明せよ」

 ユリはマサミを見つめ、マサミはウンと頷いた。ユリは意を決して話し始めた。普段の降霊の会の時の決められた言葉に忠実に話し始めた。

「マサミンの心の友、永遠の友人であるユーリカウ、マリア・ファービウス・ユーリカウでございます。
 今宵は私めの状況についてお話しさせていただきたいと思います」
「おう、申してみよ」
「はい、お話しする機会をいただき、ありがとうございます。
 私めは降霊の会の際に憧れの男性、当学園の斉藤さいとう雄太ゆうた先生と交わりました。
 降霊の儀式の中での行為でしたので、問題はないかと思っておりましたが、降霊の外でもその男性と交わりたい衝動に負けて体を重ねました。
 何度も体を重ねたのですが、実はユータリスというインキュバスが斉藤に化け、私めを孕ませようとしていることが分かり、困っています」
「ユーリカウ、お前は自らその斉藤を求めたんだな?」

 ユリは即答を避け、一旦マサミを見つめた。マサミは手を出して、ちょっと待ってと合図した。

「マサミンでございます。発言お許しください」
「おう、なんだ?」
「ユーリカウは憧れの斉藤との行為を望みましたが、インキュバスがその邪魔をして、未婚であるユーリカウを孕ませようと画策しています」
「どうやって邪魔をするのだ?」
「本来は避妊をしないといけない時に避妊をさせない、避妊をしたのに、それの効き目がないよう手心を加えたり、避妊用の器具を破損させたり、行為自体を記憶から消し去って避妊したかどうか判断できない状況にするなど、ユーリカウが困るような状況を作り出しています」
「ユーリカウは未婚なのだな?」

 マサミはユリの方を見て、回答を促した。

「はい、ユーリカウです。私めはいまだ親元で暮らす学生で、婚姻相手が決まっておりませんし、結婚をしておりません」
「婚姻関係にある男性はいないのだな?そして、婚姻関係にない男性を受け入れているのだな?」
「はい」
「それは人間社会の原則に反する行為だとは思わないのか?婚姻関係にない男性と交わること自体、いけない行為とは思わないのか?それで孕むも孕まないも、儂に相談する前に自らの行動を反省すべきではないか?」
「お言葉の通りです。私めとしてはその男性との行為をやめようとしているところですが、ユータリスというインキュバスは、斉藤に化け、夢の中で私を誘惑して関係を持ったり、私が記憶を失っている間に斉藤の体を使って関係を持ったり、いつ行為をしたか分からなくなるよう記憶を消し去ったりしている状況です」
「待て、そもそもインキュバスは低級の悪魔で、人間の女性を孕ませることはできないぞ。精子がない種族だ。人間の女性を孕ますことができるのは人間の男性と我々神族かみぞくのみぞ」

 マサミは何か合点がいったのか、割り込んだ。

「マサミンでございます」
「おう、なんだ?」
「ユーリカウとしては、孕むのは、まだ婚姻関係にある男性がいないため、困るのですが、それ以前になにゆえインキュバスがユーリカウを誘惑するのか、ユーリカウが孕むことによる影響を考えての行動なのかが心配でして」

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