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月と六文銭・第十八章(10)

 竜攘虎搏りゅうじょうこはく:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 秘密の任務で日本入りしていた中国特殊部隊の4名のうち、部隊長のチェン中佐は他の隊員3名が日本最大の色里で楽しい時間を過ごす間、彼らの真上で連絡員兼現地調査員兼暗殺実行部隊・明華ミンファの一員と情報交換を行っていた。 

~竜攘虎搏~

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 明華三姉妹を大使館員として派遣する方法もあったが、それでは各国の情報機関にマークされてしまうため、長女は上海の投資会社の営業ウーマン、次女は大学院の留学生、三女は大学の留学生として日本に滞在していた。長女はファンドを売りながら各種金融機関を出入りして情報収集、次女は大学ではマーケティングの勉強をしながら、割のいいアルバイトとして風俗嬢をしている設定、三女は学生サークルなどの参加して、日本国内の学生運動家や工作員と連絡を取っていた。

「オーナーが自由に使わせてくれているので、来日同胞と気兼ねなく連絡が取れます。ついでに私にはお小遣いが入ります」
「でも、この店は」
「さすがに任務なので、無理やり関係を持とうとする者はいません」
「よかった」
「すみません、ご心配をおかけして」
「この街にいると聞いた時、正直かなりびっくりしたぞ。一応、こうした街や店のことは聞いて知っていたから、お母上に報告して良いものか、迷ったよ」
「いくら日本人のターゲットに迫るためとはいえ、日本に来て、日本男性を相手に卖淫マイインをしていたのでは、母が発狂しますよね?ターゲットと仕方なくするならともかく、ここにいて無関係な一般男性相手にしていたのでは、何のために日本に来たのか?!と言われかねません」
「私も正直、情報官に詳細を確認したよ。お前がそんな辛い思いをしてまで日本での作戦遂行が必要なのかと。逆にチェン東海担当情報官は「我々がどうやって日本で情報収集してきたのかお前は知らんのか?」と叱られた」
「誤解されている部分はありますが、秘密にしておかないといけないところが多いのようですね、軍にとっても。この妓院ジヤンのオーナーは李清元リー・クィンユァンの縁者です。我々の目的を援助してくれています」

 李清元は太平洋戦争中、日本でスパイ活動を行っていた中国人将校で、結局戦後も捕まることなく、亡八ボウハチを隠れ蓑に朝鮮動乱時もベトナム戦争中も活動をつづけた。彼の縁者はこのヨシワラで幾つかの店を引き継ぎ、資金洗浄と情報収集、来日同胞の援助を続けていた。

 亡八とは、人間の八つの徳目「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 」をすべて失った者を指し、遊女屋、また、その主人を指す。

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「中佐、今回の任務はやはり西の合同情報委員会ですか?」
「表向きはそういうことにして日本の警察を攪乱する」
「実際には南の?」
「そうだ。国家情報院の副長官が大統領随行で日本に来ることになっている。ヤツが北に米軍の情報を流しているらしく、それを基に北の議長が南進を検討している状況で、やめさせないといけないというのが人民軍事委員会の方針だ」
「どのように?」

 そう言われて中佐は麗泉から渡されたUSBドライブを二人の真ん中に掲げて話した。

「それは言えない。君にも話せない部分がある。しかし、この情報が絶対役に立つ。我々は火を消すのに水を掛けるのではなく、酸素の供給をなくして、火を窒息させて消すつもりだ」
「…」
「既に美国アメリカは極東配備の狙撃手に副長官狙撃を指示している。我々はそれを妨害すると思われる北の狙撃手の妨害活動を阻止して、美国の狙撃を成功させる」
「時代は変わったのですね。我々が美国に協力するとは!」
「美国は北の核戦力の拡大を防ぎたい。北が核を得て暴走すると、結局我が国も第二次朝鮮動乱に引きずり込まれることになる。経済成長と多民族融和が乱され、国家の安定が損なわれる事態は避けねばならない」
「それは分かりますが、この度の中佐の班の派遣と私達姉妹との関係は?」
「追って連絡があると思うが、君達は、南の裏切り者を始末した美国の狙撃手を仕留めるよう求められるはずだ」
「目星はついているのですか?」
「調査中だが、じきに判明するだろう」
「分かりました、その時は再度来店されるのですね」
「ああ、他の3人は喜ぶだろうな」
「特にヨシワラでこの店はきれいな女性が揃っていることで有名ですので、彼らは満足されていると思いますよ」
「問題は次回来た時、李班長が君を指名したいなんて言い出したら、面倒だな」
「今回同様、案内アルバムに私の情報が挟まっているのは中佐の分だけです。
 ルールとして、彼らはページのない女性を指名することはできませんので、ご安心ください」
「そうだな」
「次回いらした時、私は『あん、前回とても上手だった殿方ね』と聞こえるように言っておきましょうか?」
「彼らは悔しがるだろうから、やめてくれ」

