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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(33)

第三十三章
 ~屋根裏部屋のその先に希望はないのか~

 マサミの家の建物は母方の祖父・池田富蔵いけだとみぞうが日本に布教に来ていた宣教師の屋敷を買い取ったものだった。
 この屋敷の東棟の二階全部がマサミの部屋に充てられていたので、その真上の屋根裏部屋は実質的にマサミの個人スペースとなっていて、勉強部屋として、或いは降霊会場として、誰にも、特に親にも邪魔されずに使えたのだ。
 宣教師が欧州キリスト教国の先兵としてアジアに触手を伸ばしていた時の名残で、表向きは宣教師、宗教家の顔をしていたが、裏では仲間への連絡係、情報収集のスパイのような役割、武器商人として政府との取引などを行っていた。その為、この屋敷にはキリスト教の蔵書が沢山あったほか、隠し部屋や地下倉庫、数軒先の教会への地下の抜け道などがあった。
 祖父は武器商人・高畑堅蔵たかはたけんぞうの高畑商会の番頭格で英語が堪能だったため、国内および海外での外国商人との商談をまとめるのが主な仕事だった。その縁で日本の宣教師コミュニティとの縁ができたて、この屋敷を購入するに至ったらしい。
 その祖父は早々と火縄銃などの"危ないモノ"は売却したり、手放したりしていたが、銀製の食器類と悪魔退治に必要な銀の短刀、銀の合金製の拳銃と銀製の弾丸、銀でできた十字架などが残っていた。マサミはこれらを小学校の時から親の目を盗んで少しずつ屋根裏部屋に移し替えて、蓄えてきたのだ。
 蔵書からはキリスト教などを学び、実物が手元にあるので、映画やドラマを観ながら武器、特に拳銃の使い方を覚え、練習してきたのだ。万一悪魔が降臨した場合、それを倒す方法も合わせて覚えながら、降霊の会を準備し、中学時代は練習していたのだが、高校になって仲良し三人と口の堅そうな子を数人誘い、降霊の会を始めた。

 初等部、普通の学校ならば小学校、の時からの仲良し三人はユリとサクラとスミレだった。この四人が聖アナスタシア学園の四天王と呼ばれていたのは、可愛いとかお金持ちとか1つの要素ではなく、同学年の生徒達への総合的な影響力からだった。可愛くてファッションリーダー的な存在であったり、勉強もそこそこできたり、親が多額の寄付をする大口スポンサーだったりした。先生方は変な遠慮はしなかったが、必要のない干渉はしなかったのは事実だ。だからと言って四天王がわがままに振舞い、意地悪をしたり、差別やいじめをするわけではなかった。逆に変ないじめ等がこの学年になかったのはマサミたちが緩やかな睨みを利かせていたからであり、彼女たちがいじめの中心になったりはしなかったからとも言えた。
 当然、伝統ある学園にお金持ちの子や親の影響力の大きい子、例えば現都知事の娘、も生徒として入学していたが、少なくともマサミたちの学年でのさばっている特定の個人はいなかった。

 中等部には早くも後継人材的にマサミたちが卒業したらその位置に昇るであろう新四天王が形成されつつあったが、マサミたちの代が持っていた不思議なカリスマ性を身に付けることはないだろうと誰もが感じていた。影響力はあるし、学園を秩序あるものにするだろうけど、全生徒を覆うカリスマ性はマサミたちは抜群だった。
 この裏にはマサミたちが降霊によって入手していた情報と影響力、一種の恐怖政治が手伝っていたことは確かだが、先生も生徒もそんなこととは思わず、畏怖と恐怖が混ざった存在に感じていたのだ。

***
 このような学園の雰囲気を面白がって見ていたのが、アメヌルタディドであった。彼が降霊に付き合ってきたのが、この東洋の小さな島国の特異な社会が興味を引いたからだ。
 他の地域と違って、キリスト教は占領できず、どの宗教も独占できず、宗教に寛容な国民性が育った背景などは彼にとっては研究材料の一つだったのだ。退屈しのぎの興味深い研究対象であって、時々手を出しては様々な模擬実験、いわばシミュレーションを行う実験場になっていたのだ。
 そして、キリストの死から2000年ほど経ったところ、学園のリーダー的存在の女子学生が降霊を行ったのだ。彼女は大天使ルキフェル、自分のすぐ上の兄を呼び出して教えを請いたいと言った。兄は地獄の番人の任務にちょっと飽きて、"夏休み"を取っている間、降霊の呼びかけに応じたのがアメヌルタディドだった。


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