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月と六文銭・第十四章(79)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 高島都はターゲットであるネイサン・ウェインスタインを捕らえることに成功した。女性としての尊厳を傷つけられたことにも耐え、任務に成功した。
 そして、CIA工作員・田口静香は渇望していた男を手に入れることに成功した。しかし、すべてが手に入ることはない…。

~ファラデーの揺り籠~(79)

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 装備運搬車の奥から出てきた高島に対し、"同僚"米大使館員ジョン・デイヴィッド・コーヘンは「そういえば…」という顔をしながら隣に座って話し掛けた。

「Oh yes, I forgot you have a medical license. But go to a hospital for inner, you know...」
(君が医師免許を持っているのを忘れていた。でも、ほら、その、内部の怪我の治療には病院に行った方がいいぞ)
「You saw the surveillance video?」
(監視映像を見たの?)
「Yes, needed to make sure.」
(確認する必要があったから)
「Well, hope you forget the private part of it.」
(アタシの個人的な部位が写っている部分は忘れてくれるといいな)
「Sure, and go to the hospital before anything gets worse.」
(そうだな。で、悪化する前に病院に行け)
「Better get stitched up before I f-ck my guardian angel, right?」
(守護天使に抱かれる前にちゃんと縫っておいてもらった方がいいわ、よね?)

 コーヘンは苦笑いした。任務で高島都が男性と何をしているのか知っている彼は、高島が初めてそういった行為を望んでいる風にしゃべっているのを聞いて安心したのか、こんなことがあってもその行為をしようとしていることに本当に呆れているのかは曖昧だった。部下が無事に戻ってきたことに安どしているようではあったが。

 高島は再度奥に入って、ウェインスタインに着せられたドレスを脱ぎ、動きやすいスェットとウィンドブレーカーに着替えた。脱いだドレスは証拠品袋に入れて、日付とサインを記入し、担当者に渡した。証拠品として米国に送られることになる。

<いい生地だったな。さすがエトワール。いつかは着たいと思っていたけど、こんな形で着ることになるとは思わなかったなぁ>

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***現在へ***
「いいドレスでね、あのエトワール。
 生地も良かったし。
 でも、取っておくことはできなかった」
「明日、エトワールに行こうか?」
「買ってくれるの?」
「ああ。
 但し、それを着て、君の守護天使に気持ち良く抱かれること」
「買ってくれたら、弾倉が空になるまで抱かれるわ、私の守護天使に!」

 田口は武田の首に手を回し、顔を引き寄せてキスをした。舌を入れ、舌を絡め、歯茎を舐め回し、もう一方の手は男根を握っていた。

「ありがとう、我慢してくれて」
「我慢はお互いじゃないかな?」
「そうね」

 田口は武田を見つめ、わざと英語で催促した。

「Let's make love, Honey!」
(ハニー、マイクラブしよう!)
「Sure! But are your inner parts healed?」
(もちろん。だけど、膣内なかはもう大丈夫なの?)
「That was a long time ago.  Just shut up and f-ck my brains out!」
(とっくの昔よ。黙って、イかせまくってよ)

 武田はちょっと停まって考え込んだ。

「え、どうしたの?
 アタシが他の男に抱かれた話を聞いて、する気がなくなったの?」
「いや、そうじゃなくて、静香の考えていることをウェスティンは読んでいたんだよね?」
「そうよ」
「それで彼を誘導するために、わざと『非常口に行こう』とか『こっちに行ったら向こう側に抜けられそう』とかを頭の中に浮かべながら行動したってことだよね?」
「うん、そうよ。
 その方が彼は自分が有利に立っていると思って油断すると思ったの」
「それで、うまくあのファラデー・ケージへと導いたのね」
「そう。
 実はギリギリまでテストを続け、なんとか日本に持ち込んで、あの倉庫に設置し、彼にそこに駆け込ませたの」
「あれが効かなかったら?」
「ここにアタシはいないし、アルテミスにお礼はできなかっただろうね。
 原理はオイダンの能力でテストして、大丈夫だったんだけど、ウェスティンの能力はオイダンと比べてもずっと強かったのよね。
 だから、閉じ込めることに成功しても、出られちゃうんじゃないかって不安はあったのよ」
「そうだよね」