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 二人は軽く、ククッと笑った。

「中佐は、どうされますか?何もないのでは申し訳ないので、せめて口でしましょうか?」
「よしてくれ。私は任務で来ているのだし、君の母に顔向けできなくなる。彼女は私の妻の従姉妹だ。血縁がないとはいえ、君と私は縁者だ」
「すみません、気を使っていただいて」
「まさか、他の将校は…」
「任務だからとすべてお断りしています。何かしようとしたら、店員を呼んで放り出すようにしています」

 麗泉はポイとゴミを投げるような仕草をした。

「ならば、私も同様に何もしないで帰る」
「大丈夫ですよ。この服は脱がないし、最終的には手で出しますので、私を汚したと思う必要はないです」
「いや、やめておく。抱くなら別の女性を選ぶよ」
「私に魅力がないのですか?」

 麗泉は悪戯っぽい笑みを浮かべ、中佐を困らせた。

「そういうことではない」
「ならば、触ってください」

 麗泉がチャイナドレスの裾をまくると、ストッキングの縁が見え、ガーターも見えたが、それを横切るはずのパンティの横紐が見られなかった。麗泉が更に裾をまくると綺麗に処理された股間が現れた。中佐が座っている方向からは麗泉の女陰がはっきり見えていた。

「日本では白板パイパンと呼ばれている状態にしています」

 任務中ということもあり、それまで全く性的な興奮を覚えなかった中佐も、麗泉の綺麗に手入れされた恥丘と潤いで受け入れ準備ができている女陰を見たせいで、不覚にも男根が硬くなった。

「中佐?」

 中佐が麗泉の股間から目を上げると、彼女は両腕を頭の上に挙げて手を結び、しなを作っていた。麗泉の腋毛は剃られていて、日本に溶け込みかつ風俗店で変に目立たないようにしていたが、これも中佐には刺激的な光景だった。

「やめてくれ、李静妹リー・ジンメイ!」

 麗泉は本名を呼ばれた瞬間、両腕を降ろした。

「すみません、中佐を困らせるつもりではなかったのです」

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 麗泉に取って、中佐は恩人だった。祖父と父が亡くなってからこの男性が父親的あるいは叔父的な存在として、学業を支援し、軍学校でも後ろ盾になってくれたのだ。恩を感じていたが、これまでは任務で交流することがなく、ましてや二人きりになったこともなかったので、若干気持ちが暴走したようだった。

「すまん、怒鳴るつもりではなかった」
「うううん、分かっています。すみません」

 麗泉はそういうと中佐に静かに抱きつき、男の臭いを嗅ぎ取った。
 中佐は麗泉を抱きしめることなく、そっと彼女を押し戻し、再びソファの隣に座らせた。

「まだ時間があるね?」
「あと40分ほどあります」
「少し横になってもいいか?」
「あ、はい、こちらへ」

 麗泉はベッドとされているが実際にはマッサージ台である場所に中佐を招き、横たわらせ、大き目のタオル2枚を組み合わせて掛け布団とした。すぐに中佐は鼾をかきながら寝始め、麗泉は怒られないようにそっと添い寝をした。
 30分ほどで、接客時間完了が近付いていることを伝える内線電話が鳴った。麗泉は爪先立って部屋を横切り、電話を取った。

「はい、お客様にはお帰りの準備をしてもらいます」

 そう言って麗泉は電話を切り、再び爪先立って部屋を横切り、中佐の肩をポンポンと2回叩いた。


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