見出し画像

9年ぶりの釜山(1)

釜山エックス・ザ・スカイに上がる

 3月初旬、家内と二人で釜山を訪ねました。私にとっては9年ぶり7度目の釜山、家内はもっと多く来ています。そんなわけで、いまさら観光地を回るのではなく、昨年のソウルの場合と同じく、コロナ禍を経た街がどう変わっているのか、あるいは変わっていないのかを確認するための旅でした。今回の旅で私がもっとも行きたかったのは海雲台(ヘウンデ)。数年前にネットで衝撃的な写真を見たからです。海雲台のビーチに巨大な超高層ビルが3本も聳え立っている写真。最初は合成写真に違いないと思いました。周囲の景観とあまりにバランスを欠いている建物だったからです。海雲台は、30年以上前に私たちが初めて釜山を訪れたときに宿泊した瀟洒な外資系のホテルがあった場所です。(今回、そのホテルがなくなっているのにも衝撃を受けました。)だから、海雲台には思い入れがある。この3本の巨大なビルは海雲台の景観を破壊している。だからこそ、私はこの写真が合成写真であって欲しいと思ったのです。しかし、どうやらこの建物は実際に存在しているらしい事が様々な情報からはっきりしてきました。こうなったらもう自分の目で確かめるしかない。

 そして懐かしい海雲台にやって来ました。3棟の巨大なモンスターのような建物が目の前に聳え立っていました。それは凍結した巨大な瀑布のようにも、天国へのエレベーター基地のようにもロケット発射台のようにも見えました。それはやはり衝撃的な光景でした。

海雲台ビーチ2024

 昔からの建築ファンである私は超高層ビルマニアでもあります。だから、この光景を見た私は景観破壊を考えるよりもまず、早く展望台に上りたいと、思わず足取りが速くなってしまって、同行する家内に注意されました。事前の調査で、この3棟のビルが「海雲台LCT The Sharp」という名称のレジデンス等の複合施設であること、その中で最も高層のビルは「ランドマークタワー」と呼ばれて400メートルを越えていること、その100階に「釜山エックス・ザ・スカイ」という展望施設があることなどを既に知っていました。「釜山エックス・ザ・スカイ」の入口はすぐに見つかりました。入場料は大人27,000ウォンでした。この種の展望施設は、昨年上がったロッテタワーの「ソウルスカイ」や渋谷の「渋谷スカイ」など、スカイと名付けるのが流行のようです。10年前に開業した大阪の「あべのハルカス」はスカイじゃなかったので、最近の流行ですかね。

 展望台に上がると、さすがに見事な眺望でした。鳥の目で見た海雲台の海岸線。冬柏の高層ビル群、センタムシティ、入り組んだ山の向こうの市街地。まさに生きた地図が眼下に拡がっています。この日は曇りの予報で、海雲台の海は強風で大きな白波がたっていたんですが、幸い、空はかなり澄んでいて遠くまで見えました。ラッキーでした。いつもは下から見上げていた名所のタルマジキル(月見の丘)を真上から見る視点は新鮮でした。丘の上の高層マンション群がはるか眼下にありました。もっと視界が開ければ、遠く、対馬も見えたかもしれません。いくら見ていても飽きない光景でした。そうそう、どうして「釜山エックス」なのかという謎もビルの中に入ってわかりました。このビルの平面図を見るとXの形をしているんですね。展望施設内には、世界で最も高いところにあるスターバックスがあったんですが、私たちは他に誰もいないカフェでゆっくり休憩しながら景色を楽しみました。そして、たくさんの写真を撮りました。遙か下界では、最近、海雲台で観光客に大人気だという「海雲台ブルーライン・スカイカプセル」の豆粒ほどの可愛い車輌がゆっくり線路を行き来しているのが見えました。見ただけで充分、今回、私たちはそれには乗りませんでした。またいつか機会があれば。

釜山X the Skyからの眺望
タジマルキル(右端が線路)

 今回、この海雲台の変貌した光景を見て驚いた私たち夫婦の心境をより理解していただくために、過去の写真を以下に貼っておきます。懐かしい。

2011年の海雲台ビーチ
2013年の海雲台ビーチ

 海雲台伝統市場からウエスティン朝鮮ホテルへ

 「釜山エックス・ザ・スカイ」の中には洒落たレストランがあったんですが、私たちはそこで食事をせずに下界に降りてきました。昼食は近くの伝統市場で適当な店を見つけて食べることにしました。この伝統市場は、初めて海雲台に泊まった時にも散策したことがあります。30年経っても、当時とほとんど変わっていないように見えました。あの超近代的な光景のすぐ近くにこんな雑多で庶民的な市場があるなんて、まるで「ブレードランナー」の世界ですね。懐かしい市場を端から端まで歩いてから、私たちは適当な店を見つけて入りました。偶然入った店ですが、結果的に正解でした。その店のおばあさんが焼いてくれたパジョンがこのうえもなく美味しかったからです。

海雲台伝統市場
おばあさんが焼いたやさしい味のパジョン
店の名前は「アンコウチムと麦飯」でいいのかな?

 昼食の後、海雲台ビーチの散策路をウエスティン朝鮮ホテルまで歩きました。寒い日でしたが、途中に無料の足湯の施設があって賑わっていました。地元の人が多かったようです。ホテルは改装中でしたが、海辺のカフェスペースは営業していて、私たちは珈琲を飲みながらゆっくりと海雲台の景色を楽しみました。先ほど展望台から眺めた景色をビーチの反対側から見たことになります。このホテルには過去にも何度か来たことがあります。今となっては低層の建物であることがかえって格式の高さと歴史を示しているように思えました。なお、上の2013年の写真はこのホテルから写したものです。

海雲台で考えたこと

 超高層ビルマニアとしては、中国にも韓国にも台湾にもある、ワールドクラスの400メートル超ビルが1棟もない、これからも建ちそうにない現状を淋しく思います。地震大国だから仕方がないという意見も理解しますが、200メートルにも満たないビルを超高層などと呼ぶ日本の現状はどうかなと思います。超高層ビルの是非はともかくとして、このことは失われた30年というか、現在の日本の経済や社会の停滞をある意味で象徴しているのではないでしょうか。最近も、SNSで、日本に帰ってくると貧しさと停滞を感じると書いている人がいました。その人は、未だに現金決済しているのと驚いていましたが、都心でも低層ビルばかりの光景も停滞だと感じたようです。とはいえ、海雲台のビーチで3本の屹立する巨大なビルを見てワクワクした私が、伝統市場の昔と変わらない姿を見てほっとしたのもまた事実です。人間にとって居心地の良い都市は何かということと高層化とは切り離して考えるべきなのでしょうね。


 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?