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スマホ忘れ迷子日記

財布をなくした日記をアップしてから間が空いてしまったけど、実はその前日にもうひとつバカをやっていた。その日は妻に、息子たちの塾の送りのついでに駅まで送ってもらったのだが、車内にスマホを忘れたのだ。

改札をくぐった瞬間、ポケットにいつもの重みがないことに気づいた。これからインターネットの友達と会おうというのにスマホがないのは、そんなの、おしまいじゃないですか。「なんか車にスマホ忘れたかも〜 わはは」なんて妻に電話しようにも、そうするためのスマホがない。駅の公衆電話は撤去されて久しいので、駅員さんに固定電話を借りようとしたが、「それは無理ですね……」とあしらわれてしまった。
「では、最寄りの公衆電話はどこでしょうか」
鬼気迫る感じでにじり寄ったためか、すぐに近くのスーパーを案内してもらえた。

公衆電話なんて久しく使っていなかったので使い方を忘れていないか不安だったけれど、実機を目の前にすると体が勝手に動いてくれた。あの緑の受話器ってなんであんなに重いんだろう。
正直このときまでは駅からでも公衆電話でも連絡手段さえ掴めれば何とかなると思っていた。妻の携帯番号は暗記していたし、カーナビとスマホを連携しているので例え運転中でも問題ない。万が一妻のが駄目でも車内にある自分の電話を鳴らせばいいし。流石にどちらかには気づいてもらえるだろう。

10円を入れ、番号を押し、電話を掛ける。
数回のコール音。出ない。
10円、番号、掛ける。コール音。
出ない。
掛ける、出ない。
出ない。

あれーー???

忘れていた。妻は知らない番号、まして番号非通知からの電話には絶対に出ないのだ。用心深いし、そもそもあんまり通話自体が好きではない。自分の携帯を鳴らしてみたけれど、同じく反応がなかった。
それでも根気強く鳴らし続けていれば、どこかのタイミングでこれはおかしいぞ、と気づいてくれるのではないか。一縷の望みに賭けてコールを続ける。

ガチャ、チャリン。
10円玉が吸い込まれる音。
出た!
プツ
切れた。

あれ? なんか失敗した?
もう一度かけ直す。

ガチャ、チャリン、プツ

あーーーー。これは。これはアレだ。
フェイズが移行してしまった。
電話を取って即切りという、「私は応答しません」の意思表示。間をおかずどんどんコールしたせいで妻の不信感・恐怖感を煽ってしまったのかもしれない。このまま同じことを続けても10円玉をどんどん消費してジリ貧になる。
さてどうしよう……実家に電話して中継を頼む? しかし、折悪しく実家は留守だった。全然知らない他人からスマホを借りる? 駄目だ、妻が知らない番号からの電話に出る保証がない。完全に手詰まり……

いや、まだ手はある。警察から妻へ電話をかけてもらえば良いのだ。切羽詰まった脳みそが奥の手を捻り出した。
よーし、そうと決まれば交番の位置をスマホで調べて……って、そうそう、いま、そのスマホがなくて困ってるんですよね 笑
駅に戻り、先ほど公衆電話の場所を尋ねた駅員さんに、今度は最寄りの交番を教えてもらった。

交番は思ったよりずっと近くにあったが、巡査さんはパトロール中で中には誰も居なかった。「お困りの際はこちらの受話器をお取りください(警察署直通)」。そんな案内と共に、電話機がデスクの中央に置いてあるだけ。
いや〜、その場でお巡りさんに事情を説明して交番から電話をかけてもらうのは何とか行けるかと思ったけど、電話口でこの窮状を上手く伝えた上で迂遠なお願いまで聞いてもらえるものだろうか。
不安はあったが、まあでもそのまま突っ立ってても仕方ないので電話するしかない。受話器を取るとすぐに応答があった。

もしもし、すみません、この電話は〇〇駅前の交番から掛けてるんですが、あのー、かくかくしかじかの事情で困ってまして…… 可能であればそちらから妻の携帯に電話を掛けて頂いて、伝言をお願いできないでしょうか……?

幸いなことに電話口の警察署の方はこの面倒な依頼を快く引き受けてくれた。「奥さんに繋がっても繋がらなくても今掛けてくれてるその電話に折り返すんで、そのまま交番で待っていてくださいね」。
いやほんと、申し訳ない、ありがとうございます……。

ほどなくして折り返しの連絡があり、駅前で待っているように、との伝言に従った。かくして僕は妻と再会し、スマホを携え街へと繰り出すことができたのだった── めでたし、めでたし(しかし、僕はこの翌日に財布をなくしてまた交番のお世話になることとなる)。

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