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 武田は再び考え込んだ。

「今度はなーに?
 まだアタシとしたくないの?」
「静香は車に乗っている時、逆に僕のこと、というかスナイパーがいることを考えないようにしていたんだよね?」
「そうよ。
 でも難しかった。
 私、あんなにボロボロになったのは初めてで、すごく不安だったの。
 監視班がきちんと情報を伝えてくれているはずだし、アルテミスが狙撃を担当するなら、ウェスティンの車が想定された場所に停まると信じていたの。
 アナタが放つ弾丸が正確無比で、アタシは車の事故でかすり傷一つ負ってなかったわ。
 だから走ってウェスティンから逃れ、罠にかけることができたの。
 あの時間、アナタのことを考えないのは、本当に難しかった。
 監視班とスナイパーのことをウェスティンに悟られたら、車で移動しなかったかもしれないじゃない?
 最悪の場合、私はあのホテルの部屋で殺されていたかもしれないもの、デイヴィッドみたいに」
「そうだよね。
 静香は本当に体を張ってターゲットを仕留めているんだね。
 僕は頼まれた仕事をしただけで、こんな素敵な女性にお礼をしていただけるとは思ってなかったよ」

 一瞬、田口の顔が厳しくなった。武田は嫌な予感がした。

「ねぇ、アタシの不満を聞いてくれる?」
「え、突然なんですか?」
「アルテミスのドスィエには年下、だいぶ年下、の恋人がいるって情報はどこにも書いてなかったの!
 モデルやレースクィーンと遊んでばかりいるって情報はしっかり書いてあったのに!
 この人となら一緒にいたいって、アタシは珍しく思ったのに、既に恋人がいたなんて!
 のぞみさんは素敵な女性だけど、本当にアタシってつくづく男運がないよね?」
「そんなことないよ。
 この時間は全部、静香のものだよ」
「ホント?」
「うん、ホントだよ」
「じゃあ、もうグダグダ言わないで、さっさとイかせて!」
「はい!」

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***翌日***
 偶然なのか、必然なのか、高島都がヴィンセント・オイダンとホテルのモーニングビュッフェを食べたテーブルで田口と武田は朝食を摂っていた。

「このテーブルだったわ、オイダンと高島が朝食を摂ってドライブの約束をしたのが」
「へぇー、偶然だね」
「そうなのかなぁ?」

 田口は首を少し傾けて、考えた。偶然というものはない、しかし、すべてが必然だったら運命論者の勝ちになる。極端な話をすれば、全能の神が存在することになってしまう。

「ところで、哲也さんはどこでエトワールを知ったの?」
「昔、母が好きで、スカーフをいくつか持っていた。
 元々はスカーフ屋さんから会社ができて、ドレスとかコートとか靴とか、総合ブランドの先駆けで、今のヘルメスやルイ・ニトンが何でも揃っているのはエトワールの真似ともいえるんだ」
「あのぉ、本当にエトワールのドレス、買ってくれるの?」
「そのつもりだけど」
「うーん、謝らないといけないんだけど」
「どうしたの?」
「今夜、アサインメントで福岡に飛ばないといけなくなったの」
「行ってくればいいじゃない?」
「いや、昨晩、エトワールのドレス買ってくれたら、ほら、弾倉が空っぽになるまで、って言った手前…」
「ははは、そんなことは気にしないで」
「それでも、買ってもらったら、着てもいい?」
「もちろんだよ」
「一応、お礼をしてから着ようと思っていたんだけど」
「なんなら、今日着て行けばいいじゃん。
 なんか、静香、変じゃない?
 さては何かやましいことがあるな」
「えっ、ないない!
 断じてないよ!」
「なら、気にしないでしっかりアサインメントをこなしてくればいいと思うけど」
「そうね、ありがとう」

<まさか、今夜は民自党の幹事長にハニ・トラを仕掛けるために、福岡まで行くとは言えないよね。しかも、アサインメントとは言え、しっかり、その爺さんとベッドインファックしているところを録画するのと、写真を撮られることになっているなんて…>

 田口は優しく武田にキスをした。

<マーク・ウェスティンと違って武田哲也は他人の考えが読めないからいいけど、もし読めるなら私の気持ちをこう読んで欲しい:もうアナタ以外とはしたくないけど、仕事で仕方なくしていることを許してね、心はアナタのものだから>

ファラデーの揺り籠・完

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